Culture 連載

イイ本、アリマス。

谷川俊太郎×箭内道彦×宮藤官九郎
ことばを仕事にした3人の魅力的な鼎談集

イイ本、アリマス。

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 日曜日の朝7時から放送されている『ボクらの時代』という鼎談番組がある。
 3人の出演者が語り合うのだが、ちょっと意外な顔合わせのことも多くて、ちゃんと起きることができた朝はつい観てしまう。司会を置かないのもいいんだと思う。カメラが回っているのを忘れてしまったようなざっくばらんな雰囲気で、素に近いんじゃないかと思わせる発言が飛び出したりする。
自由になる技術』は、その中でも特に印象深かった回の鼎談を完全版として1冊にまとめたものだ。
 出演者は詩人の谷川俊太郎、クリエイティブディレクターの箭内道彦、脚本家の宮藤官九郎の3人。「80歳の詩人のことばを聞く」というサブタイトルに、うわ、谷川さん、80歳なんだと驚いてしまうけれど、ご本人いわく、こどもたちには「谷川さん、生きてる!」って驚かれちゃうらしい。
 気持ちはわかる。何を隠そう、『谷川俊太郎質問箱』という本が刊行された際、谷川さんにインタビューする機会があった。その時に、私も、つい言ってしまった。
「谷川さんにこうして実際にお会いするというのは、サンタクロースは実在した!というくらいのことなんです」と。
 子どもの頃から詩の方を先に知っているから、その詩を書いた人が今、まさに目の前にいることにまず感動してしまうのだ。
 この鼎談も、箭内さん、宮藤さんのラブコールに応えての出演だったようで「お二人が僕に会いたいって言ったって、本当?」と谷川さん。
 憧れの人を目の前にすると、男の人って、普段はしまってある一番素直な自分が出ちゃうのかもしれない。まっすぐな言葉が飛び交う、とてもいいオンエアだった記憶がある。

 それぞれに十代の頃の自分の原点といえるエピソードを語っているのも、印象的だ。
 箭内さんは、東京芸大を3回受験して浪人していた頃、谷川さんの『みみをすます』という本を1日1回、声に出して読んでいたという。
 浪人してると、誰とも話をしないで一日が終わってしまうこともある。
 声を出すのはその時だけという日が何度もあったのだと。
 巻末に、この詩が全文掲載されている。それはこんなふうにはじまる詩だ。

 <みみをすます
  きのうのあまだれに
  みみをすます

  みみをすます
  いつからつづいてきたともしれぬ
  ひとびとのあしおとに
  みみをすます

 漢字はひとつも使われていない、長い物語のような詩の真ん中に、じっと耳を澄ましているひとりの人がいる。詩って、ちょっと照れくさかったり、恥ずかしかったりするものだけれど、谷川さんの詩には不思議とそれがない。宮藤さんも言う。

「谷川さんの詩や絵本を読んだときに、すごい自由だなって思ったんですよね。ずっと理詰めで考えてきたものが、いきなり解放されたような気がしたんです。自由でいいんだってことを、まさか年上の人から教わるとは思わなかった。」
「十五歳くらいの時って、詩でもなければエッセイでもない、何かわかんないけど学校の宿題では絶対にないようなことをノートに書いてたんです。衝動というか、どこにも持って行きようがなくて、あとになってラジオに投稿するっていうふうに自分で出口を見つけたんですけど、その頃を思い出しましたね」

 鼎談においても、谷川さんの言葉は驚くほど率直だ。詩人だからって、もったいぶったところがまるでない。「詩の中の一人称はわたしやぼくだったりするけれども、それは作者では全然ないです」と谷川さんは言う。

「僕はずっと、自分をなくすっていうことを常に考えてるところがあるんですね。できるだけ自分の容量を大きくしたいってことなんだけど、簡単に言えば。つまり自分の器が大きくなれば、他人が入ってくるだろうという、そういう考え方ですね」

 遅く生まれたひとりっ子で、お母さんに120%愛された。谷川俊太郎の詩が、べたべたした屈折や思わせぶりの自己表現から遠いところにあるのはどうやらそのせいらしい。

「生きてていいんだってことを子ども時代に叩き込まれたんですね」
「だから何があっても回復できるんですよね。生きる力ってのをもらってるんです」

 十代の頃、お金を稼ぎたいから「外車を買ってほしい」と言って、お父さんにはこっぴどく叱られたとか、詩は全部受注生産で「納期は守ります」だとか、三回結婚して三回離婚したことだとか(最後の奥さんは『100万回生きたねこ』の佐野洋子さん)。
 子ども時代から現在に至るまでのエピソードが惜しげなく語られていく。

「僕はほんとに『いま・ここ』人間なんですよ。オーバーに言えばね、過去も未来もないみたいなところがあって、詩っていうのも、歴史や時間の流れをぶった切る断面だっていうふうに発送してるところもあるんですね。逆に言えば、『いま・ここ』にはすべての時間が入ってるじゃないですか。過去からの人間の歴史も、未来への希望やイメージなんかも、『いま・ここ』に凝縮されてるわけでしょ。そこを書ければいいなって発想でやってるから、そういうことになるのかもしれない」

 巻末の「みみをすます」を声に出して読んでみると、いつの間にか、自分自身が詩の中の「みみをすます」その人になっている。生きていると毎日いろんなことがあるから、なんとなくいろんなものに足をとられて、気持ちがぼんやりしてしまうことがあるけれど、谷川俊太郎の詩は、いつだって果てしない時間軸の真ん中、「いま・ここ」に連れ戻してくれるんじゃないか。ぼんやりしていた視界が一瞬、クリアになる気がするのだ。
 そういえば、お目にかかった日の帰り際に「どんなことで泣きますか?」という質問をしたら、谷川さんは言った。「悲しくって泣くってことは、あんまりないかもしれませんね。それよりも、美しくって泣く気がします。ああ、緑がきれいだなぁとかね」
 ああ、ほんとうに。一年のうちで、緑が一番きれいな季節がやってきた。
 何度でもことばのはじまりの場所に立とうとしてる3人だから、ふとした時に読み返したくなる1冊になりそうだ。


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