作家 朝吹真理子とスタイリスト清水奈緒美による特別対談「私が服を買う理由」

Fashion 2023.06.05

自分で選んだ好きなものを身に着ける、ただ、それだけで気分が高揚する。

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左:Mariko Asabuki 2009年『流跡』でデビュー。11年、『きことわ』で芥川賞を受賞。近刊に『だいちょうことばめぐり』(河出書房新社刊)など。
右:Naomi Shimizu ファッション誌の編集者を経て、2010年スタイリストに。20代の頃はカール・ラガーフェルドとニコラ・ジェスキエールに夢中だった。

好みのものに出合えたら、同じものを揃えてしまいます。
Naomi Shimizu

元気だと煩悩が湧くし、人の欲望は恐ろしいです。
Mariko Asabuki

清水 初めてお会いしたのはマメ クロゴウチのショールームでしたね。5年くらい前だったかな。

朝吹 お洋服が見せてくれる景色がすごく好きで、コレクションを見ていると、服が話しかけてくれることがあるんです。とんちんかんな連想かもしれないんですが、それが止まらなくてわーっと夢中になっていると、自分の身体が、何を選べばいいのかわからなくなって。あの時は確か、青とグレーのコート、どちらの色にするか迷っていて。グレーだと「猫の腹毛にうずくまるノミの気持ちになれる、可愛い。あぁ、猫になりたい」など考えていたら、たまたまリースに来ていた清水さんが、遠くの方から「青!」って(笑)。

清水 たまにお店で全然知らない方に声をかけてしまうことも(笑)。「何を着たらいいのかわからない」と相談されることがありますが、年を重ねた大人こそ、好きなものを着てほしいと思います。好きなものがわからないのであれば、好きな色でもいい。デザイン、着心地、色、ブランドなど、気分が上がるポイントは人それぞれだと思うのですが、好きな服を身に着けた時に気持ちが高揚する瞬間が必ずあります。やっぱり服が持っている力は強い。毎日着るものですから、だったら毎日心地よく過ごせるほうがいいですよね。

朝吹 トッズとマメ クロゴウチのコラボカーディガンも、「リバーシブルで着たほうがいい」と清水さんがアドバイスしてくれました。裏地の質感も気に入っていたし、私にそんな発想はなかったのですが「最高だ」と思って。試してみて、ますますこの服が好きになりました。レザーの雨染みも好きなのでずっと着たいです。着る素材によっては、そちらに気を取られてずっと服をいじってむしってしまうこともあるので、安心できる、しっくりくる、服が好みです。

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もっぱら裏返しで着ているというトッズとマメ クロゴウチのコラボカーディガン。レザー製。(朝吹)

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清水 私は同じ型のサイズや色違いを買ってしまいます。ぼろぼろになってしまうのがイヤなのでローテーションしたいんです。たとえばモラビトのバッグは同じものの革違いを2個、小さいサイズの色違いを1個持っています。ロゴがなくてアノニマスな感じがするし、機能的でどんなスタイルにも合うので私の好みにぴったりなんです。

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フランスの老舗ブランド、モラビトのバッグ。祖母から譲り受けたのをきっかけに後年異なる革でオーダー。色・サイズ違いも購入。佇まいのよさが気に入っているという。(清水)

朝吹 バッグはパソコンとか、原稿が入る、ということを最優先に選んでしまいます。いま気に入っているのはイケアのこれです。某ブランドのPRの方から「どのオケージョンでもNG」と言われましたが、それでもやめられません(笑)。私はブルーシートという工業製品にずっと惹かれていて。街中にありふれているけれど、工事現場に垂れていることもあれば、お花見の桜より目立って地面に敷かれる。死体を包む布にもなる。誰にも大事にされない安価な素材です。そもそもはブルーシートを景観として捉えていたので、着たいとも、身に着けたいとも思っていなかったのですが、ちょうどパソコンが入る大きさだったので、買ってしまいました。白く褪せたり、繊維が飛び出しているブルーシートが好みなので、経年してぼろぼろになっていく様を見たくて、日干しして、使っています。

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飼い猫がベッドでおしっこをしてしまった時、慌ててイケアの寝具コーナーに行って出合った、ブルーシートのバッグ。色褪せた風合いが好きなので裏返して使っている。右のゼプテピとショップ兼ギャラリー、ソルトアンドペッパーのコラボポーチも友人の勧めで購入。安価なものでも高価なものでも、大事に思う気持ちは変わらないという。(朝吹)

清水 20代の頃は大好きなデザイナーがいて欲しいものがたくさんあったのですが、いまは可愛いと思えるものが少なくて。ごくたまに自分の好みに合うものが見つかったら同じものを揃えてしまうし、何としてでも手に入れたいと思います。

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学生時代に愛用していたアイテムを思い起こし手に入れたセリーヌのカーディガン。(清水)

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「子どもの頃に好きだった形と同じ!」と衝撃を受け、大晦日に買いに走ったグッチのコート。(清水)

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朝吹 人間の欲望は、かなりしぶとい。理性で抑制することは大切ですが、理性で全て抑えることが可能だと過信しないほうがいいとも思っています。欲望を持っていないふりをしていると、ある時逆襲してきて、身を滅ぼしてくる。そのくらい恐ろしい力があると思っています。病気が治ってきた途端ダイヤモンドが欲しくなった友人の話を聞いて、煩悩は身体が元気だからやってくるんだなとも思いました。

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欲望の赴くままに買ってしまったセリーヌのシューズ。買い物をした後、喫茶店でチーズケーキを食べながら「私はこの靴を多分、はかないだろうな」と思ったそう。実際に一度しかはいていない。(朝吹)

清水 長年夢見ていたマリーエレーヌ ドゥ タイヤックのリングをようやく手に入れて「もう他に何もいらない!」と満足していたのに、舌の根も乾かぬうちに似たタイプをさくっと買ってしまった時は、さすがに自分自身に呆れましたが(笑)。

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ようやく手に入れた次の年に、また似たようなタイプを買ってしまったというマリーエレーヌ ドゥ タイヤックのリング。(清水)

朝吹 おしゃぶりになりそうな宝石で可愛いです。無駄は最高。

清水 私という人間は無駄で作られています。お茶したい、寝ていたい、と無駄だらけ(笑)。

朝吹 歌舞伎座に行った時に、演目や贔屓の役者に合わせて手ぬぐいや帯の柄を変える方もいらっしゃる。季節や芝居を装いで楽しんでいて、洒落てるなと憧れます。

清水 街でおしゃれしている方に出会うときゅんとしてしまうし、単純にうれしい。自分で選んだ好きなものを身に着けていると、外に出ようという気持ちにもなります。私自身も服に助けられて生きているようなものだ、と感じます。

*「フィガロジャポン」2023年6月号より抜粋

photography: Masahiro Sambe interview&text: Itoi Kuriyama

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