クワイエットラグジュアリーからジェントルラグジュアリーへ。【2024年秋冬トレンド解説|井上エリ編】
Fashion 2024.07.16
海外コレクションを取材した5人のおしゃれプロに緊急アンケート。今シーズンのムードから感動のショーまで、それぞれの視点でとらえたライブなトレンド解説をお届け。
混沌の時代に求められる"優しさ"と"懐かしさ"。
井上エリ
パリ在住ファッションライター
Q1. 24-25秋冬コレクション全体のムードや傾向。
Answer:"日常"はここ数シーズンの欠かせないキーワードです。ありふれた、繰り返しのように見える日々の中に美を見いだし、日常に彩りを添えるファッションピースを提供しようと、素晴らしいデザイナーたちが躍起になっているのを感じます。
パンデミックという厳しい数年間を乗り越えた後でさえ、戦争や自然災害により、先行き不透明で未来に対して不安を抱かざるを得ない状況が続いています。混沌としたいまという時代に必要なのは、浮世離れした空想的なクリエイションではなく、より堅実で実用的で、地に足のついたリアルな表現のようです。それは消費者である私たちが、逃避せずに現実と向き合っていることを表していると同時に、新しいことに挑戦するよりも、見慣れたものが与えてくれる安心感を求めており、より保守的になっていると読み解けると思います。
Jil Sander
また、クワイエットラグジュアリーのトレンドが、次のフェーズへと突入したようです。ここでのムードを挙げるとすれば、"優しさ"と"懐かしさ"。クワイエットラグジュアリーはそもそも、誇示するのではなく、自分だけが認識できる生地や装飾の贅沢さを味わうようなアイデアでした。
今季はそれがより発展して、「何を着れば自分を幸せにしてあげられるのか?」という自分に対する優しさ、いわば"ジェントルラグジュアリー"というワードが浮上しました。パンデミックで外側の世界との関係が停止され、私たちの意識は内側、つまり自分自身に向かいました。そのような集団的意識がファッションに投影されているのでしょう。「ファッションは自己表現」とよく言われますが、最近は「ファッションは自己肯定」に変化していると、強く感じたシーズンでした。
Burberry
"懐かしさ"をもうひとつのムードに挙げた理由は、異なる過去の断片を繋ぎ合わせて、現代の文脈で語ろうと試みたブランドが多かったからです。過去は常にデザイナーにとって着想源となりますが、今季は特に温かでポジティブな感情を掻き立てるノスタルジックな感性が伴っていました。
たとえば祖母が着用していたような古着だったり、60〜70年代のスタイルなど、ヴィンテージミックスのトレンドと呼応して、どこかほっこりするアイテムを現代的にアップデートしたアイデアが満載です。この特徴はまずロンドンで強く感じ、バーバリーは英国北部の伝統的な生地を多用し、JWアンダーソンにはまるで祖母が編んでくれたようなニットウエア(とはいえブランドらしいコンセプチュアルな見せ方ですが)が豊富でした。今季は全体的に、ピーコートやトレンチコート、カーディガンも多彩。なじみのある普遍的なアイテムだからこそ、シルエットやスタイリングでひねりを加えて新鮮さを与える、個々のセンスが鍵を握るシーズンが続いてるようです。
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Q2. 注目しているトレンド(スタイル、アイテム、素材など)は?
Answer:"ジェントルラグジュアリー"を象徴するように、思わず触れたくなるようなフワフワ&モコモコの質感が目を引きました。
Ferragamo
具体的にはモヘアニットやシアリング、フェイクとリアルのファー、ベルベット、コーデュロイ、ウールもブラッシュトで柔らかな質感に仕上がっています。レザーもウエアにしろバッグにしろ、今季は軽くしなやかで柔和な印象です。色は圧倒的に深みのあるグリーンが多く、なかでもフェラガモのモスグリーンやオリーブグリーンの美しい色調に目を奪われました。
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Q3. 特に印象に残ったブランドとその理由。
Answer:今季のムードを総括するには、ドリス ヴァン ノッテンなくして語れません。見慣れた日常着を異なる視点で捉え、斬新なスタイルを打ち出しました。
Dries Van Noten
"日常"に焦点を当てて、スタイリングからカラーパレット、質感まで、トレンドをすべておさえていました。ショーの時には発表されていませんでしたが、創業者ドリス・ヴァン・ノッテンが手がけた最後のウィメンズコレクションという意味でも、忘られないシーズンとして残りそうです。
Chloé
クロエのデビューコレクションも文句のつけようがない最高の仕上がりで、心を奪われました。感動ポイントはたくさんありましたが、ロエベのコレクションに脳天を撃ち抜かれた瞬間が最も印象に残っています。美しいカットのイヴニングドレスから、異様なシルエットのデイリーウエア、極小のキャビアビーズを敷き詰めた装飾、ジョナサン・アンダーソンらしいコンテンポラリーアートのアプローチと、すべてが完璧なバランスでした。
Q4. コレクション取材を終えて感じることは?
Answer:ロンドン・ミラノ・パリを毎シーズン取材していて、この2年くらいはミラノが最もおもしろいと感じています。
ビッグメゾンで世代交代が進み、若々しいエネルギーと古典的なイタリアらしさが調和して、良い転換期を迎えたような印象です。国際的なブランドが多いパリコレの多様性とは少し異なり、イタリアらしい独自の美学を継承しつつも、古典主義を崩しながら再解釈するムードが刺激的で、ミラノに新しい風が吹いているようです。
*「フィガロジャポン」2024年7月号より抜粋
photography: Spotlight