ショーを彩ったアーティストが語る、「記憶」を繋ぐミュウミュウの服。
Fashion 2024.08.20
パリのイエナ宮で開催されたミュウミュウ2024年-25秋冬コレクションのショー。ミウッチャ・プラダは衣服が人生の中で個性の成長を反映しながら移り変わってゆくものであることに焦点を当て、「幼少期から大人にいたるまでのボキャブラリーとしての衣服」をテーマにコレクションを展開。ショー会場にはシャンデリア型の大きなスクリーンが点在し、ベルギー系アメリカ人アーティスト、セシル・B・エヴァンスによるインスタレーションが上映された。ミュウミュウと初のコラボレーションだったというセシルだが、自由に創造できたと話す。
「1990年代に誕生し、実験の場として機能してきたミュウミュウは、さまざまなアーティストや作家、映画製作者とのコラボレーションを通じて、その実験的な精神を発信しています。そして今回、ミュウミュウがカルチャーに造詣の深いチームによって支えられていることを知りました。自由に創造しながら、孤独な挑戦ではなく素晴らしいチームに支えられました」
当初はコレクションの内容について詳しいことを知らされていなかったものの、プロジェクトが進んでからミウッチャとも深い対話を交わしていった。
「ミウッチャには非常に感銘を受けました。彼女は、このコラボレーションに関して、多くの質問や参考資料でインスピレーションをくれました。アーティストへの深い理解があり、想像力が働いてアイデアが出てくるように、さまざまな角度から導いてくれるのです。ミウッチャとの対話によって、複雑なアイデアを短期間で発展させて、作品の大事な部分を失わないようにしながら幅広い観客に親しんでもらえるものに仕上げることができました。多くのことを学び、新たな考える力を得たようでした」
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インスタレーションは、記憶が失われつつある地球を舞台にした90秒の短い物語だ。人々の記憶がデジタルストレージから消去される危機を迎えた未来、水の循環によって動くデータセンターで人間最後の翻訳者が記憶を言語化し、保存していく。この翻訳者の役をフランス人女優のガスラジー・マランダが演じている。物語に引き込んでいくような水の音が印象的だ。
「水がどのように記憶されるのかを研究していた江本勝という日本の科学者を知り、水と記憶の関係性を調べました。未来にデジタルストレージの危機があるなら、それはミネラル不足のような生態系による危機がもたらすものだと思います。水路として資産として、脅威として、テクノロジーと人間の物語の両方に関係していることから、水をモチーフにしたのです」また、セシルはミウッチャの生み出してきたコレクションのアーカイブからもインスパイアされている。
「アーカイブを調べる中で、2011年のコレクションを見つけました。ピューリタンやアーミッシュなど、巡礼者的な美学を思わせる大きな襟が特徴のルックです。これは、最後の翻訳者というキャラクターを考える大きなヒントになりました。持続可能な方法として古いものを愛用するアーミッシュのように、彼女も、ビデオカメラやUSBスティックなど、思い出が残る古いものを愛情を持って修復しながら使い続ける人。彼女は、意味のあるものたちが退化することに抗う、ある種の未来のアーミッシュのような存在だと、主演のガスラジーとも話しました」
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テクノロジーが人間や未来に与える影響という現代的な関心事は、偶然にもミウッチャとセシルに共通するものだった。ミウッチャはコレクションを通して衣服に「記憶」が含まれることを示唆し、「記憶」という概念がコレクションとインスタレーションを繋いだ。実際にショーを見たセシルは、さまざまなアイデンティティの「記憶」が紡がれていたことにも感銘を受けたのだという。
「あらゆる年齢の女性だけでなく、男性やトランスジェンダー、ノンバイナリーのモデルも登場し、単に女性のためのコレクションではないことを表現していました。ミウッチャとミュウミュウチームは明確な美的ビジョンを持っていますが、単一的ではなく、誰かをひとつのアイデンティティに限定するものではありません。たとえば、私はノンバイナリーでアーティストで、アメリカ人でベルギー人でもあります。そして、そのアイデンティティは常に変わり続けています。このコレクションは、着用者の変化する多様なアイデンティティを表現していて、とても興奮させられました」
衣服とは、人が一生を通じて多様なアイデンティティを表現するためのもの。そして時間を遡り、記憶を伝えていくタイムカプセルにもなりうる。ミュウミュウは、そんな衣服の価値をあらためて私たちに問いかけている。
セシル・B・エヴァンス
CÉCILE B. EVANS
1983年生まれ、パリ郊外在住。ビデオ、インスタレーション、彫刻など、テクノロジーやイデオロギーなどのシステムと接触する人間感情の反発を探求するアーティスト。2016年のベルリンビエンナーレ、18年の水戸現代美術ギャラリー『ハロー・ワールド』展に出展。
text: Momoko Suzuki