綾瀬はるか、ディオール ヘリテージを訪れる。
Fashion 2024.09.20
2024‐25秋冬コレクションで、マリア・グラツィア・キウリは、60年代に誕生したプレタポルテ コレクション、「ミス ディオール」に着想源を求めた。今日、綾瀬はるかが訪れるのはディオール ヘリテージ。知らなかった「ミス ディオール」の物語が解き明かされていく。
videographer: Yuzuru Nakatani hair: Tomohiro Ohashi make up:Asami Taguchi interpreter: Masae Takata(paris office)
今年2月末に発表された秋冬コレクションのショーで一際目を引いたのは、大きく"MISS DIOR"の文字が描かれたスカートやコートだった。この文字は、ディオールが1967年に発表したマルク・ボアンによるプレタポルテ コレクション、「ミス ディオール」のスカーフに描かれていたもの。自由を求め、社会進出を果たした新時代の女性たちのニーズに応えるべく発表されたプレタポルテに対する、マリア・グラツィア・キウリからのオマージュだ。
コレクションのインスピレーション源となった「ミス ディオール」の歴史とは? そんな思いを抱いてディオール ヘリテージを訪れた綾瀬はるか。70年代からディオールに勤め、引退後のいまも大事なゲストの案内役を務めているという前ディレクター、ソアジック・ファフに迎えられた。
「ディオールにヘリテージ部門が誕生したのは87年のこと。メゾンの創業40周年を記念して、創業者クリスチャン・ディオール10年間のクリエイションを振り返る展覧会がパリで開催されたことがきっかけでした」とソアジックは語る。以来、顧客から過去のオートクチュール作品を買い戻し、96年からは毎シーズンすべてのオートクチュール作品を保存。靴やバッグ、帽子などの小物、デザイン画や写真、プレスリリースや招待状などのドキュメントまでも含む膨大なコレクションは、メゾンのクリエイティブ ディレクターはもちろん、デザインチームにとって大切なインスピレーション源となっている。
Showcases
ヘリテージを訪れた綾瀬はるかを迎えたソアジック・ファフ(写真左)は1970年代、マルク・ボアンの時代にディオールに入社しメゾンとともに歩んできた歴史の証人。ヘリテージには3つのショーケースがあり、定期的に展示を替え、クリスチャン・ディオール時代の作品を紹介している。
この日は、白い「バー」ジャケットの「ニュールック」のほか、49年秋冬の画家をテーマにしたコレクションから、赤いルック「クリスチャン・ベラール」(写真右)、黒いルック「ブラック」(左)の2点が展示されていた。
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図書室で最初に見せられたのは、クリスチャン・ディオール本人が著した3冊の本だった。女性たちへのファッションアドバイスをアルファベット順に記した辞典『The Little Dictionary of Fashion』のユーモアいっぱいの文章に、「ムッシュはおもしろい人だったんですね」と綾瀬。迷信や占い好きでポケットに星やスズランなどいつもたくさんお守りを入れていたことなど、ムッシュを語る逸話が披露されてムッシュの人柄を身近に感じたところで、ソアジックが綾瀬を誘ったのは、香水の部屋だった。そこに用意されていたのは、グレーの箱に入ったディオール家の家族写真の数々。
「ムッシュ ディオールは、12歳年下の妹カトリーヌをこよなく愛していました」(ソアジック)
Library
クリスチャン・ディオールの著作からクリエイティブチームのためのアートやデザイン本までを収めた図書室。
下の写真はクリスチャン・ディオールの3冊の著作。その下のアルバムは、1959年の上皇后美智子さまのご成婚時の写真。
ヘリテージ部門の誕生と役割から、ムッシュ ディオールの著作の紹介、ユーモラスな人柄をしのばせる逸話まで、たくさん話を聞かせてくれたソアジック。「ソアジックさんの情熱の秘密はどこにあるのですか?」との綾瀬の問いかけに「ムッシュのことを知れば知るほど、興味が湧くんです」とソアジック。
クリスチャン・ディオール没後にメゾンを引き継いだイヴ・サン=ローランが3着のドレスを製作。
写真の中に見るカトリーヌに、「きれいな人。ムッシュにちょっと似ていますね」と綾瀬。第2次大戦中に恋人とともにレジスタンスに身を投じ、ドイツの強制収容所に入れられた妹。母から、兄同様に花への愛を受け継いだカトリーヌは、戦後、南仏で香水のためのバラの栽培を続けたという。
「ミス ディオールとは、妹カトリーヌのこと。初めての香りの名前を探していたムッシュが、大切な妹の呼び名をつけたのです」(ソアジック)
Miss Dior
香水ミス ディオールは、クリスチャン・ディオールが愛した12歳年下の妹、カトリーヌの呼び名から命名されたもの。「故郷グランヴィルの幼なじみが香水の会社を持っていたこともあり、ムッシュ ディオールは最初から香水を作ろうと考えていたのです」と語るソアジック。1947年に発表された香水ミス ディオールのボトルは、アンフォラ型だった。こちらは、50年に発表された2つめのボトル(下)。ボトルのエングレービングと箱のモチーフは、千鳥格子。
ソアジックが見せてくれた、ディオール家のたくさんの家族写真(下奥)には、ミス ディオールことカトリーヌの姿があちこちに。
1947年2月12日に行った初めてのショーの時、会場に漂わせた香り。それはカトリーヌへのオマージュを込めたミス ディオールだった。
「ミス ディオールはドレスのラインの名前でもあるのですよ」と、ソアジックは大きなグレーの箱を開ける。箱の中には、人の身体を立体的に再構成したシルクペーパーを詰めて平置きされたドレスが眠っている。
「これは49年に制作したミス ディオールのソワレのミニドレスです。アメリカのお客様から買い戻して修復したもの。名前はミル・フルールといいます」(ソアジック)
「千の花なんですね」と、綾瀬は繊細な花がちりばめられたドレスに感嘆のため息を漏らす。
「ミス ディオールといえば妹のカトリーヌ、初めての香水、初めてのプレタポルテに繋がる大切な言葉。こぼれ落ちた花が多く修復も非常に大変だとわかっていても、ディオールにとって、買い戻す価値のあった大切なドレスです」(ソアジック)
Work Room
ヘリテージに届いた服の状態をチェックし、特殊な技能を持つ職人を招聘して修復を行ったり、展覧会の準備時に服のサイズに合わせてトルソーを補整するなどの作業を行うアトリエ。この日は、綾瀬のために、「ミス ディオール」の物語にちなんだアイテムが集められた。1967年にデビューしたプレタポルテ コレクション、「ミス ディオール」のスカーフ(写真下)。
ふたりの後ろには、プレタポルテコレクション、「ミス ディオール」のワンピースが3点並んでいる。
ソアジックがグレーの箱を開けて見せてくれたのは、49年に発表された「ミス ディオール」のカクテルドレス「ミル・フルール」(下)。アメリカの顧客から買い戻し、こぼれ落ちた花モチーフをすべて丁寧に修復した宝物だ。
67年9月、メゾン3代目のクチュリエだったマルク・ボアンは、初めてのプレタポルテを発表した。それが今シーズン、マリア・グラツィア・キウリのインスピレーション源となった「ミス ディオール」だ。当時のロゴやデザイン画は大切に保管され、小物やウエアも買い戻されて、その一部はギャラリー「ラ ギャラリー ディオール」でも展示されている。
「ロゴも違い、まったく別の部署、別の縫製アトリエで作られたラインで、55ルックからスタートしました。若い女性に向けて価格を抑え、着心地のいいコート、着やすいドレスなどを提案し、色鮮やかでプリントも多かった。でも、素材のクオリティは非常に大切にされていました」と言うソアジック。代表的なスタイルだったというシャツドレスや"MISS DIOR"がプリントされた当時のスカーフも披露してくれた。
「スカーフは非常に重要な小物でした。マリア・グラツィアが初期に発表した、C'EST NON, NON,NON, ET NONというTシャツも『ミス ディオール』のスカーフからのアイデアです。プレタポルテの『ミス ディオール』は、今シーズンに限らず、彼女をインスパイアし続けています」(ソアジック)
Accessories Room
ヘリテージでは、オートクチュールを中心にしたドレスのほかに過去のコレクションのバッグ、シューズ、帽子、コスチュームジュエリーも所蔵している。アクセサリーの部屋(下)の棚にずらりと並んだグレーのボックスは、それぞれのアイテムのサイズや形に合わせたカスタムメイド。ジュエリーはアイテムの形に合わせて切り抜いた型の中に。帽子や靴のボックスは、中に納めたアイテムを手で触れることなく全体が観察できる構造になっている。
摂氏19度、湿度50%に保たれた保管庫。バッグ、靴、帽子、コスチュームジュエリーなどは1点ずつ、それぞれの形に合わせたオーダーメイドの箱に納められている。ドレスは、布カバーに納めてラックに吊るすか、箱に平置きに。どれも人の身体のようなパディングが施されて型崩れや布への負担を避け、取り出す時にもなるべく人の手が直接触れないようにと工夫が凝らされている。
「ディオールの歴史に触れ、ソアジックさんのムッシュへの愛を感じて、さらに興味が深まりました」と綾瀬。顧客に愛用され、買い戻されて、職人の手で修復されて眠る過去のコレクションは、さまざまな展覧会で世界中の人に夢を与え、メゾンのインスピレーション源となって現代に蘇る。
Storage
衣類と書類を保管する部屋は、摂氏19度、湿度50%に保たれている。ここに置かれているのは、膨大なヘリテージの所蔵品のごく一部にすぎない。重力に弱い繊細なドレスは、ケミカル素材を一切使用しないグレーの紙製ボックスに入れて平置きされている(右下)。服の形を保つために入れるシルクペーパーも非酸性。ラックには、白い布のカバーに入ったドレスが掛かっており、こちらは上半身が立体的なトルソー、腰回りにもパディングを入れて吊るして保管(左下)。
「1953年秋冬オートクチュールコレクションは、日本の東京、京都、大阪でもショーが行われたのですよ」とソアジックが見せてくれたのは、ウール素材の白いドレス(下)。数え切れないほどの時間をかけて手仕事で仕上げられた刺繍に見入る綾瀬。
photography:Alexandre Tabaste hair:Tomohiro Ohashi makeup:Asami Taguchi (home agency) text:Masae Takata (paris office) collaboration:Masaé Takanaka