伝統的サヴォワールフェールが現代に満開したディオールのオートクチュール。

Fashion 2025.02.13

1月27日、ロダン美術館においてディオールの2025年春夏オートクチュール・コレクションが発表された。インスピレーション源となったのは『鏡の国のアリス』で、鏡をくぐり抜けてアリスが時間を自由に行き来するようにマリア・グラツィア・キウリはファッションの歴史を旅する驚きと冒険に満ちたコレクションをクリエート。発表された68点はテイラリングの記憶、とりわけ過去数世紀の創造性に関する本質的テーマを再認識し、アリスの物語のように時間の秩序を覆してフォルムや感情の変容を感じさせるものだった。

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ディオール2025年春夏オートクチュールコレクションのフィッティング光景。photography: Sophie Carre

手仕事の祭典たるオートクチュール・コレクション。その実現を可能にするのはフランスのモード界で大切に守られると同時に、革新がもたらされている多くのサヴォワールフェールである。今回のコレクションに生かされた素晴らしいサヴォワールフェールにスポットをあててみよう。

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ドレスにボリュームを与えたクリノリン

衣装の歴史を辿る旅の中、18世紀フランスのローブ・ア・ラ・フランセーゼでは籠状のパニエを下着につけてスカートを膨らませていた。そのシルエットが19世紀半ばに復活すると、ボリュームをつけるために馬の毛(クラン)と麻(ラン)を用いた釣鐘型のクリノリンが生まれたのだ。もっともこれは結構な重さがあるため、次第にクジラの骨を組んだクリノリンが多く実用されるように。英国ならヴィクトリア朝時代であり、フランスならナポレオン三世の時代のことである。

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スカートにボリュームを出すクリノリン(ホースヘアと麻の2つをくみあわせた造語)。
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クリノリンの制作にフランスの竹を素材にするアーチストのロール・ジュリアン。

今回、マリア・グラツィア・キウリがこのコレクションで焦点をあてたのがこのクリノリンだ。コレクション中、多数のルックに用いられていたクリノリンを制作したのは竹を専門とするフランス人アーティストで日本の文化学院でも学んでいるロール・ジュリアンである。その強度と柔軟性、そして軽さを活用して削がれた竹を組み立てたさまざまな形状の繊細なクリノリンが用意された。昔のクリノリン同様に骨組みはグログランリボンで覆われているが、もともとはスカーとにボリュームを与える下着である。骨組みだけの透ける構造物に、アーチストやメゾンダールがクリノリンに装飾を施してオートクチュールピースに昇華させたのだ。

組み立てられた巨大クリノリンに「キャビネ・ドゥ・キュリオジテ」風の装飾を施したのは、藁を素材にするフランス人アーチストのナタリー・セリェ=ドゥジャンである。彼女は藁だけでなく、今回、古いレースやオーガンジーなども用いて花や昆虫をクリエート。ドラマチックにサイズを変える『鏡の国のアリス』に登場する動植物を思わせるカタツムリ、トンボ、ハチなどがモデルの歩みに合わせてクリノリンの上で揺れていた。

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左:ルック27。刺繍の素材はラフィア、オーガンザの花、ストローのパスマントリー。右:ルック32は麦わらや大麦の穂で刺繍したミニ・クリノリン・ドレス。
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何シーズンか前のディオールのオートクチュール・コレクションでは、ラフィアや麦でティアラを制作したナタリー・セリェ=ドゥジャン。photography: Sophie Carre

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アリスの庭を思わせる繊細な刺繍で彩られた花々のドレス

雑誌でみかけた1920年代のダンスパフォーマンスのイラストレーションから、花のガーランド、というインスピレーションを受けたマリア・グラツィア・キウリ。非常に繊細なシフォン生地で作られたポエティックな小花の装飾を、『鏡の国のアリス』をテーマにしたコレクションにもたらすことにした。そのため、インドのチャーナキヤ工房が19世紀の典型的なサヴォワールフェールを用いて、小さなビジューやビーズを飾ったオーガンジーの花をクリエート。メッシュのコルセットにそれら立体の花が装飾され、そしてスカート部分には花の滝さながら流れるようなガーランドが施されたのだ。1つのアンサンブルに合計約1,400もの花が使われているという。これは庭を通り抜けた後のアリスのドレスが花で満たされている、というイメージから。このシリーズはマリア・グラツィア・キウリの就任以来、最も繊細なクチュールコレクションの一つといっていいだろう。

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ルック57は小さなクリノリンのドレス。シルバーメッシュのベースにオーガンザのアネモノの花とパールが刺繍されている。
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インドのチャーナキヤ工房で無数の花が昔ながらのテクニックで作られ、ガーランドに仕立てられた。photography: Sophie Carre

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現代に引き継がれるシルクオーガンザの伝統技術

オートクチュールピースのクリエーションに不可欠な素材の1つであるオーガンザ。このコレクションでは鳥の羽を想起させる手仕事による装飾にオーガンザが活躍し、ルックに軽やかさ、優雅さ、詩情をもたらしていた。出発点にあったのがドロテア・タニングの絵画というコレクション。その1つであった『バースデー』を含めて、タニングの作品には夫マックス・エルンストの作品同様に鳥が描かれているものが少なくない。そこからの連想だろうか。

ミニクリノリン・ドレスのトップをまるで鳥の体をほわほわと覆う羽根のようにゴージャスに満たしていたのは、ピーチカラーに染められたシルクオーガンザの菊の花弁だったり、ピンク・モーヴ・グリーンの微妙のグラデーションの色彩に深みが与えられたダリアの花弁だったり。繊細で軽やかな花びらはこのサヴォワールフェールを42年間追求しているというベテランのイタリア人女性によるアトリエ・パリアニの仕事である。彼女が用いるのは19世紀の技術と当時の道具。1枚づつ手染めされ、時間をかけて用意された数え切れないほどの儚い花弁が、ディオールのアトリエで軽やかで自然に見えるように美しくトップに組み立てられたのだ。

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左:ルック65。ピーチに染めたオーガンザを菊の花弁のようにチューブ状にして刺繍したトップと、シルクにアンティークのシルバーチューブの房飾りをつけたクリノシンのショートドレス。右:ピンク・モーブ・グリーンのグラデーションのダリアの花弁を羽根のようにあしらったトップとパニエスカート。
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イタリアのパリアニ工房で、ディオールが用意した型にあわせてカットされたオーガンザの花弁が1枚づつ手染めされた。photography: Sophie Carre

小さなビーズやチューブ、トゥーペ装飾やタッセルが慎重に配置されたラフィアとセロファンの刺繍はメゾン ルサージュの仕事である。その刺繍のサンプルを見たマリア・グラツィア・キウリに浮かんだアイディアは、チュールのケープ。シルクオーガンザのトップとブルマーの上下にコーディネートされた。また、メゾンルマリエが手がけた先の尖った花弁は何層もに重ねられてフェミニンなドレスに。軽やかで詩的で夢のような魅力を放つ仕上がりだった。

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ルック11はルサージュの工房による刺繍を生かしたケープ。
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ルック66。ルマリエによる黒いダリアの花弁を刺繍したトップとスモールクリノリン・スカート。

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アトリエ ルビュイッソンが誇る卓越した装飾技術

ムッシュ ディオールはホースヘア(クラン)のドレスをいくつも発表している。そのことからマリア・グラツィア・キウリはこの素材に関心を抱いたのだ。ルック52ではベージュゴールドのホースヘア素材のリボンとパールによる儚げな紫陽花の立体的小花が、チュールのビュスティエとスカートに浮き上がるように施されていた。この手仕事は伝統的なオートクチュールの技術を持つアトリエ ルビュイッソンによるもの。リボンのホースヘアの織が透けて見えるように花は配置され、パールは光を反射して......。ムッシュ ディオールの1950年代の作品を現代に引き継ぎながら、同時に現代的な要素を取り入れたルックとなった。

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ルック52。波打つチュールのビュスティエドレス刺繍されているのはホースヘア・リボンを素材にした紫陽花の花。
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パリで刺繍とテキスタイルのクリエーションを専門とするアトリエ ルビュイッソン。ディオールのためにホースヘアの花弁を製作した。photography: Sophie Carre

editing: Mariko Omura

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