「価値観が変わる体験」19世紀のコルセットを24時間着てみてわかったこと。
Fashion 2026.01.13

いつも通り朝出勤して夜には帰宅する。ただしウェストは19世紀の頃のようにガッチリ拘束されたまま。そんな体験に挑戦したのはフランス版「マダムフィガロ」誌のファッションチーフ、マリオン・デュピュイだ。

19世紀調コルセットを着用したジャーナリストのマリオン・デュピュイ。photography: MATIAS INDJIC / MATIAS INDJIC
金曜日の19時。そろそろ心安らかに帰宅しようと思った矢先に、我らが愛すべき副編集長リシャール・ジャノリオから部屋に呼び出された。「実はね、とっても面白そうな企画があって、君にどうかなと思って」と切り出される。私の不安は即、最高潮に達した。「24時間コルセットを着用して欲しいんだ。19世紀の女性たちが着けていたようなやつ。それで写真付きで記事にして欲しい」
まぶしいヘッドライトに照らされたかのごとく、目をカッと見開いた私は、ハッと気づくと「絶対に嫌です!」と答えていた。こんなやりとりは毎度のこと。誤解のないように言っておくと、アイデア自体は素晴らしいと思う。3分おきに何か思いつく総編集長のアンヌ=フロランス・シュミットの発案に違いない。だが自分の体(客観的に見て、20歳のジェーン・バーキンよりも70歳のジーナ・ロロブリジーダの方が近いと言えばイメージできるだろうか)を、拷問器具のようなコルセットに押し込めた姿で撮影させられることを想像した途端、冷や汗が流れ、動悸がしてきた。
いろいろ頭をよぎる。ベル・エポック期に有名だった女優ポレールはコルセットのおかげでウエスト33センチに達したそうだ。まさにハチのようなくびれ腰だ。ぜひ画像検索してほしい。イギリスのエセル・グレンジャーも有名だ。ウェストが両手に収まるほどの細さだった。昼夜を問わずコルセットを着用し、シャワーのときだけ外していたというからまさに奇人だ(1903〜1974)。1939年頃にはウェストの直径がピクルスの瓶ほどだったらしい(こちらもぜひ検索を)。しかし副編集長は私の性格をよく心得ていた。10分後、企画を引き受けている自分がいた。
気分を盛り上げるためにNetflixで「クイーン・シャーロット=〜ブリジャートン家外伝」を観ることにする。「最高級のコルセットはクジラの骨でできているのよ。繊細で鋭利だわ。動いたら下着に殺されるわ」と王妃様はのたまう。不安しかない。やっぱり痛いのかな。美しくなるためなら耐えるべき? 実のところまだその段階ですらない。最初の課題、すなわちできるだけ19世紀のコルセットに近いものをまだ発見できていないからだ。「ミスター・パールに連絡してみたら?」と情報通の副編集長が見かねて提案してくれた。ミスター・パール? 誰だろう。
調べてみると、すごい人物だった! 本名はマーク・プリン。イギリス人だ。現代の名コルセット職人としてクリスチャン・ラクロワ、ジョン・ガリアーノ、ヴィヴィアン・ウエストウッド、ティエリー・ミュグレーらと仕事をしている。本人自ら1日23時間、週7日コルセットを着用してウエストを細くしていく「タイトレーシング」を実践しているというからびっくり。男性として前例のないウエスト42.5センチを達成しているそうだ。1994年にはヴィクトリア・ベッカムのウエディング用コルセットを、2005年にはカイリー・ミノーグのツアー「Showgirl」で使われた青いコルセットも作っている。恐る恐るメールしてみたが案の定、返信すらもらえなかった。
次に当たったのはパリのカンボン通りに店を構えるキャドルだ。パリでも有数のコルセットの老舗で、メゾン マルジェラのためにジョン・ガリアーノが手がけた2024年春夏オートクチュールの壮観なショーでも使用された。創業者は、1889年にブラジャーの元祖を発明したエルミニー・キャドールだ。「当社製品は体型を無理なく美しく整えつつ、着け心地も最高に快適です」と6代目経営者のパトリシア・キャドールは言う。快適ならば残念ながら今回のテーマにはそぐわない。
でも大丈夫、スタイリストのアナイス・ゴスランがついにこれぞという1着を見つけてくれた。映画や舞台、祝祭行事用衣装を製作レンタルしている「ラ・コンパニー・デュ・コスチューム」社では、昔の型紙を使ったコルセットを作っていたのだ。「当時のものを忠実に再現しています」と同社は受け合う。再び冷や汗。トゥールーズ=ロートレックの絵に描かれたムーラン・ルージュの踊り子ラ・グリューのごとく、肉がはみ出した自分の姿を想像してしまう。長年、体型をごまかしてきた私にとっては、まさに悪夢だ。
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11月18日10:00
フォトスタジオにて

photography: MATIAS INDJIC / MATIAS INDJIC
ついに「それ」とご対面だ。なかなか......「すごい」代物だ!具体的に説明すると、19世紀末のピンクのコルセットで、ヒモの締め方は「à la paresseuse(ズボラさん向け)」と呼ばれる方式だ。この呼び名は気に入った。着用して前面のホックを留めてから背中のヒモの両端を引いて締めていく。ひとりでは絶対無理。幸い、この企画に協力しているスタイリストのアナイスが同行している。スカーレット・オハラになるまで、少なくとも15分はかかった。体を保護するために絶対必要という同社のアドバイスを受けて、コルセットの下に薄手の白Tシャツもちゃんと着ている。

19世紀調コルセットを着用したジャーナリストのマリオン・デュピュイ。photography: MATIAS INDJIC / MATIAS INDJIC
キャドールの経営者、パトリシアが言っていたっけ。コルセットの本来の役割はウエストを細くすること。それは当時の美の基準であると同時に、高い社会的地位の象徴でもあったそうだ。ならばどんどん締めて、ガラスの天井に近づかねば!
原理としては肉を胸へ押し上げてウエストを細く見せる。胸が自然に視界に入るほど上がってきて、未経験の圧迫感に襲われる。「もう無理!」と10回ほど叫んだと思う。決しておおげさな話ではない。失神しそうだったのだ。私が死んだら寝覚めが悪いと思ったのか、アナイスは背中のヒモをほんの少し緩めてくれた。昔だって常に隙間なくピッタリ締め上げていたわけではないそうだ。
11:00

19世紀調コルセットを着用したジャーナリストのマリオン・デュピュイ。photography: MATIAS INDJIC / MATIAS INDJIC
今回の企画の趣旨は昔のコルセットをつけて普段通りの生活をするということなので、いつものように自転車に乗って編集部へ向かう。だが通りを2本過ぎたところでギブアップ。お腹がガッチリ固定された状態で腰がほとんど動かない。

19世紀調コルセットを着用したジャーナリストのマリオン・デュピュイ。photography: MATIAS INDJIC / MATIAS INDJIC
無理は禁物。地下鉄で行こう。車両の中ではジロジロ見られているのを感じる。主に男性からだ。隣で平然とシャッターを切るカメラマンのマティアス・アンジックに「写真撮影されているからよね」とささやくと「カメラだけを見ているわけじゃないよ」と婉曲な答えが返ってきた。最後は徒歩でたどり着く。

19世紀調コルセットを着用したジャーナリストのマリオン・デュピュイ。photography: MATIAS INDJIC / MATIAS INDJIC
この段階でどうだったかを正直に言おう。これまでに体験したことがないほど支えられている感じで、ぐっと持ち上げられた感覚はまるで無重力状態。背筋がすっと伸びて頭がかつてないほど高い位置にある。なかなかいいじゃない。しかも編集部では称賛の嵐に迎えられた。みんなとても親切で思いやりにあふれている。誰もが言葉を惜しまない。「そのコルセット、素敵じゃない!」、「すごく似合ってる」、「グラドル級の胸、隠してたね!」(発言者の名は伏せるが、本人に悪気は全くない。しかしながら#MeToo的には0点だ)、「ウエスト、すごく細かったのね」等々。みんなには押し潰された肉の塊も、私の体が今にでも破裂しそうなタイヤに近いことも見えていない。だが構わない。嬉しくて顔が赤らむのも止めようがない。この企画の張本人である総編集長とすれ違った私は自分がこう発言しているのを聞いた。「私の女らしさを引き出してくださったようです」
14:00
昼食の時間だ。ここでも告白することがある。この企画のため、私は2日前から食事を控えていた。アナイスが「緩すぎる」とコルセットを締め直したせいだろうか、いつものフライドポテトも食べたくない。まったく空腹を感じない。コルセットがあればダイエット薬なんて不要かも。
15:00〜18:00

19世紀調コルセットを着用したジャーナリストのマリオン・デュピュイ。photography: MATIAS INDJIC / MATIAS INDJIC
デスクでパソコン作業。ずっと座っているとコルセットが重い。息苦しくさえある。アナイスに懇願し、ヒモを緩めてもらう。今日はこれで10回目だ(繰り返しになるけれど、背中に腕が生えていない限り、自分では出来ない)。色々考える。ベル・エポックの女性たちは、どうやってこれを外していたのだろう?急にもよおした場合(何を、はご想像にお任せする)にはどうしていたのだろう。
歴史学者のカトリーヌ・オルマンがラルース社から刊行した著書『Les Dessous de la mode(ファッションにおける下着)』によれば、19世紀末の女性用下着は非常に複雑な構成になっていた。女性たちはペチコートを最大3枚、いまのショーツの祖先にあたるランジェリー・パンツ(「言葉にできないもの」「慎みの管」「必需品」などと呼ばれた)、昼用のシュミーズなどを身につけていた。20世紀初頭になると、コルセットは次第にブラジャーに取って代わられる(ありがとう、エルミニー・キャドール)。やがて第一次世界大戦が始まり、1920年代に訪れる女性解放、身体の自由という波の中で、コルセットは完全に姿を消す。私自身もまた、まもなく解放の時を迎えるのが待ち遠しい。時間が経つにつれてどんどん圧迫感が増してきたからだ。
18:00

19世紀調コルセットを着用したジャーナリストのマリオン・デュピュイ。photography : MATIAS INDJIC / MATIAS INDJIC
最後にコルセット姿のまま近所のスーパー「フランプリ」に立ち寄る。青果売り場では、時代錯誤な「コルセット・ガール」の姿に驚いて、まじまじと見つめる買い物客の視線が痛い。編集部に戻ってコルセットを外す。ようやく解放された。こんなに洗練された形なのに、1日中私を苦しめたコルセットもこれで見納め。ちょっぴり感傷に浸る。でも断言できる。もう2度と着けたくない。
From madameFIGARO.fr
text: Marion Dupuis (madame.lefigaro.fr)




