ヴァン クリーフ&アーペルと蜷川実花の『フローラ』展を歩く。

Jewelry 2021.09.28

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『フローラ』展の会場内、カレイドスコープの中に迷い込んだようで方向感覚を失ってしまう。

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左: 蜷川実花が撮影する極彩色の花が現れ、姿を消して……。展示されるジュエリーと同じ種類の花の写真や同じ感情を引き起こす写真を『フローラ」展のために選び、その作業におおいにエキサイトしたと彼女は語る。 右: オテル デヴルーで行われた展覧会のプレス発表にて。左からヴァン クリーフ&アーペルのプレジデント兼CEOニコラ・ボス、蜷川実花、田根剛。photos:Mariko Omura

ヴァンドーム広場、リッツホテルとメゾン・スキャパレリの中間にある「Hôtel d’Evreux(オテル デヴルー)」で『FLORAE Mika Ninagawa』展が11月14日まで開催されている。日本とフランスの行き来が簡単な時期だったら、すぐにでもパリに見に来て!と誘いたい展覧会だ。

花にインスパイアされた魅惑的なジュエリーを1世紀以上作り続けているヴァン クリーフ&アーペルの100点近いジュエリーと、花を被写体に独特の色彩の写真を撮り続けている蜷川実花の写真。儚い花の命を永遠にとどめようとする両者の対話をひとつの魔法の空間で展開させているのは、パリをベースに活動する建築家、田根剛によるセノグラフィーである。彼によると会場の広さは約150㎡。パリのちょっとした家庭のアパルトマンという程度なのだが、万華鏡に入り込んだような効果のある造りなので、長い長い迷路の中にいるような錯覚に陥る。

ジュエリーを展示するハーフミラーのケース、桜やバラ、ダリアなど現れてははかなく消えてゆく色鮮やかな花の写真……迷うほど、空間の感覚も時間の感覚もなくなり、自分の身体が光と鏡の戯れの中に埋没してしまうよう。そして、それがとても心地よく楽しい体験となる。

パリと東京でやり取りを重ねて出来上がった展示をオテル デヴルーで実際に見た蜷川は、「圧倒的なパワーのエネルギーをもらいました。デジタルの時代に本物を見ることの素晴らしさ、ジュエリーの持つ力。光栄です」と語った。展示するジュエリーについて実物ではなく写真を見ながら仕事を進めた田根は、「空間設計が終わって宝石が実際に入ったのを見た際に、感動がありました。来場者には会場を後にした時に、夢の中にいたようだと思ってもらえたらいいですね」と。

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写真がとらえた花の刹那の美とジュエリーの永続性を結びつけるためライティングとサウンドを田根剛がプラスした会場内。フランス庭園の迷路のようで、迷うほど、この中で過ごした時間が貴重な思い出となる。photos:Mariko Omura

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ヴァン クリーフ&アーペルの 花のジュエリーは1920年代から2000年までの間に制作されたヘリテージコレクションと現代のコレクションから選ばれ、展示は3部構成となっている。第1部では、現実に即した表現を際立たせた自然主義的な美学を紹介。花弁の質感、花冠のボリューム、ナチュラルな色に注目して創造されたジュエリーの数々だ。この表現においては、メゾン独特のミステリーセットが大きな力を発揮している。第2部ではブーケに焦点が当てられている。会場の光の中で輝くのは、1930年代から40年代にかけてヴァン クリーフ&アーペルの花壇から生まれた多数の花束だ。そして第3部。ここでは花の造形そのものではなく動き、ライン、色などが様式化され、抽象的に表現された美しさを湛えたジュエリーが展示されている。

第1部「自然主義の美」

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花の美しさを具象的アプローチでデザインしたジュエリーを展示。左上: ローズ ド ノエル クリップ。 右上: 1937年のミステリーセット ピヴォワンヌ クリップ。 左下: 1927年のオーキッド クリップ。 右下: 左はダンデリオン シークレット ウォッチ。photos:(左上、右下)Mariko Omura

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第2部「ブーケ」

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左上: 左はスネークチェーンネックレスと取り外し可能なサファイアとルビーのフラワークリップ。1940年。 右上: ファーン クリップ、1947年。 左下: 勿忘草らしくForget Me Not とメッセージのついたミオソティス クリップ。1940年。 右下: 中央はアールデコ調のフラワーバスケット ブローチ、1927年。photos:(左上、右下)Mariko Omura

第3部「様式化された美」

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左上: フラワー シークレット ウォッチ(1945年頃)とミモザ イヤリング(1948年頃)。 右上: フラワー シルエット クリップ。1937年。 左下: 東洋から着想を得たロングネックレス、1924年。 右下: 上はパズル フルール ネックレス、1958年。photos:(左上、右下)Mariko Omura

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幻想の迷路と呼びたくなる会場。ここでは花が生きる時間の象徴として描かれているミヒャエル・エンデの小説『モモ』を思い出す人もいるかもしれない。この空間演出をとおして、夢や創造にまつわる体験を作り出すことを目指し、そのためのコンセプトとしたのが万華鏡と迷路だったと語る田根剛。その彼が好きな本として日頃挙げるのが、この『モモ』だという。

「この空間を作っている時には思わなかったけれど、会場内を巡った人が『不思議な国のアリス』に出てくる国に入ったようだというのを聞いて、いや、これは僕には『モモ』なんだ、と……。『モモ』の中に、振り子の動きに合わせて咲く花が登場します。この時間の花。本を読んだのは小さい頃で、おそらく映画『ネバー・エンディング・ストーリー』を観て、同じ作者の『モモ』を読んだのでしょう。モモの時間の考え方が、以来、僕のなかに大切なこととして残っているのです」

彼は先日幕を閉じた東京ミッドタウン・ホールの「生誕260周年記念 特別展『北斎づくし』」の空間設計も担当している。膨大な量の北斎の作品が会場を埋めつくし、『フローラ』展同様に没入型の作りが大きな話題となった。情報量が増え続ける世の中である。「インターネットで見たということで終わらせず、実際に体験をさせることで、その場に立った人の、人生をかけてきた体験と時間を記憶に変えてゆきたいという思いがあります」と。

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「鏡を使った視覚的な空間の使い方はフランス独特の手法。それが無意識のうちにこのアイデアの中に入っていて……」と語るパリを拠点にする田根剛。彼が展示スペースを担当したオテル・ドゥ・ラ・マリーヌ内のアル・サーニ・コレクションがいよいよこの秋、開館する。photo:(左)Mariko Omura

さらに『フローラ展』については、会場に恵まれたと彼は続ける。「建築の場合、アプローチが大切です。建物にいたるまで、出合うまでの距離の精神的準備が大事なんです。今回はヴァンドーム広場があり、そこを歩いてきて広場に面したオテル・デヴルーの扉をくぐって中庭に入って……という準備の段取りがあります。街中だと精神的準備をするのが難しく、急にストリートからこの会場内に入ることになると、心の準備ができませんから」

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左: 展示ジュエリー中、蜷川実花を最も驚愕させたというのは、風が吹いて花が揺れた瞬間をとらえた1938年のクリップ。 右: ブロドリー アンディアンヌ ネックレス(1950年)は素晴らしい手仕事の結晶を見ているよう、と 田根剛を感嘆させた。 photos:Mariko Omura

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蜷川実花インタビュー

さて、東京では9月16日に上野の森美術館で蜷川実花の『-虚構と現実の間に- MIKA NINAGAWA  - INTO FICTION/ REALITY』展が始まった。その中では、花の写真も多く展示されている。『フローラ』展もいつか東京で体験できる時がくることを期待しつつ、写真にまつわる彼女の話を少し聞いてみよう。蜷川実花の写真がなぜ大勢の人々の心をとらえるのか、その答えが見つかるだろう。

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蜷川実花、『フローラ』展の会場にて。

造花と生花

「造花と生花の両方を撮影しています。造花だから偽物だということはないと思っていて。造花には安っぽいイメージがあるけれど、私が撮影していた造花はお墓に手向けられたもので、主として暑いカトリックの国での撮影でした。暑い中で死者に枯れない花を手向けたいという思い、枯れない花が作れないかという思いがそこには込められていると思います。強烈な太陽の下で、ときに生花より光り輝く瞬間もありました。造花はリアルな世界と虚構の世界の架け橋のような気もし、自分の中で大きなモチーフとして造花を撮影していた時期があります」

「生花には“もののあはれ”というか、消えていくのがわかっているからこそ残しておきたいという思いがあって……なくなるからこそ、残しておきたいと。いまを掴みたい、という思いに近いですね。特にコロナ感染症の時代、いまこの瞬間の大切さを感じるようになっています。日常の中に探す気持ち。自分がそういうものを求めて注意深く生きていると、いくらでも光り輝く瞬間が見つかり、そこをしっかりとキャッチしてゆきたいという思いが強くなった気がします」

花をズームで撮影

「引きで撮ることもありますけど、そこにすべてがあるような気がして、どうしても寄っていってしまうのです。女性的視点かもしれませんが、世界を俯瞰でとらえる大切さもあるでしょうけど、ひとつひとつが囁きかけてくる美しさの中には無限にその奥が広がっているような気がするんですね。コンセプトがあるわけではなく、そこにフォーカスしたいと生理的に寄ってしまうのです。(目の前のブーケを見ながら)いまここでカメラを渡されたら、いくらでも遊んでいたいですね。撮らずにはいられない。なぜ花かと聞かれると、これこれと理由をつけますけど、実は残さずにはいられないという衝動の方が大きいかもしれません」

衝動をかきたてる被写体

「そうですね……最近雲も撮っています。どの写真家にも言えることですけど、刻一刻と変化して同じ状況が二度とないというものは、残さなければと思ってしまうのです。桜もそうなんです。あっと言う間に散ってしまうのがわかっているので、毎年膨大な量を撮影しています。それから金魚を撮るのも好きですね。これは造花にも似たところが少しあって、人工的に作られた生きもので、もっと珍種が作りたいというような人間の欲望が込められています。罪深さを感じるものの、美しさがある、と思ったりもします。人工的ということに別軸で興味を持っていますが、やはり、移りゆくものをとどめておきたいという気持ちが、どのモチーフに対しても強くあると思っています」

「建物も撮らなくはないけれど、量は全然違いますね。夜景や夜の街を撮るのが好きなのは、物として撮るのではなく、その時纏っている街の空気感だったり、暑さや湿度や寒さとか、感情的な面をどこかに写したいということがあるのだと思います。そうしたことは建物だと乗せづらいのです」

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シャッターのタイミング

「撮ること自体はとても短時間です。でも常日頃ものすごくアンテナを張っているので生活をするのが大変なくらい……。そのスイッチを入れて世界を見ると、あらゆることがおもしろく、あらゆるものを残したくなって。世界中でいろいろと素敵なことが起きていると思うと、そわそわしちゃいます」

「だから多作なんです。今回の『フローラ』展の花の写真も何万枚、何十万枚の中から選んでいると思います。選んで、発表するまでのプロセスはけっこう慎重なものですけど、シャッターを押す時は長いことやっているので、こうやったら美しく撮れるという方程式がある程度できあがってしまっていて……それを技術的なことではなく、本当に心が動いたから撮りたい、なんて美しいのだろう、絶対に撮りたい、と思う気持ちをいかに持ち続けられるかというのがキーワードですね。それがないと不思議と通用しなくなってくるんです。見てくださる方に波動のように伝わってゆくのでしょう。長くやっているからこそ、心動かされたからシャッターを押すということの大切さを年々感じています」

自然光撮影

「自然光で撮影しています。花の撮影は光と関係していて、今日の光はとても綺麗です。でも、昨日は昨日で違ったであろうと想像し、そのタイミングも愛せます。ポートレートに近いような面もあり、たとえば桜は毎年同じように咲いても、その年の自分の気持ちや世界のあり方で写真が変わるんです。そこにあるものを写す、そのものが持っているパワーをいただく、ということもあるのだけど、そこと自分がどう対話していたか、その時の自分がどんな気持ちで対象を見つめていたかといったことも同時に重要なんです。その瞬間と、その時の自分の状態ということの合わせ技です」

モノクロからカラー写真へ

「デビュー当時の5~6年間はモノクロしか撮っていなかったのが、ある日、はーっと何かが弾けて世界の美しさが色彩を持ち出したんです。カラーに変えた最初からいまのような色の感じでした。そこに辿り着くために工夫をしたとか、作為的に選んで撮っていったということより、自分が撮らずにはいられないと見つけたものたちが、ああいった色を纏ったものだったのです。色彩については言語化しづらいんですけど、世界の切り取り方だと思います。色を切り取ってゆくこと、それが日常的にたくさんあるということは伝えたいことのひとつです。自分の気持ちの持ち方ひとつで、あらゆるものがおもしろく、美しく見えてゆくということを私は写真を撮ることで体験しています。これからの世界を生きてゆくのに重要なことなのじゃないかと思います」

「撮影はフィルム、デジカメ、携帯で。何で撮影するかということについては重きを置いていません。最近は携帯がカメラとして機能しているので、『フローラ』展の中にも1~2点携帯で撮影したものが含まれているかもしれません。携帯でもあの色彩!!と驚かれます」

パリの街を撮ること

「大好きな街なので、今回、日本の帰国時に3日間の隔離があっても来たかったんです。目に入るすべてが本当に美しい。刺激的な街です。撮りたい……でも、難しい。パリはパリで完成しているので、私が入り込む余地がないような気がして……。撮れば美しいので、いかに自分の表現をそこに入れてゆくかということがパリの撮影では難しいのです。もう少し年月を経て、太刀打ちできるくらい自分の何かが固まったらチャレンジしたいですね」

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『フローラ』展に際し、蜷川実花が撮り下ろしたジュエリーと花。標本の蝶を生花と人工的に作られたジュエリーとの間、夢と現実の架け橋として用いたそうだ。©︎ Mika Ninagawa

『FLORAE』展
会期:開催中~2021年11月14日
Hotel d’Evreux
19, place Vendôme
75001 Paris
開)12:00~19:00
要予約
www.vancleefarpels.com/jp/ja/events/florae-exhibition.html

 

editing: Mariko Omura

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