ヴァンクリーフ&アーペル、グランドツアーの旅するジュエリー。
Jewelry 2023.07.26
18~19世紀に普及したグランドツアー。16世紀に英国の貴族階級の若者たちが社会に出る前に見聞を広めるべく、2~3年をかけてヨーロッパ内を旅したことから始まり、その後、英国人のみならずフランスやイタリアの若者、さらに芸術家たちもそれに倣って遊学の旅に出るようになったのだ。訪問国の象徴的な名所を巡り、古代からルネサンスに至る偉大な歴史の遺産を目にし……。巡るコースは人さまざまだが、パリ、イタリアの主要都市、スイス、アルプス、ドイツの諸地方が人気の土地だった。
グランドツアー。ロンドンからバーデン・バーデンまでの輝く宝石の旅を!
7月のパリ、ヴァン クリーフ&アーペルは「グランドツアー」に旅立ったすべての旅行家たちの足跡を辿り、ヨーロッパの芸術的・文化的展望に影響を与えたこの通過儀礼の旅を再解釈したハイジュエリー・コレクションを発表した。英国人の標準的なグランドツアーを例にとって、ロンドンを出発し、パリ、アルプス山脈そしてヴェネツィア、フィレンツェ、ローマ、ナポリとイタリア内を移動し、ドイツのバーデン=バーデンへと。この8つの滞在地をコレクションでは8つの章に設定。この旅における発見のひとつとなったローマ、エトルリア、中世、ルネサンスのアンティークジュエリーを着想源とし、そこにメゾンの伝統、スタイル、そしてクラフツマンシップを融合させたコレクションを作り上げた。創造性豊かなデザインスタジオから宝石鑑定家の鍛え抜かれた目、ハイジュエリーアトリエのサヴォアフェールと匠の技まで、あらゆる専門知識が結集されたコレクションである。メゾンのデザイナーと職人たちは、次々と旅のスケッチを描くように作品を考案し、それらに輝く命が吹き込まれて……。驚きと感動に出会う旅への誘いである新作ハイジュエリー「Le Grand Tour(ル グラン トゥール)」コレクション。その宝飾の旅物語をここに紐解く。
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ロンドン
旅の出発地でありまた帰還地でもあるロンドン。この地からインスパイアされたジョサイア ネックレスは、英国を代表するウェッジウッド磁器を18世紀半ばに創業したジョサイア・ウェッジウッドから名前をいただいたものだ。グランドツアーが装飾芸術における新古典主義への興味をかきたてたことがウェッジウッドの誕生の背景にある。ネックレスはラウンドカットとバゲットカットのダイヤモンドが連なり、シルクリボンのように絡み合いながらフロントに垂れ下がり、その先端には2つの見事なオーバルカット サファイアが 。ウェッジウッドでおなじみの磁器を思わせる鮮やかなブルーがとても優美だ。このサファイアを外して、セットで装えるイヤリングにあしらうこともできる。
デア エテルナ クリップはデヴォンシャー公爵邸チャッツワース・ハウスが持つカノーヴァの彫像を題材にしている。カノーヴァは新古典主義を代表するイタリアの彫刻家である。グランドツアーで世界各地を巡り、イタリアで古代の作品に直に目で触れた若者たち。彼らの「グラン・グー(優れた趣味)」によって新古典主義の誕生が促されることになったのだ。カノーヴァの女神ヘーベー像と邸宅のロックガーデンから着想を得て作り上げられたクリップ。磨きあげず、ラピスラズリの粗さを岩に見立てているのは、ハイジュエリーにおいて珍しい発想だ。
左:取り外し可能なペンダント付き ジョサイア ネックレス。ホワイトゴールド、オーバルカットサファイア2石 25.10 & 21.78カラット スリランカ産、ラウンドカットダイヤモンド1石 1.55カラット DIF
右:デア エテルナ クリップイエローゴールド、ホワイトゴールド、ローズゴールド、オーバルカットピンクサファイア1石3.47カラット マダガスカル産、サファイア、ラピスラズリ、グレー養殖パール、ダイヤモンド
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パリ
グランドツアーで巡る土地を選ぶのは各人において自由だけれど、必ず行くべき! と推奨されていた滞在先はパリ。そのパリのとりわけパレ・ロワイヤルで旅人が発見したのは洗練そしてリュクスだった。ルセンディ イヤリングは18 世紀のシャンデリアの精巧なシルエットを表現している。 揺れ動くパンピーユ(吊り飾り)があしらわれ、ローズゴールドの3連ループからチェーンで吊り下げられた「コルベイユ(花籠)」の輪郭を描いている。 そのキャンドル明かりの下で繰り広げられた社交界の華やぎが目に浮かんでくるようなイヤリングだ。
左:ルセンディ イヤリングローズゴールド、ホワイトゴールド、オーバルカットルベライト2石 11.48 & 10.14カラット、モーヴサファイア、ダイヤモンド。
右:エクラ ミステリユー ネックレス。大粒パールのネックレス。留め具に控えめながら見事なミステリーセットのエメラルドが。
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アルプス山脈
フランスからイタリアへと超えるアルプス山脈。レフ・トルストイは短編『ルツェルン』(1857年)で部屋の窓から見た湖を描いている。その感動! スイスのリギ山から望むルツェルン湖のように詩情に満ちた雪山の風景をブルーグリーンのトルマリンをあしらったネックレス「レジーナ モンティム」が彷彿させる。
アルプスの高山に咲く自然生命力溢れる野生の植物を表現したのは、エーデルワイス クリップ。イエローダイヤモンドとブルーのサファイアの鮮やかな色をラウンド、ペアシェイプ、スクエア、マーキスカットのダイヤモンドの花弁が引き立てている。生命力を表現し、永遠に再生し続ける優雅な光景を巧みに捉えたクリップは、創業以来花の美しさにインスピレーションを受けてきたヴァン クリーフ&アーペルならでは!
左:取り外し可能なペンダント付きレジーナ モンティウム ネックレスホワイトゴールド、オーバルカットブルーグリーントルマリン1石 27.70カラット、クッションカットブルーグリーントルマリン1石16.26カラット、サファイア、アクアマリン、タンザナイト、ダイヤモンド
右:エーデルワイス クリップホワイトゴールド、イエローゴールド、サファイア、ホワイト&イエローダイヤモンド
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イタリア
アルプスを越え、旅人は古代とルネサンスの宝物を求めてイタリアを探訪する。グランドツアーのハイライトがこの国。ドイツの作家ゲーテも1786年から88年に渡る滞在を約30年後に『イタリア紀行』としてその自然、美術などを書き記している。ヴェネツィア、ローマ、フィレンツェ、ナポリ 。この4つの都市の建築と色彩の美しさを、ヴァン クリーフ&アーペルは1920年代の典型的な「バンドー」ブレスレットにインスパイアされた8本のブレスレットに絵画のように表現した。薄いゴールドに施された彫刻が彷彿させるのはイタリアの有名な建造物。その周囲にマイクロモザイクの技法によって宝石がちりばめられ、水彩画のような風景を手首で愛でることができる。
エスカル アンティーク ブレスレットローズゴールド、エメラルド、ツァボライトガーネット、ダイヤモンド
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ヴェネツィア
水の都ヴェネツィアへ。ゴンドラ漕ぎの歌を意味する「シャン デ ゴンドリア」のネックレスはため息が漏れる美しさ。 鮮やかな水色のカボションカットのターコイズ16石の連なりの下げ飾りはヴェネツィアを取り囲む水を表現している。その連なりの上のダイヤモンドが描くアーチは運河にかかる橋を思わせ、各アーチの下に煌いているのは、彫刻されたイエローゴールドと魅惑的なブルーのグラデーションの色彩を纏った3石のラウンドカット サファイアだ。ゴンドラ漕ぎの歌を聴きながら、いくつもの橋の下をゴンドラで抜けて行くときの気持ちの高揚が感じられるよう。
ホワイトゴールドとローズゴールドがベースのやわらかな色調を纏ったカッリエーラ イヤリングは、ロココ様式ヴェネツィアの画家ロザル バ・カッリエーラ(1675年‐1757年)にオマージュを捧げるもの。ピンクサファイアのさまざまな色調とスペサタイトガーネットの温かみのあるオレンジが繊細に融合されている。パールの虹色の光沢を帯びたホワイトは、18世紀のフランスやイタリアの宮廷のファッションに見られたジュエリーを想起させる。
左:シャン デ ゴンドリア ネックレスホワイトゴールド、イエローゴールド、サファイア、ターコイズ、ダイヤモンド
右:取り外し可能なペンダント付きカッリエーラ イヤリングローズゴールド、ホワイトゴールド、ピンクサファイア、スペサタイトガーネット、ホワイト養殖パール、ダイヤモンド
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フィレンツェ
エトルリアのジュエリースタイルにインスパイアされたネックレスの「ヴィラノヴァ」を手にとってみよう。ダイヤモンドを散りばめたローズゴールドのシェブロンリンクのチョーカーのしなやかさに驚かされる。そのチョーカーから垂れ下がるのは、エトルリアの小像に見られる頭飾りの輪郭を再現した煌めくモチーフとカボションカットの深いピンクパープルのルベライト。ネックレスの背面側にあしらわれたペアシェイプ ダイヤモンドは、クラスプの優美さを引き立てながら首のラインを長く見せるディテールへの配慮がある。
グランドツアーの時代も旅人は現代人同様に18世紀後半に扉を開いたウフィツィ美術館を訪問した。美術館が所蔵するフィレンツェ出身の画家サンドロ・ボッティチェリによる、イタリア・ルネサンス期を彩る最高傑作のひとつ『ヴィーナスの誕生』へとオマージュを捧げたのが「オード ア ラムール リング」。メゾンの創造性 とサヴォアフェールが凝縮された、とても写実的なデザインで巨匠にオマージュを捧げている。ローズゴールドの彫刻とホワイトゴールドの「ラモレイエ」(彫り込んで立体感をもたせる技法)によって、貝殻の立体的なテクスチャーが見事に再現された魅惑のリングだ。
左:取り外し可能なペンダント付きヴィラノヴァ ネックレス ホワイトゴールド、ローズゴールド、カボションカットルベライト9石計110.04カラット、ダイヤモンド
右:オード ア ラムール リング ローズゴールド、ホワイトゴールド、オーバルカットピンクサファイア1石 4.04カラット マダガスカル産、ルビー、ピンクサファイア、ダイヤモンド
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ローマ
「ピアッツァ ディヴィーナ」 ネックレスは、ローマの門をくぐりサン・ピエトロ広場(ピアッツァ)へと向かう旅への誘いだ。ベルニーニが設計したバロック建築で知られる広場の幾何学的構成を模して、ネックレスには直線と曲線をさまざまに展開する。中央のメダイヨンのエチオピア産のオーバルカット エメラルドが燦然たる輝きを放ち、その周りを囲むラウンド ダイヤモンドが遠近感を演出。ベゼルを極めて薄くすることで、エメラルドの透明感と鮮やかなグリーンが強調された。
取り替え可能なペンダント付きピアッツァ ディヴィーナ ネックレス ホワイトゴールド、ローズゴールド、イエローゴールド、プラチナ、オーバルカットエメラルド1石 13.09カラット エチオピア産、ペアシェイプダイヤモンド1石 1.03カラット DFL タイプ2A、ペアシェイプダイヤモンド1石 1.03カラット DFL タイプ2B、エメラルド、サファイア、ダイヤモンド
ローマの歴史を語る3つの彫刻的クリップは彫りの施されたアンティークストーンがそれぞれデザインに取り込まれ、語らずにはいられない魅力を秘めている。ローリエ アンペリアル クリップには有名な冠を想起させる月桂樹の枝が表現され、3世紀に遡るエングレービング入りの サファイアが光っている。インタリオに描かれているのはカラカラ帝(188年‐217年) のプロフィールだ。またアンフォラクリップには、アンフォラ(壺)のモチーフが沈み彫りされたジャスパーがあしらわれている。2世紀に彫刻されたジャスパーは歴史的価値も大きい。3つ目のフレスク セレスト クリップはバロック美術における雲の描写がインスピレーション源で、1世紀から2世紀にかけて加工された8.62カラットの見事なカボションカット シトリンのインタリオがセットされている。 宝飾史において、シトリンのインタリオはとても珍しいそうだ。
左: ローリエ アンペリアル クリップホワイトゴールド、イエローゴールド、インタリオを施したカボションカットサファイア 4.90カラット スリランカ産、サファイア、ラピスラズリ、ダイヤモンド
右:アンフォラ クリップイエローゴールド、ローズゴールド、インタリオを施したレッドジャスパー1石 3.47カラット、オーバルカット スペサタイトガーネット1石 4.87カラット、ラピスラズリ、ダイヤモンド
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ナポリ
グランドツアーでナポリを訪れた旅人は、その南東の古代遺跡ヘルクラネウムを訪れる。ニンフに捧げられた聖地で、その遺跡のモザイク画に描かれたたっぷりと豊かな花冠に目をみはったことだろう。その花冠にインスパイアされたのがネックレス「ニンフェ」。厳選されたピンクサファイア、ルベライトコーラルが均整の取れたシンメトリーを形成し、散りばめられたルビー、 ピンクサファイア、スペサタイトガーネットと見事に調和している。喜びと豊かさに満ち永遠に生まれ変わる自然はヴァンクリーフ&アーペルをインスパイアーし続け、その自然への賛歌がこのネックレスに込められている。
ニンフェ ネックレスローズゴールド、ホワイトゴールド、クッションカットルベライト1石 24.02カラット、オーバルカットルベライト2石 12.44カラット&11.52カラット、ピンクサファイア、ルビー、スペサタイトガーネット、レッド&ピンク エンジェルスキンコーラル、ダイヤモンド
ナポリからポンペイの遺跡を経由し、アマルフィ海岸へ。別荘群があり中でも贅沢な雰囲気を醸し出しているのは中世に建てられたルフォ荘である。豊かな植物に囲まれたその邸宅は、生命力と躍動感に満ちた3つのクリップ「シンフォニー」のインスピレーション源となった。パヴェダイヤモンドを敷き詰めたローズゴールドやホワイトゴールドの大小さまざまな葉が、宝石やゴドロン装飾で彩られた絡み合うバンドから溢れるように生い茂り、庭園の段のあるテラスを彷彿とさせる。
左:シンフォニー フローラル クリップホワイトゴールド、ローズゴールド、オーバルカットスペサタイトガーネット1石 8.10カラット、オーバルカットツァボライトガーネット1石 7.01カラット、オーバルカットピンクガーネット1石 7.31カラット、ツァボライトガーネット、スペサタイトガーネット、モーヴサファイア、ダイヤモンド
中:シンフォニー ヴェジタール クリップホワイトゴールド、ローズゴールド、オーバルカットピンクトルマリン1石 4.81カラット、カラーサファイア、ダイヤモンド
右::シンフォニー ドゥ ロー クリップホワイトゴールド、ローズゴールド、カボションカットブラックオパール1石 5.88カラット オーストラリア産、サファイア、ツァボライトガーネット、グリーントルマリン、ダイヤモンド
バーデン=バーデン
ドイツで有名な温泉保養地、バーデン=バーデン。ハーフティンバー様式の愛らしい家が並び、花と水に恵まれたこの土地で、ヨーロッパを巡回したグランドツアーの旅人たちは帰国の途につく前でここで疲れを癒したのだ。この街の伝統的な祭りでは参加者が色とりどりのビーズ、リボン、花で飾られた華やかな冠をかぶるのが習わしで、その鮮やかで陽気な色使いを「シャペル リング」はイメージしている。
旅の最終地バーデン=バーデンで、リヒテンタール修道院の庭園をのんびりと巡るのは心休まるひと時。緑に覆われた道の両側に佇むのは、豊かに葉を茂らせた樹齢何百年もの巨木たちだ。柳、樫、白樺、ライムといった樹木からインスピレーションを得た彩豊かなジュエリーにはボルダーオパール、エンジェルスキンコーラルなど稀少な素材が生かされている。このように温泉で保養し、自然の持つ生命力にパワーを得てグランドツアーを終えた旅人は祖国に戻っていったのだろう。
左:シャペル リングローズゴールド、ホワイトゴールド、クッションカットルビー1石 3.28カラット ビルマ産、エメラルド、ルビー、ピンク&イエローサファイア、スペサタイトガーネット、ダイヤモンド
右:フォイヤージュ レヴェール クリップホワイトゴールド、ボルダーオパールモチーフ1石 39.80カラット オーストラリア産、ブルー&ピンクサファイア
text:Mariko Omura