ブルゴーニュワインと鮨の、素敵な関係。
Gourmet 2018.05.29
銀座の名店、鮨からくのお鮨が、海を越えてフランスのブルゴーニュへ。厳選された日本食材と現地の食材を使い、ワインのための鮨が出来上がるまでをレポート。
フランス産食材が、鮨のインスピレーションに。
ブシャールの迎賓館は、フランドル様式の屋根が特徴の壮麗な建築物。
2018年3月13日。フランス・ブルゴーニュ地方のボーヌのブシャール・ペール・エ・フィス(以下、ブシャール)の迎賓館に、「日本」がやってきていた。この日ここで開催されたイベントは、ブシャール主催の「Sushi & Wine Pairing Dinner」。銀座の鮨の名店・鮨からく店主の戸川基成氏を日本から招聘し、戸川氏による鮨とブシャールのワインによる、ペアリングの新しい可能性を体験してもらおうという趣向だ。
地元のスーパーで真剣に食材を選ぶ戸川氏(右)。
この日は、2年に1度開かれるブルゴーニュワインの見本市、「グラン ジュール ド ブルゴーニュ」の会期中。「グラン ジュール ド ブルゴーニュ」は、ワイン業界関係者のみに、ブルゴーニュワインをひと足先に試飲してもらおうとブルゴーニュワインの栽培家が始めたもので、2018年ですでに14回目を迎える。この期間中には、イギリス、北欧、アジアなど世界各国からワインジャーナリストやブルゴーニュワインのインポーター、バイヤーがボーヌに集まってくるのだ。彼らの肥えた舌を迎え撃つため、戸川氏はイベントの数日前からフランスに入り、食材の調達や厨房や調理器具の確認、下ごしらえを丹念に行った。
内陸のボーヌの魚店に新鮮な魚が届くのは週1回。ここではエビを調達した。
まずは、スーパーに食材の調達に向かう。「Sushi & Wine Pairing Dinner」で供されるオードブルのコンセプトは、「フランスでインスパイアされた地元の食材を使った鮨」。戸川氏が特に注目したのは、肉売り場だ。「牛肉、豚肉、鶏肉だけでなく、鹿やウサギ、ジビエまで、いわゆる普通のスーパーで揃うことに驚いた。日本にはない品揃え」と戸川氏。熟慮の末に、牛フィレ肉を購入した。「日本のたたき風にしたら面白い鮨ができると考えたから」と、その理由を説明してくれた。
鮨に使う食材はすべて江戸前の伝統技法に基づき、漬けや昆布締め、火入れなどがされている。
水は、ヨーロッパの水の中でも最も軟水の部類のヴォルビックを使う。米は日本からあらかじめ送ったものである。からくで使用する、会津のササニシキと、新潟のコシヒカリのブレンド米だ。実は、この米のブレンドがワインと合わせるコツのひとつだという。「コシヒカリは100%だとその粘りが強すぎるため、ササニシキのシャリシャリとした食感を加える。すると、ワインとのバランスが取れるようになる」と、戸川氏は説明してくれた。
日本とは異なる水や炊飯器を使うため、前日に試し炊き。鮨酢には白ワインを投入。
もうひとつ、皆が注目したのは、すし酢に白ワインを投入したこと。普段、からくではすし飯を握る時に「手酢」としてワインを使うことはあるが、すし酢には使用しない。今回は、ワインに特に合わせるために特別に、ということだった。
テーブルの準備を入念に。グラスもひとつひとつチェックする。
戸川氏が供する鮨は、生のネタをそのまま使うことは決してない。ここでも、江戸前の伝統技法である漬けや、火入れをしている。マグロなどを漬け込む漬け汁にも、醤油、みりんに赤ワインを加える。このようにして、ワインとのベストマリアージュを追求した鮨が、次々と準備されていく。果たして、世界のワインスペシャリスト、ワインラバーの評価は――。
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ブルゴーニュワインと江戸前鮨の饗宴。
フランスで調達した食材も使用したオードブル。フランスと日本の“競演”である。
日が沈みかけ、夕暮れが街に迫る。フォアグラの細巻き、特製出汁巻き卵、ヤリイカのキャビアのせ、牛フィレ肉の漬け鮨など、見事なまでのオードブルの盛り込みが、本会場とは別のアペリティフのための部屋に運ばれた。
アペリティフの会場に続々集まる招待客に、オードブルについて説明する戸川氏。
アペリティフの部屋には、世界のワインジャーナリスト、インポーターやバイヤーといった招待客が続々と集まってきた。アペリティフとして供されたのは、ブシャールと同じく、メゾン エ ドメーヌ アンリオの傘下にあるシャンパーニュ アンリオのブラン ド ブランNVである。
アンリオのブラン ド ブランNVは、シャンパーニュ地方コート デ ブラン地区の厳選された畑のブドウから造られ、熟成による複雑味を重んじるメゾンのスタイルを表現するために、約40%のリザーブワインが使用されている。味わいには、ミネラルを思わせる風味と旨味が感じられる。複雑味からくる味わいの多様性により、さまざまな食材との相性がいいシャンパーニュだと直感できる。オードブルは、フランスや日本のさまざまな食材や調理法を駆使したもの。どの料理ともそれぞれいい相性が見いだせるこのシャンパーニュは、今回のオードブルの伴走役として十分な役割を果たしていた。
40人分の鮨が次々と準備されていく。
色彩、味わいともに豊かな鮨オードブルを、サプライズを持って招待客が次々と手に取り、シャンパーニュとともに楽しむ。戸川氏の戦略は、まずは成功だったといえよう。
戸川氏が鮨を握る手の美しさやスピードも、多くの人の目を引いた。
アペリティフのなかばで、アンリオのジル・ド・ラルズィエール社長が登壇し、このあとの鮨とワインのペアリングイベントを“ガイド”する3人の巨匠が紹介された。
1人目は、パリの3ツ星レストラン、ジョルジュ・ブランのソムリエであるファブリス・ソミエ氏。フランスの最優秀職人の称号を持ち、マスターソムリエのひとりである。ワインと食のマッチングに情熱を注ぎ、いわゆる食事のみならず、葉巻、デザート、コーヒーなどさまざまなワインとのマッチングを演出してきた実績を持つ人物だ。ファブリス氏が、ワインと鮨のマリアージュについて解説をする。2人目は、フレデリック・ヴェベール氏。ブシャールのチーフワインメーカーである。ブドウ畑を管理する農家と、醸造家を代表して、この日供されるワインの解説をする。そして、3人目が鮨からくの戸川氏だ。戸川氏の、鮨とワインのペアリングの探求の成果をここで披露する。
江戸前の伝統技法が駆使され、同時にワインとのマッチングが最大化されていることが戸川氏の鮨の魅力だ。
巨匠たちの案内で、フランスで、ワインと本格的な鮨のマリアージュを味わうという、希有のイベントが幕開けした。
■第1のマリアージュ
コルトン シャルルマーニュ2012
×サラダ、カンパチの握り、タイの昆布締めの握り
「2012年は、2月には春の霜の被害があり、6月にはヒョウも降った」と、ヴェベール氏は振り返る。ただし、収量は減ったものの、その後の天候に恵まれ、秋の収穫時期には円熟したブドウを収穫することができたという。「このコルトン シャルルマーニュは、標高280mの東向きの傾斜で育つため、非常に難しい年であっても凝縮度の高いブドウを収穫でき、豊かな表現力のワインに仕上がっています」(ヴェベール氏)。その豊かさに欠かせない土壌が生み出す鉱物的なミネラルの風味と、料理の塩味や素材に由来するヨード感が、「似た者同士が醸し出す絶妙なマッチングを演出している」(ソミエ氏)という。戸川氏はこのワインに合わせるために、「カンパチは白ワインに漬けて、脂の旨味を引き出し、タイは昆布で締めることでミネラルの風味を加えている」と明かしてくれた。コルトン シャルルマーニュの香りと、ヨード香、塩味と見事に同調するのだ。
■第2のマリアージュ
ムルソー ジュヌヴリエール2010
×カニとトマトのミルフィーユ、タイとゴマの醤油漬けの握り、ホタテの昆布締めの握り
「私が手がけたヴィンテージの中でも、思い出深い最良の年です」と、ヴェベール氏。このワインの個性は、標高の高い所と傾斜面の最良の2区画からもたらされるシャルドネの、斜面による力強さや寛大さ、まろやかさ、高地の石灰質からくるフレッシュな味わいを併せ持つこと。ソミエ氏は、「2010年のムルソー ジュヌヴリエールが持つまろやかさと旨味、石灰質による緊張感が、鮨の塩味やミネラルの風味、カニの脂肪やまろみが相乗効果を生んでいる」と、この一皿との相性のよさに太鼓判を押す。加えて戸川氏は、樽の利いたシャルドネの風味と、ゴマ醤油に2日間マリネしたタイのゴマの風味のマッチングの素晴らしさに言及した。
■第3のマリアージュ
ボーヌ デュ シャトー プルミエ クリュ ルージュ2015
×魚介のバジル和え、中トロの握り、トロ炙りの握り
戸川氏は、「日本では一般的に、鮨というと白ワインを合わせることが多いが、私はマグロや中トロにはぜひ赤ワインをお薦めしたい」と強調。さらに戸川氏は、赤ワインと合わせるための技として、トロには赤ワインで作った塩をふりかけているというのだ。ワインとの相性でいえば、このワインの特徴は、ボーヌの17のプルミエクリュの区画ごとにワインを造り、これらを最後にブレンドしていること。「17区画のひとつひとつの個性や風味を生かしている。そのため、多様な個性が顔を出す複雑性がこのワインには生まれる」(ヴェベール氏)という。2015年のヴィンテージは、新鮮さと円熟の両面が引き出された年。「特に若々しさやフレッシュな果実味、サクランボや有核果実の特徴、青野菜のような植物性が、対照的なトロの脂や旨味、熟成感を補完する合わせ方だといえるでしょう」(ソミエ氏)
■第4のマリアージュ
ボーヌ グレーヴ ヴィーニュ ド ランファン ジェズュ2010
×サーモンマリネ、マグロの醤油漬け握り、かんぴょうの握り
“幼子イエス”という名のこの土地は、17世紀に遡る。ルイ14世の時代にはカルメル派の僧院が所有し、フランス革命後にブシャールが買い取ったという特別なものだ。「ボーヌの中でも、突出して素晴らしい区画。小石と砂が中心で水はけがよい。この区画のブドウから造るワインからは、ほかにない特別なスミレの香りや皮革、スパイスの香りが現れます」(ヴェベール氏)。口中の広がり、円熟さが特徴的なこのワインは、時間とともに表情の移り変わりも楽しめる。「赤ワインと醤油が利いたリッチなマグロの漬けの旨味と、豊満なワインが見事な相性を見せてくれます」(ソミエ氏)。戸川氏は、「サーモンやマグロの持つ鉄分が、ボーヌのピノ ノワールの官能的な味わいにぴったりと寄り添います」と言葉を添えた。
■第5のマリアージュ
ル コルトン1967 マグナムボトル(特別出品)
×ブリの照り焼きフォアグラ添え、アナゴの握り、ウナギの握り
50年の時を経た、マグナムのル コルトン(写真は750ml)。実は1967年は干ばつに見舞われた年だった。「収量が少ない年でしたが、その分、ブドウの濃縮度が高くよく熟しました。早くに収穫して過熟させなかったために、酸がある一方で、タンニンもしっかりと出現してくれました。これらの条件が、このワインを長期熟成可能なものとしたのです」(ヴェベール氏)。ソミエ氏は、「このワインはチョコレートやカカオなど、多様な香りが広がる“幻の伝説的ワイン”と呼ばれている」と紹介。「偉大なワインはワインだけで楽しむこともできるが、料理との素晴らしいマリアージュが実現すれば、さらにワインの楽しみが広がります」(ソミエ氏)。では、この一皿との相性はどうか。「ブリの甘味とフォアグラの脂からくる旨味や、ウナギの香ばしさや複雑味と、ワインの熟成からくる旨味が相乗効果を生んでいます」(戸川氏)
特別出品されたル コルトン(1967年)のマグナムボトル。「幻の伝説のワイン」と呼ばれる。
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銀座の鮨からくで、極上のペアリングを体験!
5つのペアリングを体験した招待客たちの満足そうな笑顔が、鮨とワインのマッチングの可能性の広がりを証明してくれた。イベントの最後、ブシャールより感謝を込めて、戸川氏に1989年のシュヴァリエ モンラッシェのマグナムボトルが贈呈された。この年は、からくの創業の年。サプライズとともに、イベントは幕を閉じた。
このイベントで多くの招待客の舌をうならせた鮨とワインのマッチングは、内容は少し異なるが、銀座の鮨からくで体験できる。鮨からくで提供するのは、伝統的な江戸前鮨。冷蔵技術が発達しておらず、魚の保存性を高めるために、塩や醤油に漬ける、昆布で締める、火を通すなどの技法を駆使する。そのうえで、戸川氏は、ワインに合わせるために、味わいにワインと共通する風味を加えたり、調味料のような感覚で、ワインで食材の味を補完したりと、さまざまな工夫をこらしている。そのようにして提供される、からくでの鮨とワインのペアリングを、あらためてここで紹介しておこう。
■第1のペアリング
ウニ(北海道産)、イカ(鹿児島産)、キャビア(フランス産)添え × アンリオ ブリュット スーヴェラン
素材のキャビアが持つ塩味のミネラルやウニやスミイカの持つヨード感が、シャンパーニュの持つミネラルを思わせる風味と調和し、相乗効果を上げるマリアージュ。ブリュット スーヴェランは、ピノ ノワールとシャルドネが半々だが、ピノ ノワールの個性がきちんと出ている。味わいが濃厚でねっとりとした食感のウニやキャビアだからこそ、熟成感と骨格がしっかりとして、余韻が長いこのワインがよく合う。ブリュット スーヴェランは、料理を幅広く許容してくれる。
■第2のペアリング
カイワレサラダ、タラコの卵とじ、タイとホタテの昆布締めの握り × ウイリアム フェーブル シャブリ
カイワレのサラダは、オイルを使用せず梅肉を出汁で伸ばした酸味と塩味が利いたタレに、カツオ節とゴマで香り付けしている。梅肉の旨味と香りがワインの持つ旨味と香りが共鳴し、フレッシュな酸味もお互いに同調する。タラコの卵とじは卵のふくよかさと出汁の旨味が特徴で、これにユズの香りを追加している。ユズの香りはシャブリの香りと同調。シャブリの酸味が調味料的な役割をし、この料理を引き立てている。タイは昆布締めにしてあり、旨味が強い。シャブリが持つ、その旨味に似たミネラルを思わせる風味や複雑性が相乗する。ホタテにも、味付けされたユズの風味があり、シャブリの柑橘の香りとも相性がいい。
■第3のペアリング
カニとフルーツトマトのミルフィーユ、タイのゴマ醤油漬け、タイの皮の炙り焼きの握り × ブシャール ペール エ フィス ムルソー レ クル
濃厚な旨味と甘味が特徴のカニと、樽香、ふくよかさと旨味、甘やかさが感じられるムルソーが同調する。握りのタイのゴマ醤油漬けの、ゴマの芳醇な香りと膨らみは、ワインの樽に由来するナッツやバニラの香ばしい香りと相乗効果を生む。タイの皮の炙り焼きは、皮目の脂を醤油で焼き上げた香ばしさと脂とシャリの酸の調和が特徴の握り。こちらもワインの樽のローストと熟成からくる複雑な香り、そして下から支えるようなまろやかな酸と同調。味わいだけでなく、テクスチャーが寄り添う面白さを味わえる。皮目のねっとりとした脂が、舌に巻きつくような食感は、重厚なテクススチャーを持つムルソーとぴったり。
■第4のペアリング
魚介のバジルソテー、マグロの醤油漬けの握り × アンリオ ブリュット ロゼ
ロゼは赤と白の要素を併せ持つため、素材や味付けの許容範囲が広い。ヤリイカやホタテ、車海老、アスパラガスをバターでソテーしてバジルソースで絡めた料理。バジルは、日本でいうとシソのような風味を持つが、ロゼに使われるピノ ノワールの繊細なタンニンの風味と相性がいい。マグロの醤油漬けの醤油の熟成感とも、ロゼシャンパーニュの熟成が素晴らしく同調する。繊細なマグロの赤身には、赤ワインのタンニンよりも、ロゼのほのかなスパイスを感じるこまやかなタンニンと合わせたい。隠し技として、シャリの上にはわさびではなく赤ワインマスタードをのせている。
■第5のペアリング
ブリの照り焼き フォアグラ添え、中トロ、炙りトロ、トロタク巻きの握り × ブシャール ペール エ フィス ボーヌ デュ シャトー プルミエクリュ ルージュ
ブリの照り焼きは、砂糖と醤油を煮つめて、赤ワインを風味付けに加えている。さらにフォアグラの脂も煮込んでいる。照り焼きに使用する醤油などの調味料には、旨味と熟成感が伴う。赤ワインの中でもピノ ノワールやサンジョヴェーゼなど、タンニンの量は控えめで甘やかになりすぎず、調味料と同じく旨味と熟成感を持った品種の赤ワインと相性が抜群。中トロや炙りトロの脂には、繊細なタンニンの苦味、赤ワインの中でもブルゴーニュの上質な赤が持つ酸が、口中で補完し合い、調和をもたらす。
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photos : TAISUKE YOSHIDA, KOMEI KADOWAKI, texte : KATSUYA KATO