自然派ワインの造り手を訪ねて。Vol.8 キャンティの魅力を凝縮した、イタリアの自然派ワイン。

Gourmet 2020.09.27

アタッシェ・ドゥ・プレスとして活躍する鈴木純子が、ライフワークとして続けている自然派ワインの造り手訪問。彼らの言葉、そして愛情をかけて造るワインを紹介する連載「自然派ワインの造り手を訪ねて」。今回はこの連載で初めてのイタリアへ! トスカーナのキャンティ地区で、ワインを含む循環型農業を実践する夫妻を訪問。


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Profile #08
○名前:ジョヴァンナ・ティエッツィ & ステーファノ・ボルサ Giovanna Tiezzi & Stefano Borsa
○地方:イタリア・トスカーナ(キャンティ地区)
○ドメーヌ名:パーチナ Pācina

トスカーナの良心、3代続く名門パーチナ家。

自他ともに認める偏愛体質で、縁ある造り手がいるフランスと日本を往復するようになってはや8年。自由になる時間は有限……なわけで、ほかの国にも好きなワインはあるものの訪問できずにいた。そのひとつがイタリアのカンティーナ(=ワイナリー)、パーチナ。

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パーチナの名と、自邸を模したエチケットが印象的。

イタリア最大のD.O.C.G.ワイン産地、トスカーナ・キャンティ地区にあるパーチナは、ティエッツィ家の3代目当主ジョヴァンナの曾祖父が取得した、西暦900年代に建てられた元修道院を含め60ヘクタールにもおよぶ広大な敷地を持つ名門。

適切な熟成を経てリリースされるワインたちは、細やかな手仕事を感じる味わいでいて中心価格帯が3,000円台という、心配になるほどのコストパフォーマンスのよさ。パーチナのワインが好き、というフランスの自然派の造り手も多い。

イタリアのスローフード学校出身、出張料理人の友人がイタリア旅行を計画しているのを聞きつけ、ぜひパーチナに行きたい!と合流。2018年7月、イタリアに向かったのだった。

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マルケ州からトスカーナ州への道すがら。ヴィットリオ・デ・シーカ監督の名作『ひまわり』(1970年)そのままな光景が続く。エリアの名でもあるパーチナ家の敷地までは、もうすぐ。

前の滞在地であるマルケ州で午後をゆっくり過ごし、車で向かうこと約3時間。トスカーナ州のパーチナ家の優美な門をくぐり、広大な中庭で家族や仲間と食事をするジョヴァンナとステーファノ夫妻に合流できたのは、欧州の夏の陽もさすがに傾く21時半過ぎ。なんとこの日はジョヴァンナの誕生日前夜! サプライズでケーキが登場し、お祝いの歌やダンスで和やかに夜はふけていった。バッカスよ、なんとも幸せな偶然の機会をありがとう。

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キャンドルを吹き消すジョヴァンナ。レースの縁取りがされたノースリーブの白ワンピースを着てうれしそうに歌い踊る彼女は、まるで少女のように可憐だった。おめでとう、ジョヴァンナ。

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特別な区画のブドウを使い、澱引きもせずに熟成。酸化防止剤も完全無添加でボトリングされる特別なキュヴェ「ヴィッラ パーチナ」含む、誕生日前夜の宴のワインたち。

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1000年以上前と変わらぬ、“あるがまま”のブドウ造り。

翌日の朝、昨夜と同じく中庭のテーブルで朝食をとった後、ジョヴァンナとステーファノと畑に向かう。

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無造作なヘアに化粧っ気なし。長年愛用してきた佇まいのボーダーシャツにジーンズ、フランス製スニーカー。いつも女性らしいイタリアマダムの印象とは異なり、飾らない魅力のジョヴァンナ。中庭から建物への出入口にある藤の大木が2階にも届かない大きな邸宅。

60ヘクタールの広大な敷地に、ワインのみならずオリーブ畑や小麦、豆類などのさまざまな畑があり、敷地内にヴィラを擁しアグリツーリズムも展開している。
環境問題やエコシステムの学者であるジョヴァンナの父の思想を受け継ぎ、産業革命以前の農業形態を実践している。つまりこの地に修道院ができた1000年以上前から変わらない、土地の力を損なわないよう、循環型の有機農業を行っている。

専業でワイナリーを営むことが多いフランスとは異なり、循環型農業の一環として自然派ワイン造りをするイタリアの生産者は多い。地域の食に寄り添う地酒、という意味合いがより強いのだろう。

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オリーブ畑。右の写真は樹齢100年を超えるもの。パーチナのオリーブオイルや小麦、豆類はワイン同様日本でも買える。

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祖父が植えたという古いサンジョベーゼは樹齢40~70年。ヴェレゾン(色付き)を待つブドウの下には、野生のフェンネルなどの下草が風に揺れていた。

ワイン畑は10ヘクタールほど。サンド質で水はけがよく、風通しがよいため湿気も少ないという、バッカスの寵愛を受けたような恵まれた土地。

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「見晴らしもよいでしょう? 向こうに見える山にかかる雲で天気が予想できるのよ!」とジョヴァンナ。向こう側はシエナだそう。

この恵まれた土地を表現するために”何もしない”と彼らは言う。
「暑かった昨年も水すら与えなかったよ。でもね、ブドウの木は水分を得るため自ら根をさらに深く伸ばしたんだ」とステーファノが笑う。

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ひとりひとりにうれしそうにリンゴを渡すジョヴァンナ。

案内の途中でジョヴァンナがブドウ畑の傍らにあるリンゴに手を伸ばし、「小さいんだけど、おいしくて私は大好きなの」と差し出してくれた。おいしいね、と皆で齧りつきながら、彼らのワインを飲んだ時に感じた温かな人柄をあらためて感じたのだった。

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1000年の時を経過したカンティーナへ。

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カンティーナへ。扉にはパーチナのロゴが描かれている。

カンティーナはなんと推定1000年前から……。ジョヴァンナの祖父が取得する前の修道院時代から存在する建物! その昔、このあたりが海だった名残りで、古い建物の中はかなり湿度が高く、壁も床も常にしっとりしていて、酵母が活動しやすい環境だそう。

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1階は醸造&熟成エリア。地下の旧エリアに繋がる階段部。珊瑚のような結晶がびっしりの壁には無数の酵母が生息しているため、清掃には洗剤などはいっさい使わない。

醸造も、創業者である祖父の時代から受け継がれる、シンプルな造り。手作業で収穫した後、セメントタンクで発酵、乳酸醗酵が終了するまで静置。ブドウは自重で潰れ、発酵がはじまる。プレスせず、自然に任せるため発酵が終るまで1カ月、ないしはそれ以上かかることもあるそうだ。「すべてが自然のなすがままに、発酵を促すなど人為的なコントロールはしない」とステーファノ。そこには健全に育ったブドウのポテンシャルをゆっくりゆっくり引き出すことが大事、という夫妻の思想があった。

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熟成室にはステファノの背を軽く超える大樽も。

ワイナリー名を冠したキュヴェ「パーチナ」(2008年までD.O.C.Gキャンティ・コッリ・セネージ)は、ひと冬越えた後地階に移動させ、そのまま何も手を加えずに熟成させた後に瓶詰めして、さらに1年熟成させる。つまり収穫から5年という長い期間を経てリリースされるのだ。

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下層に整然と並ぶ樽。会えるのは5年後……。

「樽はワインにとって“スポンジ”みたいな存在で、ワインは樽の隙間からカンティーナと“コミュニケーション”できるんだ。パーチナの環境が作用しワインが熟成していく、そのプロセスがとても大事なんだよ。特にキャンティ地区の代表品種であるサンジョベーゼはタンニンが強いから、樽がベストなんだ」と彼らは言う。

聞くと09年よりD.O.C.Gキャンティを名乗らなくなった彼ら。きっかけは、飲み手のため亜硫酸(SO2)の量を減らしたにもかかわらず、認証機関より再添加要請を受けたこと。再添加の指示をされることに生みの親として憤りを感じたのと、キャンティの土地に敬意を払うがゆえに、テロワールに寄り添うワイン造りを優先させたいという思いから。

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「パーチナ」2017年の試飲。樹齢や品種ごとに樽を分けて熟成させ、試飲しながらアッサンブラージュ比率を決めていく。2017年は干からびるブドウが出たほど非常に暑い年だったそう。あえて彼らが名乗らないと決めたD.O.C.Gキャンティ名「コッリ・セネージ」が記された樽を前に、愛する土地の名を冠したワインがリリースされる未来を、飲み手として祈った。

場所を移し、昼食をとりながら話を続けた。

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パーチナで採れたレンズ豆とズッキーニなどの夏野菜のサラダに、ブドウ畑で見つけた野生のフェンネルを添えて。

「そもそも素材であるブドウが最高の状態であることが何より大切。そう、ワイン造りにおいて最も重要なことは、健全なブドウを育てることと言ってもいいぐらいだよ! ブドウを早くワインにし、リリースすることは僕らのプライオリティではない。ゆっくりゆっくり、できるだけ自然な状態を保ちながらワインにしていくことが、パーチナで最も大切にしていることなんだ」

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思想も行動も非常にロジカル、それをあくまでも自然体でチャーミングに行うのが彼ら、パーチナ流なのだろう。キャンティの土地を誰よりも愛し、次の世代に引き継いでいく彼らの姿がまぶしく思えた。

鈴木純子 Junko Suzuki
フリーのアタッシェ・ドゥ・プレスとして、食やワイン、プロダクト、商業施設などライフスタイル全般で、作り手の意思を感じられるブランドのブランディングやコミュニケーションを手がけている。自然派ワインを取り巻くヒト・コトに魅せられ、フランスを中心に生産者訪問をライフワークとして行ういっぽうで、ワイン講座やポップアップワインバー、レストランのワインリスト作りのサポートなどを行うことで、自然派ワインの魅力を伝えている。
Instagram: @suzujun_ark

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special thanks : Eriko Kishimoto

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