うつわディクショナリー#11 静かな時をもたらす安部太一さんのうつわ

そばにあるだけで心が安らかになるうつわ

西洋の静物画に描かれた燭台やカップ、コンポートのように静かな佇まいをもつうつわ。陶芸家の安部太一さんは、うつわを通して、人々に心落ち着く時を届けたいといいます。

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—今回の個展のディスプレイは、まさに静物画のようですね。
安部:スタイルハグギャラリーの店主である尾関さんがしつらえてくれました。うつわは使うものですが、僕は、使うよりも前に、そのものに宿る情感のようなものを感じて手に取ってもらいたいといつも思っているんです。だから、こんな風に飾ってもらえて嬉しいですね。今回の展示は、お店の10周年の記念でもあるんです。僕もちょうど10年ほど前に作家活動を始めたんですが、今回振り返ってみて、作風は当時からそんなに変わっていないなあと思いました。
 
—安部さんならではの変わらない作風というと、まずは色でしょうか。
安部:そうですね。10年前にこうしたブルーのうつわを作っている人は少なかったような気がします。僕が主に使う釉薬は、ブルー、白、ベージュの3色。数は限られていますが、同じ色でも窯の中の状態や置いた場所で仕上がりの色味が変わってきます。さらに僕は、焼きあがるたびにひとつひとつチェックして、もう少し釉薬を溶かしてムードのあるブルーにしてみようとか、軽めの白を表現しようとか、自分が思う美しさを引き出すために、2回、3回と何度も繰り返し焼くことがほとんどなんです。
 
—手間がかかっていると同時に、かなりコントロールするんですね。
安部:10年間やってきた中でたどり着いた僕なりのやり方です。作品のインスピレーションは、まさに静物画にあるようなヨーロッパの古い食器ですが、それを真似ているかというと、話はそんなに単純なことではないんですよね。目の前にお手本があったとしても、実際に手を動かしてみると思い通りになんてならないことがほとんど。だからこそ、自分なりのやり方を編み出して、それを繰り返し続けていく。繰り返していくうちに、自分の匂いみたいなものが作品に宿るようになって、僕らしいと言われる佇まいのようなものができてきたんだと思うんです。
 
—安部さんといえば、人形のオブジェも思い浮かびます。
安部:人形は、東日本大震災の後から作り始めました。僕には特定の宗教はありませんが、震災を経て、人々が平常心でいられるための何かが生活の中に必要なのではないかと思ったんです。人は、祈ることで立ち戻りたい場所に戻り、心をいい状態に保つことができると思うんですが、そうやって心を整えていくことそのものが「暮らし」なのではないかと。そして、僕の人形が、いい心の状態を作り出すための役に立てればいいなと感じました。うつわに情感を表現したいというのも理由は同じです。そばに置くことで人々の心が安らかになるようなものでありたいと思うんです。
 
—工房のある島根県松江市は、民藝の里としても知られています。影響は受けていますか?
安部:父が陶芸家で、民藝の作家として知られる舩木研児さんに師事していましたので、幼い頃は先生のお宅に伺うこともありました。そこにあった作品や調度品、古いもの、そのひとつひとつを具体的に思い出すことはできないけど、それらがまとう異国の空気と、先生が発していたであろう強いエネルギーは記憶に残っています。僕は、民藝運動の柳宗悦が集めてきたものにもとても影響を受けていて、東京に来たら必ず日本民藝館を訪れています。展示品を見て感じることは、なかなか言葉にできないですけどね。ものの存在から湧き出てくるものというんでしょうか。それは絵を見て心が動くことや、音楽を聴くことで高揚することと変わらないと思うんです。
 
—心が動くということを、とても大切にしているんですね。
安部:僕はかつて音楽をやっていたんですけど、松江に戻り陶芸を志すことになった時、音楽で培った自分の感性がとても役にたちました。民藝館で昔開かれた「北欧トナカイ遊牧民の工芸」という展示の図録に「ドゥオッチ(Duodje)=心を込めた、手で作られた工芸」という言葉を見つけたことがあるんです。僕がやりたいのは、これだなって思いました。愛情を持って作り、愛情を持って使うこと。うつわですから機能はもちろん大切だけど、それだけではなく、心に作用するなにかを持つものを届けていきたいです。
 
 
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今日のうつわ用語【静物画のうつわ】
静物画とは、果実、花、食器、書物など動くことのない事物を卓上などに配置、構成して描いた写実的な絵画のこと。ヨーロッパで17〜18世紀にジャンルとして成立した。描かれた当時の生活のうつわを知る手がかりにもなる。

安部さんならではの作品のひとつ、燭台は、独特なフォルムを宿す。¥8,640/スタイルハグギャラリー

3回ほど繰り返し焼くことで静けさのある深いブルーを表現したプレート。¥8,640/スタイルハグギャラリー

作家として活動を始めた10年前から作っている輪花プレートはぽってりとした白の表情にひひかれる。¥5,400/スタイルハグギャラリー

見込みのブルーと外側の焼締のコントラストがかっこよく置くだけで絵になるうつわ。¥4,320/スタイルハグギャラリー

新作はベージュのオーバル皿。ムラのある釉薬が古いもののような佇まいを見せている。¥8,100/スタイルハグギャラリー

均整のとれた面にやわらかな白い釉薬、懐かしさが心を揺さぶる洋杯。¥4,320/スタイルハグギャラリー

【PROFILE】
安部太一/TAICHI ABE
工房:島根県松江市
素材:陶器
経歴:1975年島根県生まれ。2001年、父・安部宏氏に支持し陶芸を始め2006年作家活動を開始。2010年独立し工房を構える。 http://taop410.com

スタイルハグギャラリー
東京都渋谷区千駄ヶ谷3-59-8-208
Tel. 03-3401-7527
展示会期間中のみオープン
http://www.style-hug.com
✳商品の在庫状況は事前に問い合わせを

『安部太一展』開催中 会期:2017年7/14(金)〜7/19(水)
営業時間:11時〜18時(最終日〜17時)
会期中無休

photos:TORU KOMETANI realisation:SAIKO ENA

うつわライター/編集者

フィガロ編集部を経て独立。子育てをきっかけに家族の食卓に欠かせないうつわにはまり、作り手を取材する日々。うつわを中心に工芸、インテリア、雑貨など暮らし関連の記事を執筆。著書に『うつわディクショナリー』(CCCメディアハウス)。Instagram:@enasaiko

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