うつわディクショナリー#63 長野史子さんのガラスに心ほどけて

とろとろと、しんしんと、ふわふわと、七変化するガラスの表情

異なる色がとろりと重なったあたたかみのあるグラス、しんしんと降りしきる雪景色のようなプレート、ふわふわと舞い上がりそうな小さなオブジェ。長野史子さんは、冷たくて硬い印象のあるガラスという素材を、自然物のようにそれぞれの温度を持ち人の心の寄り添うものに変えてしまう。部屋にひとつあるだけで幸せになれる、そんなうつわだ。
 
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—はじめて見た長野さんのうつわは、赤色のグラデーションや、相反する白と黄色を混ぜ合わせたグラスのシリーズでした。同じものはひとつもなくて、まるでガラスをキャンバスにした絵画のよう。用途を考えるより先にいつまでも鑑賞していたい、そんな存在でした。
長野:色ガラスのシリーズは、20年近く前から作っています。私はもともと大学でビジュアルデザインを学び、その後、映像制作の裏側に興味を持ってテレビ局の美術部に就職したんですが、担当したのが料理番組だったんですね。そうしたら収録を重ねるたびに「こんなうつわがあったらいいのに」と思うようになってガラスを始めました。最初に作ったのがこの色ガラスのシリーズです。
 
—欲しいうつわが、陶器ではなくガラスだったというところにとても興味があります。
長野:日本では、陶磁器は素材も種類も豊富なので足りないという印象はありませんでしたが、ガラス器にはまだバリエーションが少なくて。頭の中で想像したものをかたちにしたいと思うようになったんです。
 
—どんな方法でガラス工芸を始めたんですか?
長野:作りたいものは、もうはっきりと見えていたので一刻も早く作ってみたかった。それと吹きガラスは習得するのが困難。だからこそ、やった者勝ちだと思ったんです。平日は会社勤めをしながら、週末にガラス作家さんの個人工房をお借りして。ほぼ独学でした。
 
—ガラス制作というと、経験もさることながら設備も必要と聞きますから独学とは驚きです。
長野:作りたいものがあったから、できてしまったというか、もう夢中だったんですよね。技術があるわけではなかったですけど「やりたいことがあれば、技術はあとからついてくるはず」と信じていたんだと思います。
 
—「やりたいことがあればこそ」の一心で飛び込んでいくってすごくいいですね。長野さんのガラスが、とろとろしていたり、しんしんと静かだったり、ふわふわとやさしかったり、既存のガラス器におさまらないのは、とらわれがなく、想像力が豊かだからなのだと分かります。
長野:子供のころから、実験することや宇宙について考えること、動物や自然物と触れ合ってあれこれ想像することも大好きでした。誰かと会話をしていても、ふと空想の世界に入っていくことがよくあって、気づいたら想像の世界のなかにで遊んでいる感じなんです。そんなトリップ中にアイデアが降りてくることがよくあります。
 
—SNOWやSUGARなど白い作品のシリーズは、特に自然への想像力をかき立てます。
長野:吹きガラスではなく、キルンワーク(キルン=窯や炉で焼く技法)で作ります。粉状のガラスを型に詰めて焼くパート・ド・ヴェールなど技法はいくつかありますが、私は、それぞれのいいところをミックスして自分なりのやり方をしています。例えば、月のお盆というプレートは、かたちを作るために一度窯に入れ、次に表面のテクスチャーをつけるためにもう一度窯にいれ、最後にかたちを調整するために再度窯に入れて、と2〜3回窯入れをしたり。
 
—まるで素焼きをしたあと、釉薬を掛けて本焼きをする陶器のような工程ですね。
長野:そうやって手順を重ねると表情に深みが出るんです。ガラスの面白いところは、やわらかい、荒い、冷たい、あたたかいなど相反する表情を内包しているところですよね。もともと表情豊かな素材なので、ちょっとした工夫次第で、無限の可能性を秘めていると思うんです。
 
—今回の展示では作品集も発売されその世界観にひたることができます。日頃からどんなものを作りたいと思っていますか?
長野:記憶のどこかをくすぐるようなものを作れたら嬉しいです。いつか見た何かを思い出すような。
 
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※2019年12月1日まで「森岡書店」にて「長野史子作品集出版記念展示」を開催中です。
 
今日のうつわ用語【キルン・ワーク
ガラスの技法のひとつで、文字通りキルン(窯や炉)で作る方法。粉状のガラスを型につめて焼くパート・ド・ヴェールやキャスティングなどさまざまな技法がある。こだわりの色やかたちを表現しやすい。
【PROFILE】
長野史子/FUMIKO NAGANO
工房:愛知県名古屋市
素材:ガラス
経歴:芸大卒業後、テレビ局の美術制作の仕事の傍らガラス工房に通い作品を制作、発表。2006年、リムアート(現在のPOST)にて個展。その後数年間、育児と工房設計を並行して活動。2011年、自宅工房が完成し各地で個展を開催しながら現在にいたる。1974年三重県生まれ。
http://naganofumiko.com/


森岡書店
東京都中央区銀座1-28-15 鈴木ビル1F
Tel.03-3535-5020
営業時間:13時〜20時
不定休
https://www.instagram.com/moriokashoten/?hl=ja
✳商品の在庫状況は事前に問い合わせを

『長野史子作品集出版記念展示』開催中
会期:2019年11/19(火)〜12/1(日)
会期中無休

photos:TORU KOMETANI realisation:SAIKO ENA

うつわライター/編集者

フィガロ編集部を経て独立。子育てをきっかけに家族の食卓に欠かせないうつわにはまり、作り手を取材する日々。うつわを中心に工芸、インテリア、雑貨など暮らし関連の記事を執筆。著書に『うつわディクショナリー』(CCCメディアハウス)。Instagram:@enasaiko

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