うつわディクショナリー#71 モダンな三島手、井上茂さんのうつわ

原土の味わいをやさしさにかえるうつわづくり

古くから続く焼物の産地、愛知県常滑市で活動する陶芸家の井上茂さんは、この土地ならではの土の味わいを大切にしたいと原土を用いてうつわを作ります。なかでも、釉薬ではなく化粧土という土を重ねる粉引や三島手からは、土のやさしさがよく感じられて。秋の食卓に一枚欲しくなるうつわです。

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—井上さんが陶芸を始めたきっかけは?
井上:陶芸は、会社員をしている時に趣味で始めたんです。もともと自然素材が好きだったので、陶芸教室で習い始めた1年後には、自分で土を採ってきたり、原土を買ってきて、粘土を作るようになりました。週末や平日の仕事後の時間を利用して作っていた日常のうつわを、あるお店の方が気に入ってくださって、展示会に出品したら思いのほか好評で。会社にバレてしまったこともあり、陶芸で生活をしていこうと決めました。いまも、全部、原土から作っています。
 
—「原土を使う」ということについて詳しく教えてください。
井上:原土とは、大地から掘ってきたままの土ですね。言い方をかえると、僕は、粘土屋さんで使いやすいように精製された土は使わないということです。原土には、当然、石や砂、草、枯れ枝、虫、ゴミのようなものも入っています。それらをふるいにかけて取り除き、水簸(水を利用し原土から細かい粘土だけを取り出すこと)という作業を経て不純物をなくしていくことで粘土ができるんですが、僕は、不純物をほとんど取り除かないほう。ろくろを引く時に、砂や石が顔を出すこともあるんですが、それをどううつわに生かすかと考えるのが腕の見せどころというか……。土の成分によって、ひとつひとつ表情が異なる焼物ができるのは、作っていて楽しいですし、土をいかすことにやりがいを感じています。
 
—なぜ、そういう作り方になったんですか?
井上:僕のいる愛知県常滑市は、平安時代から続く焼物の産地で、日本六古窯のひとつとして知られています。古くは壺がよく作られ、現代では、急須で有名。つまり焼物に適した土が豊富なんです。その力を最大限にいかしたい、人の手は極力加えずに、味わい深くおおらかに作りたいと思って、原土を使うようになったんです。
 
—常滑に暮らしていることは、井上さんのうつわ作りにどう影響していますか?
井上:古くからうつわを作ってきた土地なので「うつわというものは、土の味わいがあったり、見た目にかっこいいだけではダメで、軽くなければならない」とお店の方や陶芸家の方によく言われて、意識するようになりましたね。おおらかなうつわでありたいと思う一方で、持つ時に構えてしまうような、ずっしりとしたものは避けたい。軽やかに使えるうつわが理想ですね。
 
—朝鮮陶磁がルーツで縄目のような模様が特徴の「三島手」のうつわを多く作るのはなぜですか?
井上:僕は、粉引のうつわが好きで独立当初から作りたかったんですが、常滑の土はやわらかく、最初は成形するのもひと苦労。粉引は、さらに化粧土というゆるい土をかけることもあり、なかなかうまくいかなかった。そこで、生地に三島手の彫りを施してみたんです。すると化粧土が彫りにひっかかるのか、いい感じに仕上がりました。常滑の原土の魅力を生かすにはどうすればいいかと考えた結果が、三島手だったということなんです。
 
—三島手というと厚みがあって素朴で和食に合うイメージだったのですが、井上さんのものは、軽やかでモダン。和洋の垣根なく使えるのがいいですね。
井上:三島手は、模様を彫るという工程があるので生地が厚くなりがちですが、彫りを施しながらもできるだけ薄く仕上げられるよう、厚みに配慮してろくろをひきます。シンプルな粉引も、化粧土は薄がけにして軽やかな雰囲気にしたいと思っていますね。今回の個展では、白い三島手をたくさん用意しました。いろいろな料理に使ってもらえると思います。
 
—見込みはほぼフラットで縁に向かってすこしだけ立ち上がっている平皿や、人気の「おさじ」など、「こんなの欲しかった」というかたちも魅力です。
井上:素材に合った技法や焼き方を追求するのと同じように、使う人に合ったかたちや手触りを提案したいと思っています。「おさじ」は、料理をすくうだけでなく、薬味やつまみをいれて、多用途に使えるものがあったらいい、というお客様の要望から生まれました。
 
—どんなものを作りたいと思っていますか?
井上:うつわは、料理の引き立て役だと思っています。レトルトのカレーや、コンビニのおかずでも、パックから出してうつわに盛り付けただけ美味しそうに見えるようなうつわ。いつのまにか生活に溶け込んでいるような、なにげないうつわを作っていきたいです。
 
*2020年9月6日まで吉祥寺の「kahahori」にて「井上 茂 個展」を開催中です。
 

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今日のうつわ用語【常滑・とこなめ】
愛知県知多半島の西海岸に位置し、焼物の土と窯を作るのに適した地形に恵まれた土地。平安時代末期の日常雑器を皮切りに、壺、甕、土管、タイルなどを生産するほか、朱泥の急須の産地としても知られる。六古窯のひとつ。

【PROFILE】
井上茂/SHIGERU INOUE
工房:愛知県常滑市
素材:陶器
経歴:会社員時代に趣味で始めた陶芸が楽しくなり独学で技術を習得。やがてグループ展に誘われるほどの実力に。名古屋のショップ「Hase」の展示に参加したのをきっかけに、陶芸家としてやっていくことを決め、2014年独立。https://www.instagram.com/momohinashige/?hl=ja

kahahori
東京都武蔵野市吉祥寺南町2-6-5 クロケットハウス1F
Tel. 0422-90-7081
営業時間:12時〜19時
✳不定休(展覧会期中無休)
✳商品の在庫状況は事前に問い合わせを
https://www.instagram.com/kahahori/?hl=ja


「井上 茂 個展」 開催中
会期:2020年8/29(土)〜9/6(日)
会期中無休

photos:TORU KOMETANI realisation:SAIKO ENA

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