メンタルヘルスの大切さを訴える「メッセージTシャツ」が増えている理由は?

Lifestyle 2024.02.17

メンタルヘルスメッセージをプリントしたトレーナーやTシャツが増えている。それは啓発目的なのだろうか、それとも新手の販売手法なのだろうか。

"Soyez gentil avec votre esprit(自分の心に優しく)"、"Mental health is my priority(メンタルヘルスは私の最優先事項)"、"Il n'y a pas de mal à se sentir mal(調子悪くたっていいじゃない)"、"This Barbie Takes Prozac(このバービーはプロザックを飲んでいる)"等々。大手ショップチェーンやショッピングサイト、Primark(プライマーク)やPraying(プレイング)などの新進ブランド、アマゾンやエッツィーのマーケットプレイス等、あちこちでメンタルヘルスのメッセージTシャツやトレーナーを見かける。それは果たしてこうしたメッセージTシャツ等が売れるから?それとも、深刻ぶらずに社会問題に目を向けさせるため?

トレンドビジネス

パリのサンタントワーヌ病院の精神科医ジャン=ヴィクトール・ブランは、メンタルヘルスのためのチャリティイベントであるPop & Psy(ポップ&サイ)フェスティバルの共同創設者だ。同医師は最近の風潮を次のように語る。「セレーナ・ゴメス、ティモシー・シャラメ、ゼンデイヤ、トム・ホランド、ベラ・ハディッド、ハリー・スタイルズ、ケンダル・ジェンナー等々、Z世代のアイコンは皆、メンタルヘルスをタブー視せず、不安感で日常生活を送ることが困難になっていることをオープンに語るようになっている。スターたちの告白が相次ぎ、当たり前になりつつある状況を目にして、ファッション業界は何かが起きていることに気づき......メンタルヘルスを使って儲けようと動きだした。以前のフェミニズムの大義名分と同様の現象だ」。業界の目的はなるべくたくさん服を売ること。実のところメンタルヘルスのために具体的な行動を起こした大手ファッションメーカーはまだ少ない。
世界保健機関(WHO)によれば、フランスでは精神疾患や心理障害が人口のほぼ5分の1、つまり1300万人に影響を及ぼしている。15歳から35歳までの死因の第1位は自殺だ。これが現実であり、2024年現在、このような社会問題を無視することはできない。TikTokの数字に如実に現れていることでもある。#MentalHealth(メンタルヘルス)、#SelfCare(セルフケア)、#MentalHealthAwareness(メンタルヘルス啓発)のハッシュタグが付いたメンタルヘルスに関連する投稿は、現在までにそれぞれ1090億回以上、500億回以上、250億回以上のビューを獲得している。フランスで、#SanteMentale(メンタルヘルス)のハッシュタグはすでに7億2,400万ビューを超え、#SantéMentaleAide(メンタルヘルスエイド)は200万ビューを超えている。

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もはやタブーではない

時代は変わりつつある。メンタルヘルスに対する認識も同様だ。精神科医のジャン=ヴィクトール・ブランは、「1975年の映画『カッコーの巣の上で』で、精神病院への強制入院の問題が取り上げられたように、メディアでの取り上げ方は時に偏ってはいたものの、メンタルヘルスは今やポップカルチャーに欠かせない要素となっている。映画『世界にひとつのプレイブック』、あるいはドラマシリーズ『13の理由』(2017年)や『ユーフォリア/EUPHORIA』(2019年)、『ふつうの人々』(2020年)などでは、メンタルヘルスの問題をきちんと取りあげ、偏見と戦う上で重要な役割を果たした」と話す。2000年代、メンタル面で問題を抱えていることを公に語ることが不可能だった時代に、一歩踏みこんで発言したのはブリトニー・スピアーズだった。今日、この話題はもはやタブーではなくなりつつある。アメリカの歌手セレーナ・ゴメスが双極性障害であること、入院して休養することをインスタグラムで発表したときも、ファンや業界関係者の支持は揺るぎなかった。

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インフルエンサーのアイリーン・ケリーは、メンタルヘルスへの関心を高めるメッセージセーターとTシャツのコレクションを発表した。photography : Instagram@eileen

「コロナ禍以降、メンタルヘルスをタブー視する傾向が弱まったことが2023年3月のフランス保健予防省の報告書で述べられている。俳優や歌手、トップアスリート、インフルエンサーなど、ますます多くのセレブが自分の精神的な弱さや苦しみをためらうことなくカミングアウトするようになっている。フランスで2023年におこなわれたラグビーのワールドカップや、2024年のパリ・オリンピック&パラリンピックなど、世界的なスポーツイベントは、人生で誰もがかかる可能性のある心の病気を特別視しないよう呼びかける格好の機会だ」

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メンタルウェア

このような状況の中で、"Zeitgeist"、すなわち時代精神をいち早くとらえる術を心得ているファッション業界は、Tシャツやトレーナーにスローガンを掲げることで、メンタルヘルスへの意識を高める役割を果たそうとしているように見える。確かにメッセージTシャツやトレーナーを着ることで人々は、自分の思いや病気であること、あるいはメンタルヘルスというテーマそのものをユーモア混じりに訴えることができる。だがそれが企業の単なるポーズだったり、単にデザイン的に載っているものであったら、若い世代の消費者はそのことを敏感に感じ取り、製品ボイコットにつながりかねない。「ファッション業界は真剣に取り組むべきだ。例えばもう何年も前から、美容業界はメンタルヘルスに取り組んでいる。シスレーが、シスレードルナノ財団を通じて10年以上も前から精神医学やメンタルヘルスに寄与しているのがその一例だ」と精神科医のジャン=ヴィクトール・ブランは言う。つまり、スローガンを掲げたTシャツを売るだけでは不十分で、企業は、具体的なアクションを起こしたり、メンタルヘルスの分野で活動する団体を応援すべきなのだ。すでにこの問題に正面から取り組んでいるブランドもある。11月初め、ヴィーガンファッションの第一人者、ステラ・マッカートニーは、自分のブランドの代表的バッグである「ファラベラ」の限定バージョンを発表した。このバッグには、アメリカの詩人クレオ・ウェイドの言葉「The ride is long but it leads you home(道のりは長いが、家へと導いてくれる)」が書かれたリボンがついている。このitバッグは、英国人デザイナーとチョプラ財団とのコラボレーションによる「ホースパワー」キャンペーンの一環として登場した。
その目的は、馬のヒーリングパワーにスポットライトを当てて、若い世代のメンタルヘルスをサポートすること。仏ブランドコンサルティング会社、ネリーロディ社のファッション&ライフスタイル・ビジネス・ディレクター、マリー・デュパンは、この傾向を次のように語る。「メンタル・ウェアは順調です。例えば、H&Mグループの『モンキ』は、NGOの『Mental Health Europe(メンタルヘルス・ヨーロッパ)』とパートナーシップを結び、すでにいくつかのキャンペーンを展開しています。またコロナ禍の真っ只中に立ち上げられた『EBIT(enjoy being in transition)』は、メンタルヘルスの問題をデザインの中心に置くことで他ブランドと一線を画しています。同ブランドの服はたっぷりとしていて包み込まれるような感覚があり、守られている気分になれるのです。また、sale places(販売の場所)よりもsafe places(安全な場所)を意識した場所が登場しています。例えばマックスマーラがアイコニックなテディベアコートの10周年を記念して世界各地に出現させているフラッフィー・レジデンス。壁から天井、家具から床に至るまですべてキャメル色のふわふわの素材でできており、インテリアも含めて癒されるzenな体験の場です。こうしてファッションは象牙の塔から出て現実と邂逅するのです」。もっともファッション業界自体の意識が変わるための課題はまだ多い。同業界内では、メンタルヘルスの問題がクリエイティビティと結びつけられがちだ。精神科医のジャン=ヴィクトール・ブランは「業界内での現実的な問題だ」と言う。「とりわけファッションを学ぶ学生たちの間で、優れたデザイナーになるにはうんと苦しまなくてはならないといまだに信じられている。苦悩に満ちたクリエイティブの天才という神話は、いまだに生きているのだ」。"Mental Health Matters(メンタルヘルスは重要)"というメッセージTシャツがただのスローガンで終わってはならない。

text : Clémence Pouget (madame.lefigaro.fr)

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