「伝統的なフレンチ」はあり得る? ミシュランの星を獲得したシェフたちは、いかにして「健康志向」に適応しているのか。
Lifestyle 2026.01.12

「ノンアル」、ベジタリアン等々、健康志向という消費者の新しいニーズに、レストラン側ではどのように対応しているのか。料理業界で活躍する4人のプロが語る。
フランスの文豪バルザックの小説『あら皮』にこんなくだりがある。「誰もがしゃべっては食べ、食べてはしゃべった。酒量に気を留める者は皆無だった。それほどまでに飲み物はキラキラと輝いて香り高く、誰もが場の雰囲気に呑まれた」。しかし現代は健康志向の時代だ。レストランでたらふく飲み食いして騒ぐ人は減っている。雑誌やSNSは最新の健康情報であふれかえり、消費者の新しいニーズであるベジタリアンや肉食主義、食物不耐症(アレルギーではなく)等々に街角のビストロから高級レストランまでが対応を迫られる。野菜はいまやメニューの主役級だし、シェフはおいしさだけでなく、消化の良さにも配慮しなくてはならない。ソムリエは「ノンアル」対応が必須だ。レストラン支配人、星付きレストランのシェフ、オーナーシェフ、ソムリエの4人に、変化に直面するフランスのレストラン事情を語ってもらった。
ベジタリアン対応
1990年代初頭、ベジタリアンであることはからかいのネタでしかなく、多くの人には理解し難い食習慣だった。だが徐々に増えたベジタリアン層をいまやシェフも無視できない。「レストラン業界では初めの頃、不平の声もありましたが、いまはベジタリアンメニューを提供しないなんて大失策です」と言うのはパリのビストロ「ル・メスチュレ」(1)のオーナーシェフ、アラン・フォンテーヌだ。同氏はフランス・レストラン・マイスター協会(AFMR)会長としてレストラン業界で30年以上、食の伝統を守るために尽力してきた。フランス政府が「フランスのカフェとビストロ、およびその社会的・文化的慣習」を無形文化遺産に登録するきっかけを作った人物でもある。同氏が目の当たりにしてきた世相の変化には、ミシュランの星を獲得した名店も抗いがたい。
ホテル・ル・ブリストル・パリの三ツ星レストラン「エピキュール」(2)のシェフ、アルノー・フェイがベジタリアン対応を始めたのは15年前のこと。シャンティイにある「オーベルジュ・デュ・ジュー・ド・ポム」のシェフだった頃の話だ。2018年にM.O.F.(フランス最優秀職人章)となった同シェフに言わせれば、ベジタリアン料理をメニューに載せるのはいまや当たり前。「特に星付きレストランでは、明確な需要があります。それは単にリゾットや野菜ピュレを出しておけばいいというものではありません。ハイレベルなベジタリアンメニューを用意しなければ。その一方でバランスの取れた食事には肉や魚、卵も欠かせません。大事なのは質の良さです」
星付きレストラン、「ル・ムーリス・アラン・デュカス」の支配人オリヴィエ・ビカオも、食に気を使う客が増えていることを日々実感している。「確かに増えています。野菜を食べたいとおっしゃる方、それから脂肪や糖分、塩分、動物性たんぱく質は控えたいお客様も多いですね」。そして取材前夜に遭遇したケースを語ってくれた。「当店ではどんなお客様なのか、リサーチをするのですが、昨晩、スポーツコーチの方がいらっしゃいました。その方は肉はいらない、野菜中心のメニューをとおっしゃったのです。ご職業を考えるとちょっと不思議に感じました」。何事も先入観があってはダメということなのだろう。
食物不耐症の増加
症状の軽重はあるが、食物不耐症対応は近年、レストラン業界にとって重要な課題だ。「ベジタリアン食が普及した次に来たのがアレルギーの問題でした」とル・メスチュレのアラン・フォンテーヌは語ると、「対応しないわけにはいきませんから、ベジタリアン食はグルテンフリーにもするよう心がけています。希望する人は一定数います」と続けた。フランスでグルテンに対する遺伝性の不耐症であるセリアック病と診断されている人は人口の約1%に過ぎないが、2022年に行われた調査によれば、人口の8%がグルテンを含む小麦・大麦・ライ麦製品の摂取を避けているそうだ。「グルテンを食べたらひどい免疫反応が起きて重篤な状態になる人もいます。一方でアレルギーと言えないのではと内心思うレベルのお客様もいらっしゃいますが、こちらとしては対応いたします」とシェフは語った。
高級レストランでも"グルテンフリー志向"に対応している。「口にするものに注意する方が増えています。 "アレルギー"という言葉が気軽に使われるようになり、厳密な意味でのアレルギーとは言えない症状にも使われるようになっています」とエピキュールのシェフ、アルノー・フェイも現状を語る。いずれにせよ調理の際の配慮は必要不可欠だと、ル・ムーリス・アラン・デュカスの支配人オリヴィエ・ビカオは考えている。
「メニューではそうした配慮もしていますので、ピュアベジタリアンの方にも、広義のベジタリアンやラクトースフリー、グルテンフリーの方にも、前菜からデザートまで質の高い食体験をご提供できます。料理の個性は味を凝縮させ、食感を工夫することで生まれます。ベジタリアン料理であっても、こうした注意を払うことは変わりありません。動物性タンパク質を含む料理と比べても遜色のない風味を野菜のみで安定的に生み出すことは、まさに自然を昇華させた芸術です」と語る。具体的にはメニューに載っている10品のうち6品がベジタリアン料理にアレンジ可能なのだそうだ。一例としてクロ・デュ・ロワ産のキノコとカマルグ米、ハーブを組み合わせた料理を挙げてくれた。
量は少なく時間は短く
消費者の健康志向は皿の大きさやともするとボリューム過多になりがちな料理の量も変化させた。4時間かけて25皿を食べさせる星付きレストランもまだ存在するが、皿の数や盛る量を見直すシェフが増えている。エピキュールのシェフ、アルノー・フェイも、「いまでも量が少し多すぎるとおっしゃるお客様がたまにいらっしゃいます。特に8皿構成のメニューの場合です。ですが実際は98%以上のお客様が量には不満を持たれません。メニューの構成が重要です。とりわけ脂肪分の割合や消化を助ける酸味成分の使い方など、味のバランスですね」と言う。"食べ過ぎた後のつらい夜"を自ら経験済みのシェフは消化のしやすさを料理における重要な要素とみなしている。
アルノー・フェイは南仏エズ村の高級ホテルの敷地内にある美食レストラン「ラ・シェーヴル・ドール」のシェフを7年間務める間に地中海料理の影響を受け、生クリームやバターよりもブイヨンや野菜を多用した料理を作るようになった。この方が消化がいい。来店されたお客様と翌朝、すれ違った時にはよく眠れたか聞くのも習慣だった。「消化も重要です。レストランでは楽しんでいただきたいですが、翌日に体調が良いことも大事」と考えるからだ。さらにサービスの提供速度も非常に重視する。「たとえば温かい料理が15〜20分間隔で提供されると、胃が冷えて消化が悪くなってしまいます」
ル・ムーリス・アラン・デュカスでも提供速度を重視している。支配人のオリヴィエ・ビカオは、シェフのアモリ・ブウールと協力して提供速度を正確に維持するよう、目を光らせている。「外科手術のごとく、時間を徹底管理しています。一定のリズムを保ち、ディナーがダラダラ続くのを避けます。バランスが大切ですね。手順は守りつつ、お客様や料理に気を配り、心地よい活気も維持しなくては」と言う。シェフの方では酸味や苦味をうまく使い分ける。「濃厚すぎるソースや煮込みすぎの料理、過剰なバター使用を避けて消化の良い料理にするためです。結果として胃にもたれません」
美食レストランでテンポの良いサービスが歓迎されるのは結構なことだが、ル・メスチュレのアラン・フォンテーヌは、前菜からメインディッシュ、チーズ、デザートという伝統的なフランス料理の流れが崩れていることを懸念している。「もう何年も前からそんな状態で、社会的にも経済的にも大問題です。確かに、ローカロリーな軽食を摂りたいという健康志向がその背景にあることは分かります。ですがビストロの前菜とメインディッシュを食べても節度ある食事ができることが忘れ去られているのです」。ファストフードやコーヒーチェーン、サンドイッチ店の普及で食習慣が大きく変わったことも見逃せない。「もはや公衆衛生の問題です」とアラン・フォンターヌはため息をつくと、もっとちゃんとした食事を取ろうと呼びかけた。
「ソブレルリー」はソムリエの創作力を発揮する機会
飲み物の方はどうなっているのだろう。いまやビストロや星付きレストランでワインや酒しか置いていないなんてありえない。フランスにおけるワイン消費量は60年以上前から減少の一途をたどっており、1960年代と比べると今日、おおよそ60%減であることを最新の社会統計調査は示している。ル・ムーリス・アラン・デュカスのソムリエ・ディレクター、ガブリエル・ヴェセールは「以前からこの傾向は存在し、ノンアルコールもメニューの大きな構成要素となっています」と言うと、「反発するソムリエもいるかもしれませんが、こうした新しいニーズに応えることも必要だと考えます」と続けた。こうして2年前から「ソブレルリー」、すなわちノンアル飲料の提供に取り組むようになったそうだ。「ソブレルリー」とは造語で、ソムリエならぬ「ソブルリエ」(ソブルとはシラフのこと)を名乗るブノワ・ドノフリオが言い始めた。ガブリエル・ヴェサールは発酵飲料やノンアルコールスパークリング、温冷の各種お茶、コンブチャ(紅茶キノコ)を季節に合わせて提供する。もちろんいずれもシェフのアモリ・ブウールの料理との相性を考えて用意されている。
「例えば夏には、濃いヴィンテージティーをお勧めします。タンニンの効いたしっかりした味わいが個性の強い肉料理と非常によく合います」とのこと。ノンアルはソムリエにとって刺激とインスピレーションに満ちた新たな分野だ。「こうした変化のおかげで私たちの仕事の幅は大きく広がりました。ソムリエの役割は、もはや蒸留酒やワインに限られません。まったく新しい世界を発見しつつあり、とてもワクワクします」
一例を挙げよう。「プロ・ノルマン」と名付けられた飲み物は植物性の濃い出汁だ。コーヒーポットに入れて客の前で注ぐ。これはフランスのノルマンディー地方の蒸留酒、カルヴァドスを使った同地方の食文化から着想したものだ。「提供の仕方はビジュアル的にインパクトがありますし、成分には唐辛子やショウガ、シェフがひいきにしている農園で採れたハーブが使用されており、お客様にとっては胃を休めてリラックスできる時間となります。料理以上に、こうした体験にお客様は感動されます」とソムリエ・ディレクターのガブリエル・ヴェセールは語ると「ウェルネス精神を念頭に、味の凝縮、植物、香草、シェフの料理アイデンティといった要素を考慮することが大切です。自分んたちのアイデンティティの精髄を大切にしつつ工夫すればお客様にご提供できるものを開発する余地はおおいにあります」と続けた。美食と健康を叶えるための新たな創造的展望がそこにある。
(1)ル・メスチュレ/Le Mesturet
77 Rue de Richelieu, 75002 Paris
https://www.lemesturet.com/
(2)レストランル・ムーリス・アラン・デュカス/Restaurant Le Meurice Alain Ducasse
228 rue de Rivoli, 75001 Paris
https://www.alainducasse-meurice.com/fr/la-cuisine
From madameFIGARO.fr
text: Alexandra Marchand (madame.lefigaro.fr)






