創業250年! 岩手県最古の酒蔵「菊の司」を訪ねて。
Gourmet 2023.02.13
創業1772年、岩手県で最も古い歴史を誇る酒蔵「菊の司」酒造。2022年、酒造りの開始から250年の節目を迎えたこの年に、風光明媚な雫石の土地に新たな工場が誕生、革新的なデザインの新商品も誕生した。伝統の酒造りが新たな局面を迎えるまさにその瞬間、厳冬期に行われた新酒の仕込みの現場を取材した。
2022年12月末、雪降る盛岡駅から車で30分ほど県道を進む。一面の銀世界の中、雪の奥に岩手山を望むその土地に、菊の司酒造の新工場は姿を見せた。岩手県最古の歴史を誇る菊の司は、1772年に酒造業を開始。大正末期に盛岡市へと本社を移し、技術を誇る“南部杜氏”たちの手によって、常にハイクオリティな日本酒が生み出され続けてきた。
盛岡の旧社屋の老化に伴い、彼らが新工場の場所として選んだのがこの雫石という町だった。宮沢賢治が度々訪れ、多くのインスピレーションを受けたという雄大な自然がいまも美しく広がり、眼前に望む岩手山からは非常に水質の良い伏流水が採れる。この水を使うことで、菊の司の日本酒はより澄んだ味わいを手に入れることになった。
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一から作られた新工場は、効率化を考え尽くされた非常に合理的な構成となっている。米の搬出路から醸造、瓶詰め、出荷に至るまでが一方通行で完結するようになっており、清潔に保たれた内部は、一見化学工場のようにも思える。蒸米を移動する際にはクレーンを使うなど、非常に効率化されている印象だ。
しかしクレーンから下ろした米は、非常に高温であるにもかかわらず、手作業で混ぜ合わせながら布の上に広げていく。職人の手と目で米の状態を把握し、判断しなければ美味しい日本酒には仕上がらない、まさに手造りでしか生み出せない味わいがあるのだ。
麹造りを行う麹室は、湿度の管理を行いやすくするために壁面と天井を杉材にしているなど、未来的な工場の随所に杜氏の知恵と伝統が息づいている。
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酒造りへのこだわりは、新工場の設備だけにとどまらない。菊の司で使われている米は、そのほとんどが県内産だという。そのうち7割が「吟ぎんが」「ぎんおとめ」「結の香」という岩手県を代表する酒造好適米を使用。地元を応援するために契約栽培の取り組みも盛んで、また工場の裏で田んぼを持ち、自社産の「ぎんおとめ」を使用した新商品の開発も進めるなど、地元の米を使っての酒造りに挑んでいる。
また、日本酒の持つポテンシャルを最大限引き出せるよう、米の吸水はストップウォッチで計測し、0.1%単位でのコントロールを徹底。日本酒で一般的に行われている活性炭素による濾過も行なわず、もろみの管理を徹底し “無濾過”の原酒を作り出すことにも成功している。杜氏の高い技術力によって生み出された、日本酒本来の味わいを堪能できるだろう。
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新酒の仕込みの取材から数週間、年が改まると、まさに絞りたての日本酒が届いた。
「菊の司 和の酒」は、「ひとめぼれ」などの飯米を使用した辛口の逸品。絞りたてのこの季節しか味わえない「活性にごり」は、シュワシュワとした発泡感を楽しみながらも旨味がしっかりと感じられ、しかしそれが長引かないキレの良さがたまらない! 鍋物を突きながら、片手でくいくいと飲み続けてしまいたくなる美味しさだ。
もう一本は、「これが日本酒?」と思わず聞きたくなってしまうような洗練されたボトルの新商品「innocent-無垢-」。岩手県産の酒造好適米を低温発酵させた、絞りたての無濾過・非加熱・無加水の生原酒だ。50%の精米歩合から生まれる吟醸香と甘味が複雑に混ざり合う味わいは、猪口でちびちび味わうより、ワイングラスをゆっくりと回しながら、優雅に香りを堪能したくなる。
また、250年を記念して作られた「菊の司酒造250周年記念限定酒」は、菊の司の未来を示すような一本だ。透明感のある透き通った味わいに、ほんのりとした甘さと、すぐに訪れる確かなキレ……。バランスが見事に取れた、爽やかな余韻が口に広がる。この味わいは、淡麗な日本料理との相性はもちろん最高だが、写真で合わせたようなクリーミーなウニと塩気のあるキャビアをババロア仕立てにした料理など、フレンチなどの芳醇な味覚にも抜群の相性だ。杜氏伝統の技術を詰め込んで作られた日本酒は、枠にとらわれず、あらゆる組み合わせを楽しませてくれると確信した。
250年の時を超え、地元の思いを醸し出した確かな味わい……。食卓が華やぐこと間違いなしの日本酒だ。
photography: Mirei Sakaki