ワインディレクター田邉公一が注目、上映時間4時間のドキュメンタリー『至福のレストラン/三つ星トロワグロ』の見どころとは?

Gourmet 2024.08.21

YOSUKE KANAI

巨匠、フレデリック・ワイズマンが三ツ星レストラン「トロワグロ」の秘密に迫る......。映画『至福のレストラン/三つ星トロワグロ』が2024年8月23日より、Bunkamura ル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座ほか全国で順次公開される。これに先立ち東京日仏学院で実施された、フィガロジャポン読者限定試写会、トークショーの様子を特別にお届け!

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田邉 公一/ワインディレクター
レストランやワインショップ等の飲料の監修を務める。ワインスクール「レコール・デュ・ヴァン」の講師として、後進の指導にも力を注ぐ。近著に『ワインを楽しむ〜人気ソムリエが教えるワインセレクト法』(マイナビ出版 刊)。

4時間という、フルコースの料理を食べたような上映時間の後にゲストとして登壇したのは、ワインディレクターの田邉公一氏。2007年にルイーズ・ポメリー ソムリエコンクールにて優勝。ザ・リッツカールトン東京のオープンメンバーとしてメインダイニングのソムリエ、レストラン「L'AS」シェフソムリエ兼取締役などを歴任し、38歳でワインディレクターとして独立。現在も飲食業界のさまざまな活動を通じ、サービス業の世界を牽引する田邉氏に、この映画の魅力を語ってもらった。


ーーまずは、トロワグロというレストランについて、田邉さんの思い出などをお伺いできればと思います。

フランスには6度訪問していますが、現地のレストランはお伺いしたことがまだありません。ハイアットリージェンシー 東京にあった「キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ」は、ギリシャワインの生産者の来日の際に、インポーター様からお声がけいただき伺いました。トロワグロの料理は、映画中でも語られていましたが「酸味」で調和をとり、まとめ上げるのに長けているという特徴があります。ギリシャの品種アシルティコから造られた白ワインの柑橘フルーツのフレーヴァーときれいな酸味、ほのかな苦味と見事にマッチしていました。

ーー「55年間三ツ星をとり続ける」というトロワグロの偉業について、どう思われますか?

私は以前、パリのマドレーヌにある「サンドランス」という有名な二ツ星レストランで2週間ほど、サービスの研修を受けていたことがあります。そこは以前「ルカ・キャルトン」という名前で三ツ星でしたが、返上して、サンドランスとして再び星を獲得したという名店です。そのレストランも世界からゲストが訪れ、非常に忙しく、なおかつクオリティの維持もしなければならない。三ツ星をそれほど長く保持し続けるエネルギーをもったレストランは、計り知れない凄さがあると思います。

ーーそれでは、映画の感想についてお伺いしていきたいと思います。今回の映画を見て、田邉さんが率直に感じられたご感想を教えてください。

かなりリアルにレストランの現場が写し出されていると思います。フレンチレストランで20代から30代まで勤務していた当時の緊張感や日々の業務のこと、苦楽をともにした仲間達、接客をしていた常連のゲストの方々のことが思い出されました。

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ーートロワグロの店の裏側が、買い出しから食材の仕込み、試作、下拵えから調理まで余すことなく写されていました。どのシーンがいちばん印象的でしたでしたか?

いちばんを決めるのはなかなか難しいですが、レストランの営業シーンはかなりリアルで臨場感がありました。調理場での盛り付けのシーンや、実際の接客シーン、ランチでのゲストへワインをおすすめするシーンでは、かなり細かくヒアリングをしていて、それに対して即座にコメントを返している点などが素晴らしかったです。

ーー今回の映画では、さまざまなお料理が登場しましたが、田邉さんがいちばん食べてみたいと思ったのはどれでしたか?また、その時にはどんなワイン、ドリンクを合わせますか?

本当においしそうで、クリエイティブな料理の数々でした。プロヴァンス産の大きなホワイトアスパラガスは特に食べてみたいお料理です。

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映画より、田邉氏が「食べてみたい!」というアスパラガスの料理。映画の中で、「アスパラガス、アーティチョークはワインを合わせるのが難しく、ソムリエ泣かせの食材です」と語られる。

ビターアーモンドのソースにアーモンドとレモンピールを添えたこちらの料理は、同じプロヴァンス地方の白ワインで、ドメーヌ・オットのコート・ド・プロヴァンス ブラン・ド・ブラン クロ・ミレイユを合わせたいです。セミヨンとロール(ヴェルメンティーノ)で造られる豊潤でみずみずしいワインです。

ーーさて、シェフソムリエ兼取締役として、レストランの運営までもご経歴のある田邉さんにお聞きしたいのですが、レストランを経営するということでいちばん大変なことはなんでしょうか?

レストランでは、その料理やサービスのシーンだけが目に見える場面として現れますが、そこにいたるまでの準備がとても大変。料理は仕込みが大切ですが、それ以外にも本を読んだり食べに行ったり、自宅で練習をしてみたり、さまざまな努力が必要です。

サービスマンも良い接客ができるようになるまでにはワインや飲料、料理、語学等についての膨大な勉強を要します。さらには業者とのワイン選定の打ち合わせ、業務ミーティング、掃除......。レストランの営業時間はランチ・ディナーがあるお店では、それだけで一日の基本労働時間である8時間ほどに達します。しかし、8時間勤務というわけにはいかず、上記の業務をそれ以外の時間で行わなければなりません。そしてそれ以外に大量に勉強する時間とエネルギーが必要になります。

さらに経営側に立つと、会社を健全に運営して行くためのさまざまな視点をもち、決断、行動、リーダーシップを求められます。通常の映画やドラマであれば、表のシーンのみが取り上げられますが、本作はその裏側までほぼ全てが描写されている点が、すごいところだと思います。

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ーーでは、あらためてワインについてのお話を伺っていければと思います。映画内でも巨大なワインセラーが写っていましたが、トロワグロには常時3万5千本のワインが用意されているそうです! この本数のワインを管理するには、どんな能力が求められますか?

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映画より、訪れたゲストの料理に合わせワインを提案するソムリエたち。トロワグロではワインとのペアリングに特化したコースも用意されている。

この規模になると「カヴィスト」と呼ばれる、ワインセラーの管理やワインの受発注を専門で行うスタッフがいてもおかしくないですね。ゲストがワインリストから注文したワインをセラーに取りに行き、ヴィンテージを間違えずに、適正なタイミングでテーブルにお出しする。ましてや、営業中のレストランでは料理を提供しながら、目まぐるしく変わる状況の中でそれらの作業をしなければならない......その緊張感はかなりのものですね。

私もホテルのソムリエとして働いていた時は、常時3000〜4000本ほどのワインを取り扱っていたことがあります。たとえばロマネ・コンティやドン・ペリニヨンなどの高価格帯の商品があるワインセラーは、その鍵を管理できるスタッフを制限していたりなど、責任に応じてアクセスできるワインの幅が増えていくようなシステムを取り入れていることもありました。

ーーミッシェル・トロワグロとチーフソムリエがDRCやルロワ(注・どちらもブルゴーニュを代表する、超高級ワインの生産者たち)の値段についてコメントしているシーンが印象的でした。

シェフとソムリエの方が一対一でしっかりと話し合われているのが素晴らしいと思いました。ソムリエの方がゲストの要望や在庫を把握し、リストとの兼ね合いを考え、シェフに即答できているのはさすがでした。あと、金額の高騰は日本だけじゃないんだなと(笑)。ルロワさんとの直接の繋がりがある点もすごいなと思いました。

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ーーワインと食の関係について、この映画を見てあらためて感じられたことはありますか?

飲と食は密接に繋がっていて、「食べる」時に欠かせないのが「飲む」こと。それらは組み合わせにより感じ方は無限に広がり、その繋がりを大切に意識することが、人生の楽しみを広げることになると実感しています。

ーー田邉さんにとって、ワイン、そして食とは何か、お聞かせください。 

ワインというのは「世界」を繋いでくれるもの、これは人と人というのももちろんですが、あらゆる事象の世界を繋いでくれて、食と結びつき、命と楽しみを広げてくれます。食とワインの楽しみを知らないのは、一度の人生において、とてももったいないことだと思います。

そういう意味で、ワイン、食とは、まさに人生そのものであると考えています。

『至福のレストラン/三つ星トロワグロ』
監督・制作・編集/フレデリック・ワイズマン
出演/ミッシェル・トロワグロ、セザール・トロワグロ、レオ・トロワグロ、マリー=ピエール・トロワグロほかレストランスタッフ
2023年、フランス映画、240分
配給・宣伝/セテラインターナショナル
https://www.shifuku-troisgros.com
©2023 3 Star LLC. All rights reserved.
8月23日(金)よりBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開

>>関連記事:94歳の巨匠フレデリック・ワイズマン、ドキュメンタリー『至福のレストラン/三つ星トロワグロ』で描いた「本当の美食」とは?

フィガロJPカルチャー/グルメ担当、フィガロワインクラブ担当編集者。大学時代、元週刊プレイボーイ編集長で現在はエッセイスト&バーマンの島地勝彦氏の「書生」としてカバン持ちを経験、文化とグルメの洗礼を浴びる。ホテルの配膳のバイト→和牛を扱う飲食店に就職した後、いろいろあって編集部バイトから編集者に。2023年、J.S.A.認定ワインエキスパートを取得。

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