ル・コルビュジエ建築とデザインを巡る、サン・テティエンヌの旅。 #04 サン・テティエンヌ美術館探訪、そして近郊の美しい町へ。
Travel 2017.12.14
建築とデザインに出合い、おいしい料理に舌鼓を打ち……サン・テティエンヌでは五感が刺激され、豊かな時間を過ごせる。 日本人の感性、好奇心に応えるものを秘めている街なのだ。
19世紀、フランスで最も多くの労働者がサン・テティエンヌに暮らしていた。産業革命後には、フランスで生産される石炭の半分がサン・テティエンヌの炭鉱から産出されていたそうだ。石炭輸送のために、港と街を結ぶ鉄道が早い時期に敷設され、街はおおいに繁栄。リボンの生産地としても名高く、約7万人が繊維産業に従事していたとか。15世紀から兵器をつくり続け、その衰退が感じられるや自転車製造に乗り出して……。変化にめげず、勤勉に努力をし、前進し続ける街。その活力が、サン・テティエンヌを工業の街からデザインシティへ変貌させたといえるだろう。
芸術産業博物館で、デザインのルーツに出合う。
デザインのルーツ、ここにあり!とうたう芸術産業博物館。サン・テティエンヌの歴史を語るのに不可欠な3つの産業である兵器、自転車、リボンの3つのコレクションが収められている。ここの展示物を見ると、工業が発展し、そこにデザインが生まれ……という、サン・テティエンヌでいかに創造性が育まれたかが理解しやすい。
19世紀の建物を、ジャン=ミッシェル・ヴィルモットがリノベーションした芸術産業博物館。街の中心部の南に位置する。
1861年に街の工業の遺産を展示するミュージアムとしてオープンし、その後、芸術産業博物館に変身。建物は19世紀の建築物のままだが、ジャン=ミッシェル・ヴィルモットによりリノベーションされた。地下1階が自転車、2階がリボン、4階が兵器の展示フロアで、3階では企画的が開催される。
地下1階では、18世紀半ばのモノサイクルに迎えられる。その後方に6つのテーマで自転車を展示。チェーンもブレーキもなく足で地面を蹴って進む自転車や、フランス初の自転車など、マニアを喜ばせる。兵器の銃身部分が自転車に活用できる、ということで兵器産業の栄えたサン・テティエンヌは、12世紀から受け継がれてきたサヴォアフェールを生かし、19世紀に自転車分野でもフランスの一番手となったのだ。
車輪の中に人間が入って漕いだ、18世紀半ばのモノサイクルからスタート。アーチ状の天井の下に、1886年のフランス産の初のモデルを含め、自転車の製造技術の進歩を展示している。
自転車の部品も展示。また、サン・テティエンヌで19世紀末に小さな食料品店から出発し、成功してスーパーマーケットとなった「カジノ」の、80キログラムの荷を積める配達車も。なおサッカー・スタジアムには、この「カジノ」の創業者ジョフロワ・ギシャールの名前が付けられている。街の功績者である彼の名前はサン・テティエンヌで知らぬ者はいないというくらい、有名なのだ。
シルク産業を独占していたリヨン市が隣にあったことから、16世紀にサン・テティエンヌに始まるリボンの歴史。裕福な男女の服はリボンを飾れば飾るほど、富の証となったことから、技術的にも芸術的にも発展した産業である。
リボンのコレクション、織り機などを展示。
バラエティ豊かなリボンのコレクションは光を避けて保存されているため、見学者は引き出しを開けて、昔の品を見るという方式。引き出しの上のガラスケースには、現在サン・テティエンヌで製造されるリボンが展示されている。たとえば、服のタグや包装用のリボン……。さらに、リボン製造の技術はカメラ用のストラップや車のシートベルトに使われる帯リボン、医療用のストレッチ包帯などにも活用され、発展を続けている。
19世紀後半のシルクのネクタイや見本帳など、貴重な過去の資料が引き出しに保存されている。
リボン産業の発展。ブランドの織りラベル、医療用包帯……。マルタン・マルジェラは2005-06年のコレクションにて、この素材を使ったドレスを発表した。
20世紀半ばまで、職人たちは自宅で作業をしていた。リボン織りに使われていた機械が会場に展示されているが、なかなかの大きさ。これが入り、作業に必要な採光を得られる家をリボン職人は必要としたため、窓が大きく、天井が高い家に住んでいた。いまもそうした家の名残りを市内で見つけることができるそうだ。
糸を縒る機械、ジャカード・リボンを織る複雑な大型機など、どれも動かしていたのは電気ではなく人間の手。
Musée d’Art et d’Industrie
2, place Louis Comte
42000 Saint-Etienne
tel: +33 04 77 49 73 00
開)10時〜18時
休)火、1/1、5/1、7/14、8/15、11/1、12/25
入場料:6ユーロ(毎月第1日曜日は無料)
www.mai.saint-etienne.fr
>>サン・テティエンヌ・メトロポール近現代美術館のユニークな展示。
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サン・テティエンヌ・メトロポール近現代美術館のユニークな展示。
2017年に30周年を祝うサン・テティエンヌ・メトロポール近現代美術館(MAMC)。ここは19世紀から今日に至るまでの約2万点の所蔵作品を有するという、フランスでも大規模な美術館である。現代美術に限っていえば、フランスではポンピドゥー・センターに次ぐ存在だそうだ。30年前、この街にコンテンポラリーアートに理解のある市長がいた、ということに感謝しなくては !
1987年にオープンした美術館は、サン・テティエンヌ生まれの建築家ディディエ・ギシャールによるもの。3,000平米の広さで、天井も目を見張る高さだ。街の北部にあり、中心部からはいささか離れた場所にある。サン・テティエンヌ・シャトークルー駅、市内からトラムに乗りMusée d’art moderneにて下車。
20世紀がメインだが、古い時代の作品も含め約2万点を所蔵する美術館だ。
30周年を祝うにあたり、美術館は素晴らしいプレゼントを来場者たちに用意した。それは地上階の巨大なスペースを使い、『My Red Homeland(赤い祖国)』のインスタレーションを中心に置いたアニッシュ・カプーア展だ。真っ赤なワックスの大地がフロアいっぱいに広がり、壁には肉塊を想起させるシリコンの赤い塊が。そして黒と白の丸い凹面鏡が展示されている。美術館の元ディレクターのロラン・ヘギイがカプーアと親しいことから彼に依頼したそうで、30周年展のオープニングにはもちろんカプーアも参加した。
『My Red Homeland』(2003年)。直径12メートルのワックスの大地。中央をステンレスの長い棒が時計の針のようにゆっくりと移動し、ワックスを削ってゆく。その量は20トンとか!
美術館の白い空間を有効に利用したインスタレーション。2018年4月8日まで開催。
「いまの私の内なる世界」と彼が語る赤いインスタレーション。赤が呼び起こすイメージは血、炎、バイオレンス、太陽……神聖でミステリアスなハーモニーを感じさせる作品といえる。この後、2018年5月19日からはサン・テティエンヌ出身の国際的スターアーティストである、ジャン=ミシェル・オトニエルの展覧会が予定されている。
カプーア展と同時にスタートした『Considérer le monde(世界を見直す)』展は来年の11月までの開催だ。古くは16世紀、そして19世紀から現代に至るまでの2万点もの豊かな所蔵作品を持つMAMC だからこそ可能なユニークな内容である。所蔵作品の中から170名の作家の300点を、テーマに合わせて展示。各テーマに沿って、時代・ジャンルを超えて作品同士に対話させることを、キュレーターのマルティーヌ・ダンセ=ムーレスは試みたそうだ。テーマは「芸術のメカニック」「ストーリーテラーのアート」「ミニマリズムの追求とその素材」「プリミティブの記憶と回帰」「自然に還る」……。絵画、彫刻、写真など幅広い展示内容だ。
会場構成もテーマごとに凝ったものとなっている。作品をテーマ内で対話させるキュレーターの意図を読んで、展覧会を回るもよし。また日頃実物を観る機会のないフェルナン・レジェやピカソの絵画、シンディ・シャーマンの写真、ベルトラン・ラヴィエのネオンなど豊かな展示作品のひとつひとつをゆっくりと鑑賞できるよい機会でもある。
美術館はレストランも併設している。本日のおすすめコースのほか、アラカルトにはバーガー、マグロのタルタルなど。街の中心から離れた場所にある美術館なので、ランチをここでとるのもいいだろう。
営業は月〜金の12時〜13時20分ラストオーダー。
開催中〜2018年4月8日
『Considérer le monde(世界を見直す)』展
開催中〜2018年11月
サン・テティエンヌ・メトロポール近現代美術館
Musée d’art moderne et contemporain de Saint-Etienne Métropole(MAMC)
Rue Fernand Léger
42270 Saint-Priest-en-Jarez
開)10時〜18時
休)火、1/1、5/1、7/14、8/15、11/1、12/25
入場料:6ユーロ
www.mam-st-etienne.fr
>>近郊の町サン・ガルミエまで足を延ばしてみよう。
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近郊の町サン・ガルミエまで足を延ばしてみよう。
さて、せっかくサン・テティエンヌまで来たからには、25キロメートル北に位置する町、サン・ガルミエまで足を延ばしてみるのはどうだろうか。フランスで寄り道をしてみる価値のある美しい町のひとつといわれ、駅から車で30分くらい。
ここは天然発泡のミネラルウォーターが採水される地としても知られている町だ。フランスの天然炭酸水ブランド、バドワ社の脇にはキヨスクと呼ばれる湧き水の汲み場が設けられ、地元民は1日に6〜12リットルを無料で汲むことができる。朝から空のボトルを何本も携えた人が次々とやってくるのは、それゆえ。
川辺に建つバドワ社の向かい側の敷地に、発泡水を汲めるキヨスクがある。
プラスチックボトルよりガラス瓶のほうが泡のもちがいいそうだ。地元民は空のボトルをたくさん抱えてやってくる。
この町には緑豊かな5ヘクタールという広大な敷地の中に建つ、「ラ・シャルピニエール(La Charpinière)」というスパを備えた4ツ星ホテルがある。静けさと休息を求める人を喜ばせているホテルだ。宿泊し、周辺の自然を堪能するもよし、スパ通いもよし……引きこもるのも悪くないだろう。
周囲を緑に囲まれた、とても静かなホテル。AS サン・テティエンヌと対戦する相手のサッカーチームの宿泊施設でもあるそうだ。
モダンなフロントスペース。黄色がホテルの内装にアクセントとして使われている。
サウナとハマムを備えたスパでは、フランスのタラソテラピーのプロフェッショナル化粧品ブランド、タルゴ(Thalgo)を使用したボディマッサージやスキンケアなどが受けられる。設備が整ったスポーツジムも併設。
ちょっと驚くのは、このホテルにはなぜか熟成肉のレストランがあり、宿泊客以外の人からも愛され、毎晩とても賑わっているのだ。サン・テティエンヌの街中ならいざ知らず、こんな自然の中のホテルなのに??と不思議に思うだろう。その訳は、2012年からこのホテルは「DESPI」という肉屋を経営しているデスピナス・ファミリーがオーナーだということ。フランス国内の400カ所がここの肉を扱っているという大手で、創業は1933年。それでホテル内に熟成肉のレストランが生まれ、そして「1933」と命名された次第である。朝食のビュッフェに出る3種のハムの味がよいのも、もっともなのだ。
肉のブラッスリー「1933」。アーティストの作品である牛がゲストをお出迎え! 肉のレストランといえど、魚料理もメニューに並ぶ。
朝食のビュッフェもこのブラッスリー内にて。
ホテル内にはもうひとつ、広い庭に面した「La Source」というレストランもある。こちらはミシュランの星を狙っているというガストロノミー・レストラン。改装拡張工事の際に地下にワインセラーがつくられ、127種のワインを揃えているのが自慢である。レストランの客もここに降りてきてワインを選ぶことができるというのは、ワイン好きにはうれしい限りでは?
ガストノミーレストランの「La Source」。地下のワンセラーに降りてみよう。
2017年夏に新棟の拡張工事が終わり、合計57部屋に。インテリアは茶系でまとめられ、安らぎを感じさせる。インテリアが異なるのは本館のウェディング・スイートルーム。19世紀に建てられた塔の中にあるデュプレックスで、上階の円形ベッドルームにはコクーニングへと宿泊客を誘うような雰囲気が漂う。塔の外壁はツタに覆われ、夏は緑、秋は紅葉……窓辺を赤や緑の葉が囲み、とってもロマンティック!!
全57室のホテル。125〜380ユーロ。朝食15ユーロ。デュプレックスのスイートルームでは、ベッドのうえに星空が飾られている。
ラ・シャルピニエールは1940年創業のホテル。敷地内には川が流れていて、その昔は洗濯場があったという場所にホテルが建築された。ツタに覆われた円筒の建物は当時の名残だ。ホテルの廊下を飾る写真は、チーズで知られたモンブリゾンの村を含む、界隈30キロメートルの景色。行ってみたい場所が見つかるかもしれない。
réalisation & photos : MARIKO OMURA