昨年末の「日本の小さないい宿に泊まってみたい。」特集で、初めて加賀市山中温泉を訪れ、温泉旅館・花紫に取材を兼ねて宿泊。北陸が生んださまざまなアートや工芸に感化され、素敵な宿泊体験もあいまって山中温泉が忘れられずにいました。

今年3月の祝日、その山中温泉で初めて芸術祭が行われると聞いて、迷わず訪問を決意。早くも再訪が叶いました。
芸術祭のタイトルは「新・山中温泉文化絵巻」。山中温泉街を舞台に、映画上映、踊り、シンポジウム、作品展示、マルシェなどを4日間にわたり開催。住民たちが企画段階から関わっていたこともあり、現地を訪れると、街全体がアートな雰囲気に包まれ一体化していました。
名所を観光しながらアート散歩。
まず体験したのが「山中温泉芸術散歩」。スタンプラリーの台紙「芸術散歩パスポート」を手に、街をホッピングします。

行基が創建されたといわれる医王寺では深田拓哉氏のアート作品がお出迎えしてくれたり、築100年にもなる芭蕉の館や長谷部神社など、観光名所にアート作品が展示されています。街探索とアート鑑賞、同時に楽しめるのがやっぱり芸術祭の醍醐味!



大きな照明のような作品『空宿』は、一見和紙のようですが、近くで見るとびっくり。なんと羊の腸で造られたものでした。裏側には小さな穴があり、中の空洞が覗けます。物理的な意味だけではない「家」を表現している作品で、難しさも感じつつ、もっと知りたい、どんな背景でつくられたの?という好奇心を刺激してくれます。
監修を金沢美術工芸大学の芝山昌也教授が担当していることもあり、金沢美術工芸大学出身だったり、地元石川や北陸にゆかりのあるアーティストの作品が充実していました。
さらに興味深かったのが、山中座で開催された、芸術祭関連イベント「エナジー風呂 フィルムフェスティバル」。温泉といえば殺人事件!?という連想から、名所「こおろぎ橋」を舞台にしたサスペンスドラマや、この芸術祭のために1年かけて作られた金沢市在住のアーティスト、カン・タムラ氏によるドキュメンタリー『YAMANAKA』など6作品を上映。山中座には菊の湯という温泉を併設しているので、湯上がり後に観るのもまた一興。

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山中の古民家で、スペシャルな食体験。
こちらの芸術祭、食と工芸にもフォーカスされていて、そのハイライトといえるのが漆芸家・更谷富造さんが持つ、山の中の古民家で開催された「食と工芸の会 DINING EXPERIENCE」。

南青山の天ぷら元吉などで修業し、滋賀県出身ながら石川の食材に惚れ込み移住を決意した的場大樹さん(今年5月ひがし茶屋街に、自身の店「てんぷら的場」をオープンしたばかり!)を中心に、地元の料亭、ビストロを率いる4人の料理人がタッグを組み、ひとつのコースを作り上げる特別企画。ペアリングを担当するのは「和酒BAR 縁がわ」の下木雄介オーナー。

昨年末に山中温泉を取材した際、縁がわにも訪れたのですが、オーナーの繰り出す"下木ワールド"にぞっこんに。お酒のラインナップから、手にするだけで緊張する芸術品のような酒器、凝りに凝った提供温度まで、お酒好きの心をくすぐる仕掛けがいっぱいなのです。この日はすべての料理に下木さんがお酒をペアリング。

食材プレゼンテーションののち、料理がスタート。山中温泉を訪れた3月末はまだ雪が残っていましたが、その雪の下から摘んだフキノトウや七尾の稚鮎が次々に登場。「天ぷらって揚げものであると同時に蒸し料理なんだ」と実感させられる、衣さっくり&身がふんわりな加能ガニの身をふんだんに使った天ぷらなど、思わずため息が出るおいしさ。

コースをより昇華させるのが、地元の名シェフたちによる色とりどりの料理。前菜からデザートまで、石川食材の豊かさ、シェフたちのクリエイティビティを実感する特別なひとときに。


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地元の工芸品を惜しげもなく食器として活用。
この「食と工芸の会 DINING EXPERIENCE」で特筆すべきは工芸。なんと、メニューの和紙から食器、酒器まで、そのすべてが地元で活動する作家たちが手がけたものだったのです。山中漆器を代表する我戸幹男商店の酒器や、山中漆器では初の女性木地師である山田マコ氏や、ドイツ出身の木工家ラベア・ゲブラーさんのうつわ......。



「新・山中温泉文化絵巻」は、今回が第一回となる初めての試みだったこともあり、「まず地元住民に発信したい」「地元のための芸術祭になれば」という思いが根底にあったと話す実行委員長の山田耕平さん。
地元の食材を地元の料理人が調理し、地元のお酒と工芸品が演出する特別なコース、そして地元住民が皆で作り上げ、盛り上げた4日間のアートなお祭り。この土地の豊かさと相まって、住民の皆さんが羨ましく感じた1日に。ますますパワーアップしそうで、来年の開催もいまから楽しみ!

小中学校を北京で過ごしたアジア系帰国子女。幼少期から年に4〜5回海外旅行を繰り返す生粋の旅好き。大学時代に時間が有り余り、自転車で東北や四国&中国地方を周遊。ダイビングサークル出身で離島フリーク。ワインエキスパートを取得後、フィガロワインクラブの部長(愛称)に就任。