岐阜県、飛騨地方。世界遺産・白川郷の入り口として知られる高山駅周辺は、江戸時代に城下町、商人町として栄えた面影を残す古い街並みを、間近にせまる壮大な森がゆったりと守っているような、人と自然がともにある町。クラフトショップや土産物店が賑わう一方、車で数十分の集落には、古民家を再生したショップや飲食店が生まれ、景勝地の観光以上の楽しみにあふれている。
高山の木工家具と全国の手仕事が交わり、現代のクラフトを発信。
遊朴館 HIDA GALLERY【岐阜県高山市】

木工家具の飛騨産業がリニューアルオープンした遊朴館。1階のショップスペースには、高山出身のガラス作家・安土草多や貝山伊文紀の木の匙など日用のうつわや道具が並ぶ。
岐阜県高山市は、面積の9割が森林といわれるほど、ナラ、クリ、ブナなどが豊富に群生している。大正9年に創業した飛騨産業(当時の社名は中央木工)は、薪か下駄の歯にしか活用されることがなかったブナの木の活用法を、ヨーロッパの曲木の技術を取り入れることで見いだし、西洋の価値観が急速に流れ込んだ日本に生まれた新しい生活を彩る木工家具を提案。以来100年にわたり、上質なプロダクトを世に送り出してきた。
そんな飛騨産業が、この度、手仕事を扱うギャラリー&ショップ「遊朴館 HIDA GALLERY」をオープン。木工品はもちろん陶器など作家ものの工芸品、樹木から抽出したオリジナルのエッセンシャルオイルなどが並ぶ。それらを手に取ったり、香りを嗅いだりするうちに、家具の手触りにも興味がわいて、カフェのチェアにふと手をかけたら、なんともスムース。木肌の柔らかさにハッとする。

飛騨の樹木をメインに、スギ、クロモジ、ヒバなどさまざまな樹種から抽出した100%天然・無添加のエッセンシャルオイルは、ナチュラルでほのかな香りに癒やされる。HIDA エッセンシャルオイル ¥1,980〜

木工家・三谷龍二がデザインした新作のチェアは無垢のナラ材。シェイカーのローバックチェアにインスパイアされた低めの背もたれと幅広の座面でゆったり座れるのが特徴だ。3r-h furniture アームチェア ¥139,700 ラウンドテーブル ¥260,700

三谷龍二デザインの子供椅子(¥55,000)、子供机(¥96,800)、木馬(¥74,800)、積み木(¥16,500)。

本格的なカンナやノミがずらりと並ぶ「匠の道具箱」コーナー。プロ仕様の品揃えだがDIYに親しむ人やものづくりに携わる外国人も購入していくという。
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ファクトリーツアーで曲木家具の美しさの源を知る。
飛騨産業の家具は、とりわけ曲線がきれいだ。曲木技術の高さは、ほかに類を見ない。椅子の背もたれやアームの材料は、数センチもの厚みのある無垢材なのだが、独自の下準備を施したあと、専用の機械で圧力をかけながら曲げることで滑らかな曲線が実現する。ファクトリーツアーでは、その製造工程の一端に触れることができる。驚くのは、量産体制を敷いていながら、その曲木の工程はもちろん、木目の選定や塗装、組立などに、人による判断や手作業がとても多く見られるということ。想像していた以上に、機械による加工と職人の手が、お互いの長所を活かし、足りないところを補う、持ちつ持たれつの関係で存在しているのだった。

周囲を森に囲まれた第一工場でファクトリーツアー(約1時間・無料)に参加すると、さまざまな木の特徴を熟知して家具を仕立てる飛騨産業のものづくりを見学できる。詳しくはウェブサイトをチェック。

蒸して柔らかくした木を型に沿い職人の手でひっぱりながら曲げていく。使う道具や機械のしくみはシンプルだが、だからこそ職人の経験と感覚がものをいう工程。

柳宗理デザインの「ヤナギチェア」の復刻では、背もたれからアームにかけての一本曲木にこだわり、試行錯誤を重ねたそう。肘木や、それを支える背受、肘受の曲線が綺麗なチェアは、座り心地までやわらかい。市内にあるショールーム兼ショップ「HIDA 高山店 森と暮らしの編集室」に足を運んで、実物に触れてみて。
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手仕事が支える持続的なものづくりに触れる。
遊朴館2階のギャラリーでは、木工家・三谷龍二がキュレーションした展覧会を開催している。三谷が活動の拠点とするのは長野県松本市だが、松本と高山は、北アルプスを挟んでちょうど反対側に位置し、かつては同じ県に属していたという。三谷は、山の向こうで息づいてきた飛騨のものづくりに親密な繋がりを感じて展示を引き受けたそうだ。森の自然の尊さを、手仕事を介して暮らしの中に提案する。メーカーと個人作家の交わりが、高山の街歩きに新たな魅力をもたらしている。

遊朴館は、建築家・中村好文と家具デザイナー・小泉誠の共同設計。2階ギャラリーのしっとりと作品を照らす控えめな照明や什器は台湾の建築家・陳瑞憲が担当した。壁に見立てたシアーな布を通して「観ている人も美しく見える」空間となっている。

開催中の展覧会「3 materials 鉄 硝子 木−共にあることのかたち」は2025年11月16日まで。木(三谷龍二)、鉄(金森正起)、硝子(小澄正雄)が共同作業によって制作した日本酒セット(写真)やピアスケースなどが並ぶ。

1階の「CAFE & TABLE 工」では、地元のまんま農場の米、野村農園やファームじねんの野菜など地のものをふんだんに取り入れたメニューを。ランチセット ¥1,600〜

飛騨高山麦酒 ヴァイツェン(¥1,650)はすっきりした味わい。ホップかすなどビール製造の副産物を牛の飼料に採用し、循環型農業を実践する個人農家が手がけるクラフトビールだ。photography: Kazuhiro Shiraishi

高山市内を流れる宮川にかかる中橋。江戸時代の建物が残るこの街は、雄大な自然とともに旅人を迎える。
岐阜県高山市上一之町26
0577-32-8892
営)10:00~18:00
※カフェ10:00〜L.O.17:00、ランチ11:00〜L.O.14:00
休)水曜・第三木曜
https://hidasangyo.com/shop/yuhokan/
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立ち寄りスポット
ステイの翌日はココへ!
分隣堂


春はよもぎ、秋は栗、季節のお菓子がおいしい。
大正15年の創業、地元で親しまれる和菓子店。店の奥で手作りされるお菓子は、秋の時期には、栗と小豆餡を蒸しあげた人気の栗よせや、栗きんとんがおいしい。塩と胡麻の香りが口に広がりながらほろほろと溶けていく塩落雁など定番のお菓子は、お土産にもおすすめだ。
飛騨さしこ

刺し子を施した日傘などモダンなアイテムが新鮮。
山に囲まれ交通が不便だった飛騨高山では、女性たちが糸から布を織り、補強目的の手縫いの刺し子に模様を交えて楽しんだ。定番のふきんや袋など刺し子の可愛らしさで暮らしを彩るアイテムのほか、麻の葉や菊模様をモダンに配置した日傘や麻布のクッションカバーもおすすめ。
やわい屋


自然とともにある高山の暮らしを感じさせる店。
市内から車で30分ほど離れた山あいに佇む古民家で、高山出身の店主が民藝のうつわや道具を扱うショップ。自然素材や田舎のゆったりとした時間とともにある古きよき生活文化と、現代生活との心地いい接点を手作りのものを通して提案する。
photography & editing: Saiko Ena
ライター/ 編集者
子育てをきっかけにふつうのごはんを美味しく見せてくれる手仕事のうつわにのめり込んだら、テーブルの上でうつわ作家たちがおしゃべりしているようで賑やかで。献立の悩みもワンオペ家事の苦労もどこへやら、毎日が明るくなった。「おしゃべりなうつわ」は、私を支えるうちのうつわの記録です。著書『うつわディクショナリー』(CCCメディアハウス)
Instagram:@enasaiko ウェブマガジン https://contain.jp/




