噂のシチューキン・コレクションを見に行こう!

Paris 2016.11.16

来年2月20日まで、フォンダシオン ルイ・ヴィトンで「近代美術のアイコン シチューキン・コレクション」展が開催中だ。印象派、キュービスム、ナビ派といったフランスの20世紀初頭の絵画が130点近く展示されている。それも、マティス、ピカソ、ゴーギャン、セザンヌ、マネ、ルソー、ルノワール、ドラン……といった巨匠の名作ばかり。これらは、モスクワのプーシキン美術館とサンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館が所蔵している作品である 。

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1866年に描かれた クロード・モネ『草の上の昼食』。モスクワのプーシキン美術館が現在は所蔵している。
Musée d'Etat des Beaux-Arts Pouchkine, Moscou

 

 

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フォンダシオン内の14の部屋に分かれての展示。第7室は人物がテーマの作品が集められている。マイヨールの彫刻の後方に並ぶのは、アンドレ・ドラン、アンリ・ルソー、アンリ・マティス、パブロ・ピカソ!
©Succession Picasso  2016 pour  l’oeuvre de l’artiste  ©Succession H. Matisse pour l’oeuvre de l’artiste ©ADAGP, Paris 2016 pour l’oeuvre d’André Derain Photo Fondation Louis Vuitton / Martin Argyroglo

 

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左:第一室は肖像画の部屋。ヴァン・ゴッホ、1889年『医師レーの肖像』はモスクワのプーシキン美術館から。Musée d'Etat des Beaux-Arts Pouchkine, Moscou
右:第9室は静物画を集めた小さな部屋。セザンヌ、ゴーギャン(写真は1888年の作品)、ピカソ、マティス、ドラン……。

 

フランス絵画ばかり、なぜロシアに? その疑問を解き明かすのは、タイトルの「シチューキン・コレクション」という言葉にある。会場に展示されている作品は、かつてモスクワの富豪セルゲイ・シチューキン(1854~1936)が1898年から1914年までの間に収集した作品である。彼が個人的に所蔵していた絵画のコレクションは1917年に起きたロシア革命時に、彼の自宅とともに国有化されてしまった。その後、彼のコレクションは欧州芸術美術館としてモスクワを訪問する観光客が義務として見学することになっていたが、1948年、スターリンがその価値を認めず、作品はモスクワとサンクトペテルブルクの美術館に分散され、そして今に至っているのだ。 なお、革命後、彼は1918年にひっそりとモスクワを逃げ出し、フランスへ。その後は81歳で亡くなるまで、パリに暮らしながらも画商を訪れることもなく、親しかった画家と会うこともなかった。

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左:サンクトペテルブルクのエルミタージュ美術館が所蔵する、クリスチャン・コーネリウスが描いたセルゲイ・シチューキン。小柄で、とても控えめな紳士だったとか。Christian Cornelius(Xan)KROHN(1882-1959)Portrait de Sergueï Chtchoukine 1915 Musée d'Etat de l'Ermitage, SAINT-PETERSBOURG
右:1914年の撮影。シチューキンの自宅であるトルベツコイ宮殿内、ドガ、アンリ・ルソー、モーリス・ドゥニなどの絵画がかけられた部屋© Musée d'Etat des Beaux Arts Pouchkine photo Alboum photographer Pavel Orlov Beginning 1914

 

伝説の収集家であり、また作曲家のスクリャービンなどを支援したメセナのシチューキンだが、彼の名前があまり知られていないのは、モスクワでは最近まで彼の名前がタブーのように扱われていたからだという。歴史研究家たちがパズルを組み立てるように彼の人生を再構築し、近頃では彼についてかなりのことがわかってきた。それによると……。

19世紀末にあったロシアの産業革命で多いに潤った繊維業界 。テキスタイルの卸業を営んでいたシチューキン家ではセルゲイの父が財をなし、セルゲイ自身も経営の才能を発揮して事業を多いに発展させた(彼と並ぶ絵画の収集家モロゾフも絹工場を経営していた)。旅がブームの当時、モスクワの富豪たちに好まれた行き先はパリ。マダムがオートクチュール・サロンでドレスをオーダーし、男性は画商から絵を買う、というのが一般的コースだった。シチューキンも御多分にもれず。彼が最初に購入したフランス画家の作品は、ピサロが描いたオペラ通りの絵。それは彼のホテルから見える光景だったとか。

1898年から収集を始めたフランス絵画で、妻と4人の子供と暮らす彼の自宅であるトルベツコイ宮殿の壁はモネ、セザンヌなどの作品で埋まっていた。彼が集めるのは、当時の基準からするとモダンすぎる作品ばかり。それゆえモスクワでは彼の絵画収集は“金を窓から捨てる行為”という目でみられていたらしい。シチューキンは日曜になると、モスクワのインテリや、若い画学生たちに自宅を公開していた。彼自身が訪問者を迎え入れ、作品の説明をしたそうだ。

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左:1914年に撮影されたシチューキンの自宅内のマティス・ルーム© Musée d’Etat des Beaux Arts Pouchkine Photo Musée d'Art Moderne Occidental, Moscou
右:ピカソ・ルーム。© Musée d’Etat des Beaux Arts Pouchkine Photo Albuom photographer Pavel Orlov Beginning 1914

 

彼が絵画のコレクションに狂ったように情熱を傾けるのは、長男を亡くした1906年。ゴーギャンを含め、この年には20点も購入している。その後、愛する妻が病死し、この情熱にさらに拍車がかかる。1908年に、マティスの静物画に一目惚れしてからパトロンとして彼を支え、自宅の階段の踊り場のための大きな作品を依頼。これが『ダンス』である。最初、マティスから送られてきた素描をみたときに裸体が描かれていたので彼には抵抗があった。また、マティスが出品した『ダンス』の素描がパリのサロン・ドートンヌでこきおろされているのを見て、躊躇いもあった。しかし“いつか時代が追いつくだろう”とマティスの才能を信じる彼は、心を決めたのだ。彼がいかにヴィジョネアだったかを物語るエピソードである。なお、『ダンス』だけではなく『音楽』もシチューキンの家の階段の壁を飾るために描かれたものである。

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アンリ・マティス『デザート』 1908年 Henri Matisse, La Desserte, Harmonie en rouge, printemps-été 1908 © Succession H. Matisse. Courtesy Hermitage Museum, St-Petersburg

 

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フォンダシオン内の14の部屋に分かれての展示。第8室にはマティスの作品が集められている。
©Succession H. Matisse pour les œuvres de l'artiste.

 

親しくなったマティスがシチューキンに紹介したのがピカソである。まだ洗濯船にいた時代の貧しいピカソだ。『扇を持つ女性』を入手するのだが、他の作品のどれとも馴染まず、この作品は暗い廊下にかけられるという運命に。ところが、その前を何度も行き来するうちに、作品が内に秘めた力強さにすっかり魅了されてしまったという。最終的に彼が購入したピカソの作品は49点。ちなみにマティスは38点である。日曜毎に公開される彼のコレクションは、マレヴィチ、ロトチェンコなどその後ロシアの前衛作家として名をなす芸術家たちに多いなるインスピレーションを与えた。この展覧会で、ロシア・アヴァンギャルドを代表する芸術家の作品を30点展示しているのは、シチューキンが収集したフランス絵画がロシアの芸術界で果たした役割を明快に示すためだ。

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左:パブロ・ピカソ『三人の女性』 1908年 Pablo Picasso, Trois femmes, 1908 © Succession Picasso 2016. Courtesy Hermitage Museum, St-Petersburg
右:ウラジミール・タトリン『Contre-relief』 1916年 Courtesy Tretiakov Gallery, Moscow

 

これだけの作品を自分の財力で集め、それを人々に開放していたセルゲイ・シチューキン。彼はフランスに亡命する際にコレクションが散逸しないことだけを願っていたそうだが、それはあいにくと叶わなかった。この展覧会でマティスの部屋があり、ピカソの部屋があり……とトルベツコイ宮殿時代が再現されているのを知ったら、さぞ嬉しいことだろう。フォンダシオン ルイ・ヴィトンが「2016~17仏露文化ツーリズムの年」に贈る素晴らしい展覧会。この機会を逃したら、おそらくこれだけの作品を一度に見ることはできないに違いない。

「近代美術のアイコン シチューキン・コレクション(Icones de l’art moderne La collection Chtchoukine)」展
会期:2017年2月20日まで
Fondation Louis Vuitton
Bois de Boulogne
8 , avenue du Mahatma Gandhi
75116 Paris
tel:01 40 69 96 00
入場料 16ユーロ。
開館 11:00~20:00(月、水、木)、11:00~23:00(金)、9:00~21:00(土、日)
休館 火曜
※12月17日から開館時間が変更。サイトにて要確認。
www.fondationlouisvuitton.fr/en.html

réalisation:MARIKO OMURA

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