裏話もちょっと交えて『マルジェラ、エルメス時代』展。

Paris 2018.04.10

昨年、デザイナー本人もコラボレーションして構想された『マルタン・マルジェラ、エルメス時代』展がアントワープのモード美術館MOMUで開催された。そして現在、パリの装飾美術館で同名の展覧会が9月2日まで開催されている。パリ版のコミッショナーを務めるのは、マリ=ソフィ・キャロン・ドゥ・ラ・キャリエール。この長くて覚えにくい名前の彼女とマルタン・マルジェラの関係はとても深く、今回の展覧会のために彼女はマルタンとふたりで展示コースの作りを考えた。コースを辿って歩くと、これまでの装飾美術館とは別の場所にいるという印象が得られるのが面白い。「彼はかつてショーの準備には、全身全霊で働いていました。ガリエラ美術館でいま開催されている展覧会、そしてこの装飾美術館の展覧会の裏側での彼の仕事ぶりはその時と同じようでした 」とマリ=ソフィが教えてくれた。

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パリの装飾美術館の2フロアを使って『マルジェラ、エルメス時代』展は開催されている。エントランスは上のフロア。

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展覧会はこの鏡に囲まれた最後の部屋まで、オレンジと白の2色構成だ。マルタン・マルジェラがエルメスでデザイナーを務めたのは、1998〜99年秋冬コレクションから2004年春夏コレクションまで。マルタンがメゾン マルタン マルジェラに関わったのは、1989年春夏コレクションから、2009年春夏コレクションまで。この中から選ばれた約100体が展示されている。

エルメスのオレンジとメゾン マルタン マルジェラの白というコードカラーで展示を明快に色分けした会場で、「シルエット」「ヴァルーズ」「アイコン」「ニット」「レザー」「レトロ」というようにテーマごとに2つのメゾンの服を展示し、インスパイアし合う世界を合わせ鏡のように展開していくのはMOMUの開催時と同じ。展示されている服はマルタン本人がセレクションしていて、自身のブランドは1989〜2009年、エルメスの服は在職した1998〜2004年のコレクションから選ばれている。装飾美術館では 2フロアを使い、アントワープのモード美術館より600平米以上も広いスペースがあるため、ゆったりとした会場構成だ。『クリスチャン・ディオール、夢のクチュリエ』展の時のように美術館の上のフロアから始まり、下のフロアから出る、という流れになっている。これはマルタン・マルジェラ本人が希望したことで、これには美術館長オリヴィエ・ガベは少々驚いたという。

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「レイヤー」のコーナー。エルメスのビキニならぬ水着のトリキニ(2000年春夏)は、3ピースからなるヒット作。メゾン マルタン マルジェラの、部分に分断したメンズのヴィンテージ・セーターのルック(1991〜92秋冬)と並列して展示している。

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エルメスでマルタンはさまざまな種類の上質な革に接することができた。縫い目が見えないように、表の革と同じ革を裏に使ったコートもデザイン。自身のメゾンではリサイクルの革を使ったり、革にヴィンテージ風加工を施したりした。

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ポケットがベルトに。メゾン マルタン マルジェラでの1990年春夏コレクションのアイデアを、エルメスの2000年春夏コレクションで。

マルタン・マルジェラがエルメスのレディス プレタポルテのデザインを任されたことが発表されたのは、1997年。アヴァンギャルドな脱構築の服で名を成したデザイナーが、フランスのリュクスなメゾンで女性たちにいったいどんな提案をするのだろうか?? ファッション界に走った衝撃はとても大きかった。当時、いまのようにSNSが発達していたなら、その話題は世界中でどれほどLikeを集め、どれほど再投稿されたことだろう。彼を選んだ亡きジャン=ルイ・デュマ社長の慧眼は、この『マルジェラ、エルメス時代』を一周することで確認できるはずだ。

マルタンによるエルメスにおけるリュクスの定義とは、“クオリティとコンフォートの完全なバランス”である。彼は類まれなる美しい素材を用いて、時代を超越したフォルムのシンプルなプレタ・ポルテをエルメスで提案し続けた。一着で複数の着方ができる服が少なくない。会場では何カ所かで、展覧会のためにマルタンのコンセプトで製作された映像が流れている。一着の服がどのように変化するかを女性モデルが脱ぎ着してみせるものだ。マリ=ソフィは次のように付け加えた。「映像を見ると、仕草というのがマルタンにとっていかに大切なことだったかがよくわかります。また服のディテール、襟の空き具合、布の落ち方などが、どれだけ彼の専心事だったことかもわかりますね」

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マルタン・マルジェラがエルメスのデザイナーを務めていたことを知らない人も多いそうだが、知っている人でもこの展覧会で信じられないほど上質な素材や複数の着方を、展示されている服と映像で再確認できる。

≫ コミッショナーのマリ=ソフィとマルタンの出会い。

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コミッショナーのマリ=ソフィとマルタンの関係。

マリ= ソフィとマルタンの関係は30年以上も前に始まったという。彼女がガリエラ美術館で働き始めた1987年、美術館は歴史的な服とオートクチュールに重心を置いていていまほどの活気がなかった。館長は今日のモードを美術館に招き入れるべくコンテンポラリー・クリエーション部門を設け、その責任者に若いマリ=ソフィを指名。美術館の所蔵作品として、何を選ぶべきか。これが彼女の課題となった。

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装飾美術館で開催中の『マルジェラ、エルメス時代』展のコミッショナー、マリ=ソフィ・キャロン・ドゥ・ラ・キャリエール。「マルタン・マルジェラは他のベルギーのクリエイターと違い、パリに自分のメゾンを築きました。だからこの展覧会がパリで開催されるのは、とても当然のことなのです。モード関係者以外にも理解しやすいような説明書きをしているのは、マルタンの希望なんですよ」

「それ以前、私はモードから遠い場所にいたので、まずは観察することから始めました。そして一種の直感が働いたのでしょうね。マルタン・マルジェラの話題を耳にし、彼の3回目のコレクションを見に行って、彼こそがガリエラ美術館の新部門の冒険のパートナーになる!と確信したのです」

こうして彼女とマルジェラとの出会いがあり、そして毎シーズン、ガリエラ美術館のコレクションにメゾン マルタン マルジェラの2シルエットが所蔵されることになった。1シルエットは美術館が購入し、もう1シルエットはメゾンからの寄付という形で。2シルエットのセレクションはマルタン・マルジェラ自身が行っていたそうだ。現在ガリエラ美術館で開催中の『-Margiela Galliera- 1989/2009』展では、小物も含め美術館が所蔵するピースが多数展示されていることに驚かされるが、その背景にマリ=ソフィとマルタンのこうした関係があったのだ。

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マルタン・マルジェラを象徴するアイテムのひとつ、「タビ」ブーツ。ガリエラ美術館でもパリ装飾美術館でも落書きされたものがガラスケースの中に展示されている。これは1991年にガリエラ美術館で6名のクリエイターが参加して開催された『le monde selon ses créateurs』展において、白の「タビ」ブーツに来場者が自由に表現を!と会場に置かれた3足からの2足。当時美術館の学芸員だったマリ=ソフィが、この展覧会のコミッショナーを務めた。

『マルジェラ、エルメス時代』展 では前述したように、メゾン マルタン マルジェラの仕事とエルメスの仕事をテーマ別に並列している。「シルエット」でスタートするのだが、テーマによってはエルメスの隣に並ぶメゾン マルタン マルジェラの服の方が後にデザインされたものであることもある。エルメスでの仕事によってマルタン・マルジェラ自身のコレクションにどのような影響が及ぼされたのだろうか。

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展覧会は「シルエット」からスタートする。左がメゾン マルタン マルジェラのデビューコレクションである1989年春夏コレクション。綺麗に作られたグラマラスな服が主流の時代に、彼は極めて肩幅の狭まった窮屈に思えるほどのシルエットを提案した。右が約10年後、エルメスでの初のコレクションとなった1998〜99年秋冬コレクション。パワー・ドレッシングの時代に、マルジェラはゆったりとした丸みのあるシルエットを提案した。

「この展覧会では、エルメスとメゾン マルタン マルジェラの対話が彼自身のクリエイションに続いていることを見せることも、マルタンの希望でした。トレンチコートを例にとりましょう。まず、メゾン マルタン マルジェラの2002年のトレンチ。断ちっぱなしだったり、オーバーサイズだったりラフなものですね。エルメスを辞めた後の2006年の白いトレンチを見てみましょう。エルメスでカシミアを始めノーブルでしなやかな素材を扱ったことで、流れるようなシルエットになっていますね。エルメスを辞めた後、彼は自分のコレクションではもちろん実験的な服作りを続け、クリエイションにノーリミットで専心し続けました。でも、エルメスで知り得たサヴォワール・フェール。私の視点ですが、彼はこれにとても刺激を受けたと言えますね」

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エルメスの2003年春夏コレクションで発表されたトレンチコート。さまざまな着方ができる。photo:Stany Dederen

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メゾン マルタン マルジェラのトレンチ。2000年の2着のオーバーサイズのトレンチはマルタン・マルジェラ個人の所蔵品だ。2006年春夏コレクションの白いトレンチは赤い氷をつなげたベルトがショーの間徐々に溶けて、トレンチに跡を残すというもので、流れるようなシルエットである。これと背合わせの展示は、エルメスの2001年春夏コレクションの仔羊革のソフトで軽いトレンチ・コート。

マルタンが自分のブランドに専念するために、エルメスを辞めたのは2003年。2004年春夏コレクションがエルメスにおける彼の最後のコレクションだ。したがって、このシーズンより後の彼のブランドの服が展示されていたらエルメス以降ということになるので、気をつけて見てみよう。ガリエラ美術館の展覧会と同じく、ここでも服はガラスケースなしで、とても近くで見ることができるのがうれしい。

「マルタン・マルジェラは服がすぐ近くで見えるようにショーを構成していました。それは自分のブランドでも、エルメスでも言えることです。エルメスでもブティック内で開催した最初のショーの時から、高いランウェイは設けず、モデルたちが歩くのは触れられる距離のところでした。会場で流されているショーのビデオから、それはわかりますね」

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手にとれるほどの至近距離で服が展示されている。エルメスのハイクオリティな素材にため息、美しくカットされたシンプルなフォルムの服の流れにうっとり……。ボタンやダーツなどを極力控えた服作りをマルジェラは心がけていたそうだ。彼が作り上げたエルメスの女性像は時代を超越して洗練の極みである。

展覧会ではメゾン マルタン マルジェラのショーのビデオをいくつか見ることができるのだが、マリ=ソフィは最後にこう付け加えた。「マルタンは顔を公表しないので彼の姿を見ることができない、とよく言われますね。でも、最後のテーマ『losange(菱形)』で流されている地下鉄駅でのショーのビデオの中で、モデルたちの腕にペインティングしている彼を、ちらりとですが見ることができるんですよ」と。

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1992年春夏コレクションより。珍しくプリント柄が登場したコレクションで、モデルたちの身体には身につけている服のモチーフがビデオで見られるように手描きされた。

もしマルタン・マルジェラの仕事にはあまり馴染みがなくって、というのであれば、階段下にある2フロアのつなぎ目のような小さな空間から展覧会をスタートするのもいいかもしれない。ここのテーマは「patrimoine(遺産)」。「ケリー」バッグやカレといったエルメス特有のシンボルを、マルタンがどのように取り入れたかをここで知ることができる。例えば、ロゴのH。マルジェラは表立った使い方はせず、ボタンホールをかがるとHが描けるように、穴の数を4つではなく6つにするという控えめな方法をとった。なんとエレガントで賢い発想だろう。カレの裏から表に巻いて手かがりするテクニックは、ブラウスに活用した。今も時計「ケープコッド」のブレスレットとして人気のドゥブルトゥールはマルジェラが1991年に生みだしたもので……まだまだあるので、続きは展覧会場で。この部屋で見知った、彼がもたらしたエルメスでの革新を見ることによって、マルタン・マルジェラがエルメスで成した仕事全般への興味が、そしてマルタン・マルジェラ自身のブランドにも興味が湧くことだろう。

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「ケリー」バッグのアイコニックなカデナ・ホルダー。マルジェラは2001〜02年秋冬コレクションで、カデナ・ホルダーを拡大したキーホルダー・ペンダントを発表。その直後、セレクトショップのコレットではショーケースをあける鍵用にこのペンダントを身につけて仕事をする販売員たちが続出、というエピソードも。

『Margiela, les années Hermès』展
会期:開催中〜2018年9月2日
会場:Musée des Arts Décoratifs
107, rue de Rovoli
75001 Paris
tel:01 44 55 57 50
開)11:00〜18:00(木〜21:00)
休)月
料金:11ユーロ(ガリエラ美術館で開催中の『Margiela / Galliera 1989-2009』展の普通料金のチケットを提示すると、割引料金8.5ユーロとなる。期間は7月15日まで。装飾美術館のチケットはガリエラ美術館での割引に有効)

réalisation:MARIKO OMURA

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