21世紀のブシュロン、ハイジュエリーの素晴らしい冒険。
Paris 2020.08.21
新しいハイジュエリー「コンテンプレーション(黙想)」。
2011年、35歳の若さでブシュロンのクリエイティブディレクターに就任したクレール・ショワンヌ。この夏に発表された新しいハイジュエリーコレクション「コンテンプレーション(黙想)」は、これまでのジュエラーの仕事と少し異なっている。ブシュロンのコードを感覚的に解釈した、とても私的なアプローチによる3年がかりのクリエイションなのだ。自然界はハイジュエラー、ブシュロンの1858年の創業以来の大きなインスピレーション源で、花や葉、鳥や羽根といった美しいモチーフのジュエリーが過去に多数クリエイトされている。コレクション「コンテンプテーション(黙想)」も自然にインスパイアされているけれど、クレールはその美しさのみならず、そこにあふれる儚さを形にすることを試みたという。
「雲が流れる、雫が落ちる、羽根が舞う……こうしたシンプルなことに観察できる、うたかたの美を捉える。これがこのコレクションの意図でした」
クレールのこの意欲的かつ私的なアプローチは21世紀のハイジュエリー界に新しい素材、新しいテクニックをもたらすことになった。驚くような素材や技法……クレール自身の言葉によるクリエイションの裏話とともに、67点の新作の中から画期的な数点を紹介しよう。
クリエイティブディレクター、クレール・ショワンヌ。
グット ドゥ シエル(空のかけら)
空のかけらをとらえて女性の首の周りに! こう願ったクレールは、空の青さと儚さを表現する素材を探し求めに求め、エアロゲルにたどり着いた。NASAが宇宙空間でスターダストを集めるパネルに使用する、99.9%が空気という極めて軽い素材である。光によって微妙に色が変わる神秘的なこのエアロゲルをジュエリーのための特殊なカットができる研究者は世界でたったひとり。彼とのコラボレーションによって、空の雫を思わせるフォルムをブシュロンは得ることができたのだ。それを極薄のロッククリスタルに収めて生まれたのが、世界で唯一の「空のかけら」である。
「ブシュロンにはまず最初にクリエイションの自由があり、次いでクリエイトしたいジュエリーを可能にするテクニックを探すのです。既存の技術で不可能な場合は、実現のための技術の革新も厭いません」とクレールは語る。
エアロゲルをロッククリスタルのカプセルに包み込んだネックレス「グット ドゥ シエル(空のかけら)」。
光や投影される色合いによって、色を微妙に違えるエアロゲル。
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フネートル シュール シエル(空への窓)
このコレクションのテーマについて考え始めた3年前、彼女は瀬戸内海、直島への旅をした。自然の中で芸術作品を眺めるというコンセプトがとても気に入ったそうだ。そこで、いつまでも眺めていたいという気になったのが、安藤忠雄が建築した地中美術館でのジェームス・タレルの『オープン・スカイ』。天井が開かれ、その窓から空が切り取って見える。このインスタレーションがダイレクトなインスピレーションとなって生まれたのが、この「フネートル シュール シエル(空への旅)」だ。雲が流れる空が描かれた長方形の布のようにしなやかなスカーフネックレスである。
「ダイヤモンドあるいはマザーオブパールを重ねた8角形のチタンを編んだメッシュです。スレートグレーのラッカーでマザーオブパールをエアブラシで着色して、空のデッサンを再現しました。着色しても透明なラッカーなので、下からマザーオブパールの輝きが透けて見えます。ポエティックで繊細な技術の快挙ですね。チタンはゴールドに比べずっと軽い素材なので、このように大きなピースも作れるのですよ」
ホワイトゴールド、チタン、35カラットのカボションカットのタンザナイト、マザーオブパール、ダイヤモンド ラッカー。
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アヴァン ル フリソン(風がそよぐ前に)
空から、植物の世界に目を移したクレール。「どんな植物によってコンテンプレーションを表現できるだろうか、と考えた時、繊細で軽いタンポポだという答えにごく自然にいたりました」
タンポポを具象的ジュエリーと抽象的ジュエリーの2タイプでデザインをしたのが「風がそよぐ前に」である。
「ふんわりと綿毛が風に飛ぶ。その軽やかさを表現するために、新しいトレンブラン技法を開発しました。髪の毛のように細いチタンの糸で、その先端にダイヤモンドのドロップをあしらって……。わずかな動きにもフワンと揺れるんですよ。ゴールドと違ってチタンは形状記憶ができ、さらに着色もできます。ゴールドに比べると、たとえば溶接といった仕事をするのははるかに難しい。それでもチタンにこだわったのは、表現したいことに最適な素材だからなんです」
チタンの軽さを利用し、タンポポの綿毛が風にそよぐように揺れるジュエリー。
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ミュルミュラシオン(鳥の群れ)
上空でダンスするようにざわめく鳥の群れをジュエリーにする。そのためには無数の鳥が必要なのだが……
「鳥の群れというアイデアは以前から持っていたものです。でも1羽ごとの鳥の姿が小さくなくてはならず、メタルやパヴェのダイヤモンドでは実現できません。いかに鳥の縮尺を小さくできるだろう、と考えました。その結果、レーザーのテクニックとクリスタルを用いることで、鳥の群れを閉じ込めた透明なネックレスが可能になったのです」
これはガラスを使用しての試作。これもまたオブジェのように美しい。
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ニュアージュ アナペサントゥール(無重力の雲)
「女性の首の周りにダイヤモンドの雲を再現したい、という願いがこのネックレスの出発点です。空中に漂うように軽く、ジュエリーというより雲が感じられることが大切でした。このネックレスについてはデッサンをせずに、ボディの上にコットンのマケットを置いて仕事を開始しました。包み込むようなフォルムのコットン。それをスキャンして……」
サイズが異なる空気中の無数の小さな水滴の集合が雲。この説明からプログラマーはアルゴリズムを形成した。できあがった理想の雲の3Dのデッサンをもとに、アトリエは水滴をダイヤモンド、ガラスのビーズで置き換えたのだ。それらはナイトブルーに染められたチタンの細い糸の先端にクローズドセッティングされている。
「手にとって変形しても、チタンが形を記憶しているので元に戻るんですよ。思いがけないリアクションを見せるネックレスです。タンポポでも使ってるチタンの糸を使った新しいトロンブラン技法。これを表現する名前がまだないので、ぜひ見つけたいですね」
チタンを使用することで、雲のような軽やかなネックレスに。
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ブシュロンの歴史がインスパイアするモダンジュエリー
このコレクションにはアーカイブピースやメゾンのコードを現代的に新解釈したジュエリーも少なくない。
たとえば、「フレッシュ デュ タン(時の矢)」。このモチーフが最初にブシュロンに登場したのは1873年に遡る。アーカイブピースはオニキスとダイヤモンドだが、今回のコレクションでは白いホワイトゴールドで。
「矢の先をアーカイブピースと少し変えただけです。ハイジュエリーでも日常的に使えるコンテンポラリーな付け方は?と考えました」
矢のモチーフは当時にしてもモダンなものだったが、さらにクレールは矢が耳を貫くようなピアスにデザインし、21世紀のジュエリーに変身させたのだ。このほか、ブシュロンでおなじみの羽根や葉など自然界のモチーフ、初の香水のボトルなどからインスピレーションを得てクレールはシンプルで軽やかな現代的ジュエリーをこのコレクションにプラスした。19世紀に創業された老舗のジュエラーの貴重な財産をリスペクトしつつ、次々と新風を吹き込んでいく頼もしいディレクターだ。
「フレッシュ デュ タン(時の矢)」のネックレスとピアス。
左:「グット ドゥ シランス(沈黙の雫)」はメゾンのアイコンコレクションである「セルパンボエム」を、落ちる瞬間に長く形を変える雫のイメージでの再解釈。
右:「ペルル ドゥ プリュム(真珠の羽根)」。1889年のパリ万博で金賞を受賞した創業者によるクエスチョンマークネックレスをフェミンでコンテンポラリーなネックレスに。孔雀の羽はメゾンのコードのひとつで、ここではパールとダイヤモンドであしらわれている。
左:飛び立つツバメの姿をとらえた「エル デュ ヴァン(翼の風)」。1895年に制作されたホワイトゴールドのダイヤモンドのヘアアクセサリーにインスパイアされたジュエリーだ。
右:マザーオブパールの柔らかさにダイヤモンドの煌めきを絡ませた「バトゥマン デル(翼のはためき)」は、1906年のティアラがインスピレーション源。
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réalisation : MARIKO OMURA