Hot from PARIS いまパリで起きているコト テロを生き延びた女性風刺画家が伝える、生きる力。
Paris 2021.06.14
いまのパリで注目の出来事を、パリ支局長の髙田昌枝がリポート。
世界を震撼させ、表現の自由や宗教の尊厳について議論を呼んだ「シャルリー・エブド」事件から6年半。襲撃現場に居合わせ、いまも事件のトラウマと向き合う女性風刺画家が描いた一冊が語りかけるものとは。
「Je Suis Charlie(私はシャルリー)」を覚えているだろうか。2015年1月7日、ムハンマドの風刺画などでイスラム過激派の脅迫を受けていたフランスの風刺新聞「シャルリー・エブド」が襲撃され、12人が死亡した。この事件をきっかけに、風刺画をめぐるさまざまな論議とともに、表現の自由を支持する運動が世界に広まった。
それから6年。メトロのホームに2枚組の巨大ポスターが登場した。大波の下で、子どもを抱いてうずくまる女性のイラストには「Oui, ça va aller. Vivre, c'est indispensable.(大丈夫。生きなくては)」の言葉が添えられている。隣は、このイラストが収められた書籍の真っ青な表紙だ。「シャルリー・エブド」襲撃事件を生き延びた風刺漫画家ココが上梓した、350ページに及ぶバンド・デシネ『Dessiner Encore(もっと、描き続ける)』が、大きな反響を呼んでいる。

メトロのホームのポスター。本の表紙(右)の紙と鉛筆が「描き続ける」思いを象徴する。
編集会議を早退したところでテロリストと鉢合わせし、銃で脅され案内させられたココは、自責の念にさいなまれ続けた。事件の裁判で証言台に立つことになった彼女は、この日の出来事を語るためにデッサンを描き始める。
そこから、この本が生まれた。

『Dessiner Encore』Coco 著 Les Arènes BD 刊 28 ユーロ
冒頭12ページにわたって描かれた、大波に翻弄され、もがき続ける自分自身。どんな時にもこちらを見つめる、目出し帽をかぶったテロリストの影。そんなトラウマを描き出すイラストには、心を揺さぶる力強さがある。一方、心理セラピーの形で語られる事件当日やその後の日々の描写は実に細やかで、月日とともに忘れ去られようとする集団的記憶を、読み手にしっかりと蘇らせる。

波に翻弄されるココ自身を描いた冒頭からの12ページ。「大丈夫な時もある」「溺れてしま
うこともある」「持って行かれてしまうことも」

「シャルリー・エブドに案内しろ」と銃を突きつけられて。

事件直前の編集会議。「会議はほぼ終わったから、荷物をまとめた......」
ブルーの色使いが印象的なこの本について、ココはこう語る。
「青は冷静さと安らぎの色。自分の中の怒りや憤慨は新聞で表現するために取っておき、この本では未来を、生きることを語りたかった。どんなに辛いことがあっても、どうやって命にしがみつき、生きていくかを」
この本が注目されるのは、テロを語るからではない。死の恐怖とサバイバーズ・ギルトを抱えながら、描き続け、生きていく姿。そのイラストの力が、読み手それぞれの心に共鳴し、前進する勇気を与えてくれるからなのだ。
*「フィガロジャポン」2021年7月号より抜粋
●1ユーロ=¥133(2021年5月現在)
text: Masae Takata