パリの6つの美術館でイヴ・サンローラン展、同時開催!
Paris 2022.02.23
『美術館のイヴ・サンローラン』展の共通ポスター。
いまは亡き偉大なるクチュリエ、イヴ・サンローランがクチュールメゾンを創設したのは1961年12月。今年はその60周年であり、またポンピドゥー・センターで彼が最後のクチュールショーを開催し、モードシーンから彼が引退してから20周年にあたる。5月15日までパリ市内の6つの美術館で、『美術館のイヴ・サンローラン』という共通タイトルの展覧会が同時開催中だ。アート作品が彼にとっておおいなるインスピレーション源だったことが、6つの美術館をめぐることで再確認できる。
イヴ・サンローラン美術館
かつてのクチュールメゾンがあった建物(創業は同じ16区でもスポンティーニ通りだった)内に生まれたイヴ・サンローラン美術館。ここが6カ所をめぐる際の一種の出発点となる。オートクチュールの完成品は1988年春夏コレクションの“ヴァン・ゴッホにオマージュを捧げるジャケット”1着のみ。美術館内の最初の一室を占めているのは、1962~2002年までのクリエイションの中から最後のショーで選ばれた服のデッサンである。それに続いて型紙、帽子型、トワル、ボタンなどアトリエの仕事にフォーカスを置いた展示で、クチュールピースが生まれる裏方の仕事を展開。イヴ・サンローランがアシスタントたちと多くの時間を過ごし、フィッティングを行って……といったアトリエが生前当時のまま残されていて、そこも訪問できる。なお、階段途中の小さな部屋では、2019年に制作されたイヴ・サンローランの生涯を追った10分弱のショートフィルムを上映。彼についてあまり詳しくないという若い世代は、彼のモード界での軌跡を駆け足ながら知ることができるので、ここから始めるのもいいかもしれない。
美術館はかつてのクチュールメゾンだった建物。photos:Mariko Omura
トワルの展示室。©️Nicolas Mathéus
デッサンに始まり、クリエイションの工程のすべてがコレクションごとに保存されている美術館ならではの展示。photos:Mariko Omura
クチュリエのアトリエ。photo:Mariko Omura
会期:開催中~2022年5月15日
Musée Yves Saint Laurent Paris
5, avenue Marceau (入口 3, rue Léonce Reynaud )
75116 Paris
開)11:00~18:00(火~金、日) 11:00~21:00 (土)
休)月
料:10ユーロ
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パリ市立近代美術館
ほかの5つの美術館は、それぞれの展示芸術作品に呼応するクリエイションを併置する形式の展覧会だ。イヴ・サンローラン美術館から徒歩で行けるパリ市立近代美術館では入場無料の常設展会場にドレスを配置。自由に美術館内を歩いて回るのもいいが、エントランスにQRコードが用意されているので、それに沿って辿れば見逃すことなく効率よく鑑賞できる。サンローランのクリエイションが展示されることにより、美術館が所有する作品の豊かさにあらためて目を向けさせられる。
ラウル・デュフィの『電気の精』(1937年)の部屋での展示は、主に1992年秋冬コレクションから。photo:Mariko Omura
コースの出発はラウル・デュフィの『電気の精』の部屋から。この作品にサンローランは特に言及はしていないものの、1992年秋冬コレクションのサテンのシンプルなロングドレスとショートコートの、たとえばフューシャピンクとウグイス色といったカラーコーディネートは、デュフィのこの大作の中にあふれる色にインスパイアされたのでは?と思わせる。この展示は来場者の大勢がインスタグラムにあげているけれど、誰ひとりとして写真の失敗がないといえるほど絵画とドレスの色が見事にマッチしているのだ。順路の次はサンローランに直接的にも間接的にも多くの影響を与えた芸術家といわれるマティスの部屋へ。とりわけ彼の『未完成のダンス』の前に展示されたボリュームたっぷりのガウンとマティスの作品のブルーグレーの対話は、『電気の精』の部屋同様にふたつの世界の共鳴が感動的である。
アンリ・マティスの『未完成のダンス』(左)と『パリのダンス』。photos:Mariko Omura
この後はフロアを変えて、アンディ・ウォーホルが1972年に制作したサンローランのポートレートに迎えられ、次いでエッフェル塔に面した窓を右手にしながら常設展会場を進んでゆく。ピエール・ボナールの作品の色彩にインスパイアされた2001年の幸せ色のドレスのように直接の影響を受けたドレスもある一方、たとえばデ・キリコやフォンタナの部屋ではコレクション発表時の解説に具体的に名前が挙げられていないが影響が感じられるドレスなどを展示。マネの『草の上の昼食』にインスパイアされてアラン・ジャケが1964年に発表した写真の印刷の網目を強調した『草の上の昼食』のオプティカルの遊びを見出せる幾何学モチーフのジャケットは、インダストリアルな生産によるサンローラン初のプレタポルテのコレクションから。ジャケの作品が一点ものではなく100点のセリグラフィーという点にも、サンローランは注目したのだ。
左: 1930年代を舞台にした映画『薔薇のスタビスキー』(1974年)のためにデザインしたコスチュームの展示はアール・デコ室にて。 中: ルチオ・フォンタナの部屋に展示されている1975年秋冬コレクションのドレス。 右: ピエール・ボナールが1930年に描いた庭の絵画にインスパイアされた2001年春夏コレクションより。photos:Mariko Omura
アラン・ジャケの『草の上の昼食』(1964年)に並べた、1966年春夏コレクションのジャカードのジャケット3点と1969年春夏コレクションのシルクドレス。©️Nicolas Mathéus
会期:開催中~2022年5月15日
Musée d’Art Moderne de Paris (MAM)
11, avenue du Président Wilson
75116 Paris
開)10:00~18:00
休)月
www.mam.paris.fr/
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ポンピドゥー・センター
常設展内に展示というのはポンピドゥー・センターでも同様で、5エム・エタージュと4エム・エタージュが会場だ。モンドリアン、ピカソ、ドローネーたちの作品の色やラインに触発されて彼は、時代のアートとモードを結びつけることに貢献。5エム・エタージュの入り口で、彼のクリエイションの配置場所を示す会場図を入手するのを忘れないように。
左: ジャンルー・シーフが1971年に香水の広告用に撮影したイヴ・サンローラン。 右: アンリ・マティスの『ルーマニアのブラウス』と1981年秋冬コレクションのアンサンブル。photos:Mariko Omura
ジャンルー・シーフが撮影したイヴ・サンローランのヌード写真に迎えられ、最初のクチュールピースはマティスの『ルーマニアのブラウス』(1940年)にインスパイアされた1981年の秋冬コレクションのアンサンブル。次いで1988年の「アーティストたちへのオマージュ」コレクションからジョルジュ・ブラックへのオマージュのケープ……卓越したアトリエ仕事が生かされたサンローランのクリエイションと20世紀の偉大な芸術家たちの出会いにわくわくする。次に見られるのはどのアーティストの作品と? 有名なモンドリアンのワンピースはどこに?と、まるで宝探しをしているような興奮に駆り立てられるのは、ポンピドゥー・センターが所蔵する現代作品の魅力の大きさにも由来するのだろう。心弾ませる展示である。
エルスワース・ケリー、ソニア&ロベール・ドローネー、フェルナン・レジェ。スタイルさまざまな20世紀の芸術家たちにインスパイアされ続けたイヴ・サンローラン。photos:Mariko Omura
左: 1965年秋冬コレクションの有名なモンドリアン・ドレス。 右: Gary Humeの『The Moon』(2009年)と1966年秋冬コレクションのTom Wesselmannへのオマージュドレス。photos:Mariko Omura
左: エテル・アドナンの作品と、1966年秋冬コレクションのポップアートへのオマージュから。 右:Agamのカラフルな作品は、エリゼ宮内ジョルジュ・ポンピドゥーのプライベートアパルトマンの玄関のためにデザインされた。1968年、1969年、1970年のサンローランのポップアート的クリエイションとともに。photos:Mariko Omura
会期:開催中~2022年5月15日
Centre Pompidou
Tel 01 44 78 12 33
開)11:00~21:00
休)火
料:14ユーロ
www.centrepompidou.fr
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ルーヴル美術館
ルーヴル美術館ではドゥノン翼のアポロン・ギャラリーが会場である。まずここに辿り着くまでがなかなかの距離なのでサンローラン展だけを目指して行くというより、ルーヴル美術館に行ったら偶然サンローラン展も見ることができた!といったスタンスで行くのがいいだろう。
贅を尽くした壁と天井の装飾に囲まれた長い空間の中央に設置されたウィンドウで、王冠など豪奢な美術工芸品を展示しているギャラリーである。ここに展示されているのは、刺繍をはじめフランスの職人の手仕事が生かされたゴールドに輝く3着のジャケットと、有名な巨大なハートのブローチ。展示のガラスケースに周囲の装飾が映り込み、豪華さを倍増させる展示法に幻惑される。
豪奢な内装と宮廷着のようにゴージャスなオートクチュールの競演をアポロン・ギャラリーで! photos:Mariko Omura
会期:開催中~2022年5月15日
Musée du Louvre
開)9:00~18:00
休)火
料:17ユーロ
www.louvre.fr
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ピカソ美術館
ピカソ美術館は美術館も小規模の上、サンローランの展示が2階のサロン・ジュピター1カ所にコンパクトにまとめられている。そのキャリアの中で何度もピカソ期が見られるように、ピカソに魅了されていたというサンローラン。1979年にバレエ・リュス展を見た後で彼が発表した“絵画に捧げるコレクション”は、これはピカソとディアギレフへのオマージュとも呼ばれるコレクションだ。
1988年には1907~12年のピカソとブラックのキュビズムの仕事におおいに影響を受けたコレクションを発表。そのトワルなどはイヴ・サンローラン美術館に展示されているが、そのコレクションから2点のジャケットの完成品がサロンのひとつの壁を占めている。会場の中央、女性の横顔がスパンコールで前身頃に刺繍されたドレスは、階段を挟んだ向かい側の壁に掛けられた『ストライプの帽子をかぶった女性像』(1939年6月3日)にインスパイアされた1979年の“パブロ・ピカソへのオマージュ”ドレスだ。またそれと同じコレクションのブルーのジャケットを、ピカソの『ニュッシュ・エリュアールのポートレート』(1937年)と並べて展示。ニュッシュが着ているのはエルザ・スキャパレリによるスーツで、このブルーのジャケットはピカソのみならず、計り知れない才能の持ち主と彼が称えるスキャパレリヘのオマージュでもあるのだ。その後のあるインタビューで、「画家の中でいま自分は誰にもっとも身近と感じますか?」と質問された際、サンローランは 「いまも変わらずピカソです」と答えたという。
左: 1979年秋冬コレクションのドレス。 右:『Bust de femme au chapeau rayé』(1939年6月3日)photos:Mariko Omura
パブロ・ピカソ作『Portrait de Nusch Eluard』(1937年)と1979年秋冬コレクションのウールのジャケット。photos:Mariko Omura
会期:開催中~2022年5月15日
Musée national Picasso -Paris
5, rue de Thorigny
75003 Paris
Tel 01 85 56 00 36
開)10:30~18:00
休)月
料:14ユーロ
www.museepicassoparis.fr/
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オルセー美術館
オルセー美術館で名物の大時計のあるフロアでは、1971年にロスチャイルド男爵夫妻が作家プルーストの生誕100周年を祝って、パリ郊外に所有する城で開催した有名な“プルーストの舞踏会”をテーマに展開される。その5年前にニューヨークでトルーマン・カポーティが開催した「ブラック・アンド・ホワイト・ボール」を彷彿させる豪華さと話題の大きさゆえに、社交界の誰もが招待されたいと切望した舞踏会である。このためにサンローランにドレスを依頼したのは主催者の男爵夫人、ジェーン・バーキン。プルーストの名著『失われた時を求めて』にインスピレーションを得て、サンローランはベルエポック風のドレスをデザインした。この2着の淡い色のドレス中心にサンローランの名前に結びつくスモーキング5体が、大時計の前で美しい舞踏会風景を再現している。同じフロアで少し離れた小部屋(展示室41)では、舞踏会にまつわるデッサン、写真の展示。華やかなテーマだが、展示はほかの美術館に比べると少々地味に感じられるかもしれない。
「プルーストの舞踏会」©️Nicolas Mathéus
左: 中央がサンローランによるドレスを着たジェーン・バーキン。 右: 1957年にパリのランベール館にてアレクシ・ドゥ・レデ男爵が催した「Le Bal des Têtes(ヘッド・ボール)」のための帽子のデザインのクロッキーなども展示。photos:Mariko Omura
会期:開催中~2022年5月15日
Musée d’Orsay
Esplanade Valéry Giscard d’Estains
75007. Paris
Tel 01 40 49 48 14
開)9:30~21:45
休)月
料:16ユーロ
editing: Mariko Omura