印象派ファン、次の行き先はアルジャントゥイユのモネの家。

Paris 2022.09.17

1874年から3年間、クロード・モネが暮らした家

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左:アルジャントゥイユ行きの電車が出るパリのサン・ラザール駅でクロード・モネのひなげしに出合う。 右:アルジャントゥイユの印象派の家では、ストリートアーティストC215によるモネのポートレートに迎えられる。photos:Mariko Omura

クロード・モネといえばノルマンディー地方ジヴェルニーの家が観光地として有名である。彼が1883年から晩年を過ごし、その庭園の池に咲く睡蓮の作品を彼は多く残している。今年9月17日、彼が1874年から3年間を妻カミーユ、息子ジャンと暮らしたイル・ド・フランス地方アルジャントゥイユの家が「Maison Impressionniste Claude Monet(印象派の家 クロード・モネ)」という名称で一般公開されることになった。

パリのサン・ラザール駅からイル・ド・フランス内を走るトランシリアンJ線に乗り約20分で到着するアルジャントゥイユ。家は駅から、すぐの場所にある。個人所有となっていた家が売りに出た際に市が買い上げ、20年近くかけて公開に向けて準備を進めた家だ。モネに限らず、19世紀後半にマネ、ピサロ、カイユボットといった画家たちに愛されたアルジャントゥイユ市にとって、この家は印象派たちとの結びつきを物語るスポットとして大切な建物である。一般公開される家は彼がアルジャントゥイユで借りた2軒めの家で、最初の家はそこから150メートル先の場所だったが、いまは取り壊されてしまっているそうだ。

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家はアルジャントゥイユの駅から線路沿いに徒歩2〜3分の場所にある。家の左側は展示スペース用に新たに付け加えられた部分だ。photos:Mariko Omura

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モネの作品の中にもよく登場した庭。彼が暮らしていた当時はさらに右に広がっていた。photo:Mariko Omura

クロード・モネがアルジャントゥイユに暮らしたのは1871年から78年までと長くはないものの、その間に彼は259点もの作品を制作し、そのうち156点がアルジャントゥイユを描いている。もっとも、市はモネの作品を所有していないので、この家で見る彼の作品はすべてデジタルの複製によるものだ。眼のピクトグラムが家具の扉や引き出しに描かれ、そこを開くとモネがアルジャントゥイに暮らした7年間に製作した作品が登場するという仕掛けである。有名な『印象・日の出』(1872年)、『ひなげし』(1873年)、『日傘をさす女性』(1875年)、『サン・ラザール駅』(1877年)……。彼の有名な作品の多数がアルジャントゥイユ時代の作品だったのだと驚かされる。サン・ラザール駅から出る鉄道がアルジャントゥイユに停まるようになったのは1863年。当時のアルジャントゥイユには昔ながらの牧歌的雰囲気と新たに押し寄せた工業化の波が共存していた。どちらもモネが情熱を傾けるテーマである。近くのセーヌ河沿いで自然を描き、同時に徐々に進む都市化も彼は描いたのだ。また彼は1878年に引っ越すまでアルジャントゥイユを起点にル・アーヴルなどノルマンディー地方やパリでも作品を制作していた。

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モネの作品は家具の中に隠されている。眼のピクトグラムを見たら、どんどんと開いてゆこう。© Ville d’Argenteuil

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モネが暮らした家の内装について記録は残されておらず再構築は不可能。当時のエスプリが漂う空間が作られた。19世紀後半の家具のボリュームとスタイルを持つ家具が選ばれ、それぞれの部屋の色に合わせて塗装されている。photos:Mariko Omura

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家は今回の公開にあたり修復工事が行われたが、それはモネの暮らした家の再現ではなく、19世紀の家のエスプリを守ることを第一義にした作業だった。彼が残した作品から地上階には庭に面したガラス張りのベランダがあったことがわかり、それは再構築されている。家の裏の庭も見学ができるが、モネが暮らした当時には存在しなかった建物が立ち、庭の広さはぐっと狭まっている。庭で妻のカミーユが立つ光景を描いた作品などからも察せられるように、かなり奥行きの深い庭だったのだが……。これは後方の建物を見ないようにして、当時を想像するのがいいだろう。家の中、地上階はモネ一家のアルジャントゥイユ到着をテーマに構成され、上の2つのフロアは部屋ごとにテーマが異なる。見学のハイライトとなるのは3階のモネのボート・アトリエを再現したスペース。モネはこの家に住み始めた頃から経済的に余裕ができ、家の近くを流れるセーヌ河に浮かぶボートを購入し、アトリエとして使っていた。彼がそこで絵を描く姿は、友人のエドゥアール・マネの『水上アトリエで制作するモネ』(1874年)に残されている。

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地上階、庭に面してベランダがあったことは、モネが残した絵に見ることができる。photos:(左)©️Ville d’Argenteuil、(右)Mariko Omura

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セーヌ河に浮かぶボート・アトリエをイメージした部屋。このテーマに合わせてクリエイトされた香りを嗅ぐことができる。

Maison Impressionniste Claude Monet
(2022年9月17日開館)
21, boulevard Karl Marx
95100 Argenteuil
開)10:00~18:00(水・土)、14:00~18:00(日)
料:5ユーロ
www.argenteuil.fr/fr/la-maison-impressionniste-claude-monet

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その昔、アスパラガスで知られたアルジャントゥイユ

パリの北西に位置するアルジャントゥイユはセーヌ河畔の街である。19世紀初頭は渡し船が必要だったが、橋が1832年に造られた。モネの作品にも『アルジャントゥイユのセーヌ川』(1875年)があるように、河岸の光景や舟遊びを楽しみにパリから来る人々の姿は大勢の画家たちを魅了したのだ。19世紀半ばに鉄道が通い、パリと往復しやすくなったアルジャントゥイユに週末の別荘を構えるパリジャンたちが後をたたなかった。彼らが建てるのはシックな建築物で、その隣には使用人のためのさほどシックではない建物が併設されて……。モネの家と線路を挟んで反対側には、パリの別荘族の建物が多く残されている。アールヌーヴォー、アールデコ様式の瀟洒な一軒家を探して歩くのも、アルジャントゥイユのひとつの楽しみ方だろう。

鉄道の発達とともに19世紀後半は産業化が進み、盛んだった野菜の栽培者はどんどんと減っていってしまった。アスパラガス、ぶどう(ワイン)、イチジクがアルジャントゥイユを代表した3つの産物だそうだ。アルジャントゥイユのワインは17~18世紀には国王が外交ギフトに用いるほどの品だったことから英国王室でも飲まれたのだが、19世紀になって質が低下してしまったとか。その一方アスパラガスは品種に“アルジャントゥイユのアスパラガス”と名を残すほど、名声を保っている。もし「Egg à l’argenteuil(エッグ・ア・ラルジャントゥイユ)」という料理をどこかのメニューで見かけることがあったら、それはアスパラガス入りのスクランブルエッグのことである。かつて、タイタニック号のファーストクラスの客用のランチメニューにも載っていたように高級品だったのだ。

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左:C215によるクロード・モネのグラフィティを市内で見ることができる。 右:不動産の会社が入っているかつての園芸商の建物。看板に描かれたアスパラガス! photos:Mariko Omura

さてフランスの歴史に興味を持つ人なら、アルジャントゥイユという名前にはピンとくるものがあるのではないだろうか。神学者アベラールとその弟子のエロイーズの20歳以上の年齢差を超えた中世のスキャンダルな愛の物語の舞台のひとつがこの街なのだ。ここで子ども時代を過ごし、また、アベラールとの間にできた婚外子の出産後にエロイーズが送りこまれたのが、いまは痕跡からその姿を想像するしかない7世紀に設立された女子修道院(L’abbay Notre-Dame d’Argenteuil)だったのだ。それゆえに彼女は“アルジャントゥイユのエロイーズ”と呼ばれ、市内にはエロイーズ大通り、エロイーズ島、エロイーズ市場とあちこちに名前が残されている。修道院跡の庭の中に建つ「L’Atelier Jardins de l’Abbaye」では、9月17日から展覧会『Transportez-moi』が開催される。馬車、鉄道、バスといったアルジャントゥイユにおける一般交通手段がテーマ。モネが暮らした時代の街の様子を知ることもできそうだ。

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左:修道院の遺跡。 右:その近くに建つキリストの聖遺物を納める「La Basilique Saint-Denys(バジリック・サン・ドゥニ)」をシスレーとモネが同じ場所から描いている。その際にわずかに見える鐘楼をモネはまったく描かず、シスレーは美的プロポーションを求め拡大して描いた。photos:Mariko Omura

editing: Mariko Omura

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