<手仕事をめぐる現代の冒険!> マリー・クリストフ、2種のペンチとひと巻のワイヤーから。

Paris 2023.02.13

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左: マリー・クリストフ。 右: 鳥は彼女の作品でおなじみのモチーフだ。

ワイヤーアーティストとして活動を続けるマリー・クリストフ。彼女が約30年前に始めた時、必要としたのはカット用と結び目用の2種のペンチとひと巻きのワイヤーだった。作品のサイズで使う太さが違うのでワイヤーの種類は増えているけれど、2種のペンチとワイヤーでクリエイトするという基本はいまも変わっていない。「何か新しいことができるっていつも思っているので、これまでワイヤーアートに退屈したことは全くないわ。常に試すことがあって、毎回がチャレンジ!」と語るマリー。5月24日には仲良しのマリー=エレーヌ・ドゥ・タイヤックとのコラボレーションによるジュエリーが、ニューヨークのギャラリー「Creel and Gow」にて発表されるそうだ。どんなジュエリーが生まれるのだろう。

「ワイヤーでオブジェを作り始めた時、これを職業にしよう、って決めてたわけじゃない。パリのペニンゲン高等芸術学校の後、私はATEPという学校で模型などボリュームについて学んでいて、そこを終えた年の夏、ちょっとした仕事ができたらって。作業場がなくても扱いやすく、それに手の届く価格で買えるワイヤーを使って何かできることがあるのでは?とBHVでワイヤーをひと巻とペンチを2本購入して作ってみたんです」

これがマリー・クリストフのキャリアの始まりだ。当時誰もしていなかったことで、ヴィクトワール広場に面したあるブティックからクリスマスのウィンドウ用にワイヤーのペンギンや白熊などのオーダーが入ったのだ。冬が来てマリーの手が生み出した動物たちが飾るウィンドウの前を通りかかったのが、ギャラリーの「En attendant les Barbares(アンナタンダン・レ・バルバール)」のオーナーだった。

「連絡がきたのよ、ギャラリー用にワイヤーでたとえばキャンドルスタンドとかオブジェを作ってもらえないかって。展覧会を提案されたのね。当時En attendant les Barbaresといったらガルースト&ボネッティ、ミジョン&ミジョンといったスターアーティストたちばかりを扱うギャラリーでしょ。私はまだ22歳。だから最初これは誰かの冗談かと思ったくらい」

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左: ワイヤーとペンチ。彼女のクリエイションを支える道具だ。 右: プレタポルテのクリエイターで友人のピエール=ルイ・マシアのために制作したハンガー。

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エルメスのL.A店のために等身大の4頭の馬、これが初の大仕事。

そして再び冗談でしょ!?と思う出来事がこの後彼女を待っていた。ギャラリーで展覧会を見たという人から連絡があったのだ。“ボンジュール。エルメスのオーナーなのですが……”と始まる電話で、等身大の馬をワイヤーで作れるかと問いかけられた彼女。「私、笑いながらウイウイって答えたのよ、これこそ冗談だと思ったから」

こうして友達とシェアしているアトリエで、彼女は故ジャン=ルイ・デュマ社長夫妻の訪問を受けることになった。エルメスがロサンゼルスにオープンするブティックはガラスの天井なので、その上を4頭の馬が通り過ぎてゆくというイメージだという説明を彼らから聞いて、自分にできるのだろうかとさすがにマリーも心配になったという。馬の身体の構造はとても複雑。試してみましょうと答えた彼女に、デュマ社長から何点もの馬の水彩画が渡された。「等身大のデッサンをするところからスタートし、それからワイヤーで船体を作るような感じに始め、そこから展開していって……。うまくいったわ!」 

デュマ社長は何度も彼女のアトリエを訪問し、素晴らしいと励ましてくれた。そして彼女はロサンゼルスのブティックのオープニングパーティに招待されたのだ。この後、カルティエやシャネルなど多くのラグジュアリーブランドから声がかかり、彼女は手にタコを作りながらも休みなくワイヤーでのオブジェ作りを続けるのだが、そんなある日、リザと名乗るアメリカの女性から電話が。

「私のアメリカでの代理人になりたいのだけど、というの。これまた冗談かと思ってしまったけど、以来、いまにいたるまでリザはずっと私の代理人よ。私は自分では何ひとつ行動しなかったけれど、このように信じられないことが次々と続いてきたの」

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基本は常にワイヤー。フォルム、素材を変えて進化させてゆく。

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自然界はマリーのおおいなるインスピレーション源。動物、鳥類、そしてタコや魚やロブスターなど海の生物も彼女の手にかかるとチャーミングなオブジェに。

現在の彼女の仕事の多くを占めているのが、この代理人経由でアメリカの室内建築家やデコレーターたちからのオーダーによる個人宅のためのシャンデリアやオブジェだという。シャンデリアはキャリアの開始時にEn attendant les Barbaresですでに展示したが、その後常に進化させ、ワイヤーに少しガラス片をミックスしたものから、いまではヴァロリスの陶工に特注するセラミックやビーズなどをデザインに組み込んでいる。シャンデリアといってもアメリカの個人宅のために彼女が製作するのは、1メートルを超えるような大きなサイズだ。

「大きいサイズのオーダーということなら、昨年ロンドンのホテルのためにクリスマスツリーを作ったの。これは高さが2メートル! 私、クリスマスツリーが好きではなく、これはチャレンジだわ、って。よくあるオーナメントのボールの代わりに私は亀、フクロウ、鳥など動物を吊り下げることにして……」

夢のあふれるワイヤーのツリーが完成。これがまたアメリカのクライアントから求められる結果となったそうだ。

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家のどこかに飾りたくなる小鳥たち。マリーの色彩感覚と鋭い感性が手指を介してオブジェとなる。
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左: カメや鳥などファンタジーが遊ぶクリスマスツリー。 右: オウムと鳥かごの遊び心いっぱいのシャンデリア。

「この動物たちにはビーズを使ったわ。キャリアのスタート当初はワイヤーだけで作っていたけど、そうすると色がないでしょ。それでワイヤーでストラクチャーを作って、和紙を重ねたランプなど作るようになったの。色がプラスできるし、中の灯りが透けて、とても綺麗。同じようにして動物の頭なども作って……製作するのは楽しかったのだけど、これはすっぱりとやめたのね。というのも、あまりにもコピーされすぎてしまったから。色のついたワイヤーを日本で見つけて買ったけど、これは色のプラスチックでカバーされたもの。ソフトすぎるしこれでは仕上がりがプラスチックになってしまう……それで私なりの方法で仕事を進化させていき、いろいろな素材をミックスするようになったの。コピーされるって、最初の頃は自分の仕事を誰かに奪われるようでストレスがあったわ。ある時友人でデザイナーのエルヴェ・ヴァン・デル・ストラッセンが『コピーされるのは仕事が知られている証しだ』って。ワイヤーでオブジェを作る人はほかにもいるけど、それは素材が同じワイヤーというだけで私の仕事とラインは全然違っている。私の仕事を好きな人たちにはその違いがわかるはず、と最近はほかの人がワイヤーで作った品が気にならなくなったのよ」

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いまは、トゥールーズの田舎で製作活動。

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リュニフォームのペットコレクションの発表に際して製作された犬、猫。

クリエイターたちからのオーダーもある。昨年春、「L/UNIFORME(リュニフォーム)」が犬や猫用のバッグというペットコレクションを発表した際には、ブランドオーナーのジャンヌ・シニョールからの依頼で、ワイヤーで犬や猫をクリエイトした。

「最近は彼女がパリで過ごす時間が多いのであまり会う機会がないけど、彼女がトゥールーズに住んでいた時代によく一緒に時間を過ごした仲良しなのよ」

マリーは15年くらい前に夫とふたりの男の子と一家揃ってパリを離れ、トゥールーズから車で45分くらいの場所に暮らしている。パンを買いにゆくのにも車が必要という田舎だ。

「田舎に暮らすって一種の修行ね。パリを去った最初の2年間は家の工事があったので、トゥールーズの近くに家を借りて住んでいたの。だから都会からど田舎、という変化ではなく、少しは町に近い暮らしをして……このワンクッションがあってよかったわ。パリから突然田舎暮らしを始めていたら、すごい鬱に陥っていたと思う。家が完成してからも、インテリアを含め住みやすいようにするのに2~3年はかかったかしら。仕事は続けていたから、週末に家のことをして、と退屈している暇もなかった。家の内装が終わったら、次は庭……なのだけど、私、最初は庭仕事なんてしないわ!って拒否してたのよ。でも、天気の悪い日に家のなかにこもってムッとしてるくらいなら、長靴履いて外で庭で土に触れたりすると、1日の終わりに“それほど悪くないじゃない”となって……私、学んだわ! 野菜も育てている。最高なのは産みたての卵をとりにゆくことね。そう、我が家には犬や猫だけじゃなくって鶏もいるの。鳥が抱えた卵に手を出そうものなら、大変! 攻撃されてしまう。こうやってひとつひとつ、たくさん経験を積んでいったわ」

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左: 広大な敷地内、鹿がやってくることもあるそうだ。 右: 室内装飾家の夫マニュエルと一緒に庭仕事。
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田舎での暮らしにすっかり慣れたマリー。たまにパリに来ると騒音が耐えられないそうだ。ブルーノ・フリゾーニの靴のために脚モデルを長年務めている美脚のマリーだが、実生活ではヒールよりスニーカーで過ごす時間が断然長くなった。

子どもたちに手がかからなくなったいま、素晴らしい眺めの広いアトリエで彼女はクリエイションに専念する。彼女の手がワイヤーを微妙に曲げてフォルムを作るオブジェなので、アシスタントは使っていない。朝9時にスタートし、ランチタイムを挟んで、7時30分から8時頃までアトリエで過ごすそうだ。

「ワイヤーの彫刻だけでなく、たとえば陶芸のレッスンを受けて、ここにかまどを置いて陶芸をするのもいいかしら、あるいは刺繍?などと考えなくもないわ。陶器は始めたら、色の仕事ができるのできっと気に入ると思う。抽象的なオブジェや、私らしく動物とか……。でも時間の余裕がない、というのが現実なの」

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田舎に越してきて仲良くなったのはジャンヌ・シニョールだけでなく、ファッションの分野ではプレタポルテ・デザイナーのPierre-Louis  Mascia(ピエール=ルイ・マシア)がいる。彼がミラノでコレクションの発表をした際にカメラマンの写真展、彼女のオブジェ展も同時に開催。このために彼女はキャビネ・ドゥ・キュリオジテのイメージでワイヤーにビーズをちりばめたスカルや、トラのカーペットなどを製作し、世界を広げている。基本素材がワイヤーというのは30年近く変わっていないものの、次々とアイデアが湧いて、常に新しいことを試している彼女。退屈知らずと語るのももっともだ。

2021年のクリスマスの前にアドベントカレンダー的に毎日鳥の小さなワイヤーアートを提案したそうだ。どれも翌日には売れて完売したという。昨年のクリスマス時期にはギフトにあまり高価ではない品を探す人もいるのでは、と、毎日ではないけれど時間の許す限りブローチも作ってみた。

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左: ピエール=ルイ・マシアのプレタコレクションと同時に展示されたタペストリー。 右: パリではブティック「L’Eclaireur」にて彼はコレクションを発表。スカルをメインにマリーの作品がここでも展示された。photos:(中・右)Mariko Omura
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愛らしくポエティックなブローチの数々は自然界からのインスピレーション。マリー=エレーヌ・ドゥ・タイヤックが魅了されるのも納得だ。

「この田舎の家からそう遠くないところにマリー=エレーヌ・ドゥ・タイヤックの実家のシャトーがあって、彼女、そこに滞在する時は私のところに遊びに来るのよ。この間は彼女のママも一緒で夕食に……その時にアトリエでブローチを見たマリー=エレーヌが、“何か一緒にできるんじゃないかしら!”って言ったの。私が唯一着けるジュエリーはマリー=エレーヌのもの。長男が生まれた時、そして次男が生まれた時に夫がプレゼントしてくれて、合計で10点くらい持ってるかしら。彼女の仕事は大好きなので、この提案はうれしかったわ」

マリー=エレーヌとともにマリーはコラボレーションのために、今年の1月にジャイプールに滞在した。ペンダント、ブローチ、イヤリングなど約10点のカプセルコレクションになるだろうとのこと。5月の発表を心待ちにしよう。

editing: Mariko Omura

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