<手仕事をめぐる現代の冒険!> カルティエが秘めるグリプティック(宝石彫刻)のアトリエ。

Paris 2023.04.04

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ダイヤモンドやルビーといった貴石の価値とは異なる価値を有するジュエリーが、カルティエのグリプティックのアトリエでクリエイトされている。

年に2回、パリでオートクチュールのショーが開催される週は、フランスのハイジュエラーたちが新作を発表する時期でもある。今年1月、カルティエは「ボーテ デュ モンド」第3章をパリでお披露目した。前回の発表時、会場の一角で3Dのゴーグルで石の中に入り込み内包物の間をすり抜けるようなバーチャルな旅が楽しめたが、今回もまた会場の片隅にひとつの発見が用意されていた。それはカルティエのグリプティシアン(宝石彫刻師)であるフィリップ・ニコラの仕事だ。設置された卓上に道具とともに並べられていたのは、彼が彫刻を施す鉱物や珪化木(植物の化石)。老舗の宝石商のハイジュエリーというと誰もがダイヤモンド、エメラルド、ルビー、サファイアといった貴石を思い、またジュエリーの価格にしても使われている宝石の合計カラット数やセンターピースのサイズやクオリティによると考えるけれど、カルティエではそんな既成概念を覆すハイジュエリーがメートルダールの称号を持つフィリップ・ニコラが率いるアトリエによってクリエイトされているのだ。彼はこう語る。「とてもユニークなアトリエです。だから、こうして説明することが大切なのです」と。

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1月25日、パリで開催された「ボーテ デュ モンド」第3章の発表時、黒翡翠を彫刻したパンテールのブローチを中央に、道具や素材となる石を展示してグリプティックの仕事の紹介が行われた。photos:Mariko Omura

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会場でカルティエのグリプティシアン、フィリップ・ニコラが「Dépaysement」コレクションのネックレス(写真右)について、素材となった石と完成したジュエリーの写真をもとに解説。黒い斑が入ったピーナッツウッドの珪化木からパンテールの顔にふさわしい部分が選ばれて彫刻されている。photos:(左)Mariko Omura、(右)Nils Herrmann ©Cartier

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グリプティシアン(宝石彫刻師)、フィリップ・ニコラ。

メートルダール(Maitre d’art)というのは、日本の人間国宝制度を参考に1994年にフランス文化省が創設した称号で、伝統工芸の最高技術者に授けられる称号である。その称号を2008年に得たフィリップ・ニコラは、グリプティシアンという耳慣れない肩書きを持つ。ギリシャ語に語源を持つグリプティックは浮き彫りや沈み彫りという古くからのサヴォワールフェールであるが、「最初はカメオとアンタイユを意味していたけれど、いまではグリプティックはあらゆる彫りに広がっています」とニコラが語る。そのサヴォワールフェールを実践するグリプティシアンとして、彼は37年のキャリアの持ち主。2010年から、カルティエだけの仕事をしている。

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左: メートルダールのフィリップ・ニコラ。アトリエ内の石を集めた部屋にて。© Cartier 右: 何百万年もの間に化石化したマグノリアを彫刻したという驚くべき象のボディに、ピンクサファイアとダイヤモンドを組み合わせた「ボーテ デュ モンド」第2章のブローチ。© Maxime Govet - Cartier

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何百万年も何千万年も前の素材を彫ってジュエリーに。

カルティエのメゾン内に2010年に組み込まれたニコラのグリプティックのアトリエを訪れてみよう。それはパリのカルティエのハイジュエリーアトリエの中にある。

「グリプティシアンはほかにもパリに存在しますよ。でもここのように老舗ジュエラーのインハウスのアトリエというのはフランスはおろか、おそらく世界の宝飾史においてもユニークな存在でしょう」

カルセドニーやクォーツといった石だけでなく、通常ハイジュエリーに用いられることのない素材を用いるのがこのアトリエの特徴である。化石化した松かさ、化石化した恐竜の骨、化石化したピーナッツウッド……何百万年も前のこうした素材からインスパイアされて、おなじみのパンテールをはじめメゾンの代表的モチーフである動植物相を彫り上げるのだ。夢、壮大なロマンといった言葉が浮かんでくるのでは? 化石化した素材以外にも信じられないような素材がこの世には多く存在すると前置きしつつも、ニコラが語る。

「革新的ですよね。驚くほど大昔の素材に、一種の新たな生命を与えることになります。素材には歴史があり、それがネックレスとなって身に着けられるのですから。これが石化した素材を使うおもしろさなのです」

ちなみに化石化した植物を意味する珪化木。これは堆積物に埋もれた木の幹の細胞内や虫に阻まれて開いた穴などにケイ酸を含む地下水が浸透し、時間の経過とともにシリカ(二酸化ケイ素)に変化して化石化した植物のことだ。

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左: 松かさの化石がイヤリングに! 右: 松かさの化石と彫りを施したモルガナイトのペンダント。チェーンにはモルガナイト、オニキス、ダイヤモンドが用いられている。グリプティックのアトリエでデザインされたジュエリー。photos:(左)©Laurianne Emma Ramon、(右)Maxime Govet © Cartier

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クリエイション・スタジオとしてジュエリーを創作。

石に彫りを施したパーツだけに関わったジュエリーもあるけれど、意外にも、このグリプティックのアトリエがゼロからクリエイトするジュエリーも多いという。アトリエそのものの存在が珍しいので想像しがたいかもしれないが、ここはジュエリーをデザインし、完成までの全行程を行うアトリエなのだ。訪問時、アトリエでは彫り終えたパンテールの目にエメラルドをはめ込んでいるところだった。

「ここはクリエイション・スタジオとして設けられました。だから、ジュエリーをデザインして提案するのです。クリエイション委員会の認可を得たら、模型を作り、そして石のいちばん美しい部分を引き出してダイレクトに彫ってゆく……こうして最後の仕上げまでをこのアトリエで行うのです。カルティエ内のほかの部門との仕事もしています。たとえばハイジュエリーのスタジオで描かれたデッサンに合わせて、僕が型を作り、オーストラリアのピーナッツウッドの珪化木を選んで、彫って、それをハイジュエリーのスタジオが仕上げたというパンテールのペンダントがあります。でも、アトリエの創設初期に比べて、こうしたほかの部署との仕事によるジュエリーは減っていて、いまはゼロからここで生まれるプロジェクトが多くなっています」

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グリプティックのアトリエによるクリエイションから。左: 花の部分を取り外してブローチとして使えるネックレス。スギライトとサファイアに彫りを施してパンジーの花に。 右: 石化した樫の葉をブレスレットに。photos:Vincent Wulveryck © Cartier (2 visuels)

カルティエ以前のキャリアについて話を聞くと、ニコラは2004年に自身のアトリエをヴァンドーム広場近くに開設し、さまざまなジュエラーたちと仕事をしていたという。石を彫る仕事をジュエリーの世界で、と考えたのは生活のため。ジュエラーから求められる要求は高く、時間をかけて彼はそれを学んでゆくという経験を積んだ。しかし、2008年の大経済危機の際に注文主が激変したためアトリエの存続が危うくなり……その時にクライアントのひとつだったカルティエに彼は相談したのである。創業家3代目、ジャック・カルティエが彫刻細工の施された貴石を求めて20世紀初頭にインドまで出向き、御用達アトリエを見つけたという歴史を持つカルティエだ。石への情熱がある。

「その結果、当時の社長からメゾン内にグリプティックのアトリエを設けましょう、と提案をされたのです。ジュエリーのプロジェクト。これは個人のアトリエではできなかったことです。個人だと職人としてグリプティックのテクニックを用いるだけなのに対し、カルティエではグリプティックで芸術的な仕事ができるのです。これもユニークなポイントですね」

後編に続く

editing: Mariko Omura

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