オルセー美術館でともに生きる、ヴァン・ゴッホ最期の70日間。
Paris 2023.12.03
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホが亡くなったのは、1890年7月29日。その2日前のピストル自殺未遂が死因とされている。彼は1853年生まれだから、若干37歳の生涯を閉じたのだ。終焉の地はオーヴェル=シュル=オワーズ。療養のために移ってきた土地で、ここで亡くなるまでに過ごした70日間、つまり1890年5月20日から7月29日までの間に彼は油彩73点、デッサン33点を残した。それらの約半分を鑑賞できるのが、オルセー美術館で現在開催中の『オーヴェル=シュル=オワーズのファン・ゴッホ、最後の月々』展である。パリから30kmのこの土地には、ガシェ医師がいた。神経科が専門で芸術愛好家だった彼を頼ってやってきたゴッホに、医師は狂気の発作から遠ざける良い手段ということで絵を描くことを推奨。村のオーベルジュに暮らし、ゴッホは畑、街、ガシェ家の庭、肖像画......かつてないペースで作品を制作したのだった。
左: ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ『自画像』(1889年9月)。オーヴェル=シュル=オワーズに来る前の作品で、彼の死後、弟のテオがガシェ医師にお礼として贈った作品のひとつ。1949年に彼の子どものポールとマドレーヌによってルーヴル美術館に寄贈された。 右: ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ『ポール・ガシェ医師』(1890年6月6〜7日) photos:Mariko Omura
展覧会の幕開作品は彼にしては珍しく宗教をテーマにした『(ドラクロワに倣って)ピエタ』(1889年9月)である。サン・レミー・ド・プロヴァンスにいた時代にドラクロワの『ピエタ』に倣って描いたもので、これを彼はオーヴェルで滞在したオーベルジュの部屋の壁に掛けていた。ここから始まり彼の最期の時までを作品で追ってゆく展覧会なので、芸術家の限りある生命と時間を共有している錯覚に陥る来場者もいることだろう。6テーマによる構成の展覧会で、1は「我が友ガシェ医師:オーヴェル到着」、2は「オーヴェルはえらく美しい」、3は「花束と植物のエチュード」、4は「モダン・ポートレート」、5は「グラフィック・エチュード」、そして6は「特徴的で絵画的な田舎から」と「ダブル正方形のフォーマット」。この最後の部屋に展示されているのは、どれも横長のフォルム(50×100cm)で、正方形のトワルを2つ横に並べて制作した作品である。その中の『Racines d'arbres(木々の根)』は、自殺未遂を図った日の彼の最後の作品だ。ここに描かれている木々の根は、ヴァン・ゴッホ・インスティチュートのディレクターによって2020年に特定された。その手がかりとなったのは1枚のモノクロの絵葉書で、いまもそれらの木々の根はオーヴェルで見つけられるそうだ。
左:ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ『(ドラクロワに倣った)ピエタ』(1889年9月) 右: ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ『オーヴェル・シュル・オワーズの教会』(1890年6月4〜4日)。コバルトブルーの空の色が印象的だ。
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ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ『自宅の庭のマドレーヌ嬢』(1890年5月31日または6月1日)。ガシェ医師の娘マドレーヌは彼が村で見つけることができた数少ないモデルだった。© musée d'Orsay, Dist. RMN-Grand Palais / Patrice Schmidt
左: ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ『コップのカーネーション』(1980年6月前半)。個人所蔵の作品なので鑑賞できる機会は貴重だ。 右: ゴッホの『バラとラナンキュラス』の作品に描かれている19世紀の日本の花瓶も展示。photos:Mariko Omura
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ『アデリーヌ・ラヴゥ』(1890年6月22日)。ゴッホが宿泊していたオーヴェルニュの娘。12歳の彼女を描いた作品が3点あるが、彼女が彼のモデルを務めたのは一度きりだった。個人所蔵。 Courtesy of HomeArt
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142ページからなる方眼紙のクロッキー帳。photo:Mariko Omura
デッサンの中央下方には、1889年に彼が描いた有名な『寝室』の」クロッキーがうっすらと見える。photo:Mariko Omura
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ『カラスのいる麦畑』(1890年7月8日)。50.5cm×103cm © Van Gogh Museum, Amsterdam (Vincent van Gogh Foundation)
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホが自殺未遂を図った日に描かれ、最期の作品となった『木々の根』(1890年7月28日)。50.5×100.1cm。Photo : © Van Gogh Museum, Amsterdam (Vincent van Gogh Foundation)
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途中、とてもシンプルな額装の4作品に目がとまるのでは? これらは最近ヴァン・ゴッホ・インスティテュートで見つかったという、ゴッホが好んで使用した額なのだ。彼が素朴を好んでいたことが、ここに見て取れる。会場の出口近くでは、ゴッホをテーマにした映画の抜粋を映写。絵画を学び、ゴッホを敬愛する監督モーリス・ピアラの『ヴァン・ゴッホ』(1991年)は、オーヴェル=シュル=オワーズでの最期の2カ月の画家の日常生活にフォーカスを置いている。
ゴッホが好んだシンプルな額装。左は『ひなげし畑』(1890年6月14日)、右は『オーヴェル・シュル・オワーズのコルドゥヴィルの藁葺き屋根の家』(1890年6月初頭)。photos:Mariko Omura
モーリス・ピアラ監督『ヴァン・ゴッホ』より。ゴッホを演じたジャック・デュトロンはこの作品で1992年度のセザール賞主演男優賞を受賞した。photo:Mariko Omura
オーヴェル=シュル=オワーズ城では来年9月29日まで『ヴァン・ゴッホ、最後の旅』と題した展覧会を開催している。時期によってはガシェ医師の自宅と庭も見学できるので、暖かくなったらパリからオーヴェル=シュル=オワーズのプチトリップを考えてみてはどうだろうか。オルセー美術館の展覧会場には、彼が描いた場所やゆかりある地を記したオーヴェルの地図が掲げられているので、これを足跡辿りの参考にするといだろう。
会期:開催中~2024年2月4日
Musée d'Orsay
Esplanade Valéry Giscard d'Estaing
75007 Paris
開)9:30~18:00(火、水、金〜日) 9:30〜21:45(木)
休)月、12月25日、5月1日
料金:16ユーロ
www.musee-orsay.fr
@museeorsay
editing: Mariko Omura