ミリー・ラ・フォレに、ジャン・コクトーの家と庭を訪ねる。【前編】

Paris 2024.08.05

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マリー・ローランサンが1921年に描いたジャン・コクトー(1889〜1963年)。ミリー・ラ・フォレの家に複製が飾られている。photography Mariko Omura

1947年、フランスの芸術家ジャン・コクトーは当時の愛人だった俳優ジャン・マレーとフォンテーヌブローの森に近いミリー・ラ・フォレに家を買った。映画『美女と野獣』の成功後、疲れから病を患った58歳のコクトーはパリの社交界から離れて休息をとる場所が必要だったのだ。その地で"私が来るのを待っていた家"と彼に言わしめたのは、3階建てのこじんまりとした家だった。中世に建築されたラ・ボンド城の玄関をなしていた建物で、そこを抜けて庭に出ると緑の中に城が見え、庭の中を城の堀の水が流れ......まるで別世界に来たという印象をコクトーは得たのである。

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1950年頃のジャン・コクトー(左)とジャン・マレ。©️Ministère de la Culture - Médiathèque du patrimoine et de la photographie, Dist. Grand Palais Rmn/ Sam Lévin

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庭から見た家。赤いふたつの塔がこの建物がラ・ボルド城のエントランスであったことを示している。photography: Mariko Omura

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庭から見たラ・ボルド城。堀の水に太陽が当たるとコクトー家のリビングルームの天井にマーブル模様を描いたそうだ。photography: Mariko Omura

この1947年というのは、クチュールメゾンを開いたクリスチャン・ディオールがファーストコレクションを発表してセンセーションを巻き起こした年である。彼もその翌年にミリー・ラ・フォレに家を持ち、都会の喧騒から離れて大好きな庭仕事を楽しんでいた。ディオールが戦前に経営していた画廊時代からふたりは仲良しで、ミリー・ラ・フォレでも親交を深めたようだ。ジャン・マレーは家を買った翌年にコクトーと別れて家を去ってしまったが、コクトーは愛するこの家にひとりで住み続ける。そして1963年、友人のエディットの訃報に触れた彼は後を追うように同じ日にこの家で息を引き取った。

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家の入り口の左手。ガラスの扉を介して庭を見ることができる。photography: Mariko Omura

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映画『オルフェ』で使われたクリスチャン・ベラールによる『チュイルリーのモール人』がコクトーに贈られ、庭に飾られている。photography: Mariko Omura

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橋のたもとのオルフェ像。後方に広がる庭には果樹園も設けられている。photography: Mariko Omura

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コクトーの没後家の持ち主が変わり、現在家を所有するのはミリー・ラ・フォレが所在するイル・ドゥ・フランス地方で、昨年からジャン・コクトーの家と庭の一般公開が再開されている。今年はさらに3階のジャン・マレーのフロアの公開も始まった。庭だけの訪問(3ユーロ)も可能だ。レセプションのブティックではミリー・ラ・フォーレを含む地元の名産品やジャン・コクトー・グッズが販売され、飲み物、アイスクリームなどのカフェ・スタンドもオープンした。春から秋にかけての一般公開中である11月3日までは、『音楽にご用心』と題してジャン・コクトーの音楽の世界を展開。また6月末から9月半ばまで間、土曜には庭でコンサートが開催されている。

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家の2階では音楽とコクトーをテーマにした展覧会を開催中。写真はコクトーとフランス6人組。photography: Mariko Omura

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この地まで足を伸ばしたのだから、是非ともカフェのミニスタンドを利用し、ブティックで買い物を。photography: Mariko Omura

家の1階は玄関、キッチン、ダイニングスペース、リビングルーム、そして2階は仕事部屋、寝室という構成である。当時セレブリティたちの間でもてはやされていた室内装飾家のマドレーヌ・カスタンはコクトーとは1920年代からの仲良し。家の中のあちこちにマホガニーの家具やパンテールモチーフといったマドレーヌ・カスタンらしさが見えるように、友人として彼女はこの家のインテリアを作りあげたのだ。3階ジャン・マレーのフロアについては、あいにくと彼が暮らした当時の記録が残されていないので再現が不可能。デッサン、映像、彫刻など彼そしてコクトーとのふたりに関わるアートピースを展示している。

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キッチンは一段上がったステージ状の珍しい造りで、床には当時のままの赤レンガタイルが残されている。それに続くのがこのこじんまりとしたダイニングスペースだ。photography: Mariko Omura

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エントランススペース。ベレニス・アボットやマン・レイといった著名写真家の作品も含む1907年から1949年までのコクトーのポートレート8点が飾られている。photography: Mariko Omura

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リビングルーム。コクトーの生前の家具がほとんどで、多数の動物のオブジェも当時のまま。暖炉の上の太陽とその右の壁の鏡はガブリエル・シャネルからの贈り物だ。©️Ile-de-France Christian Descends

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コクトーの手。自分の容姿を好まなかった彼だが、手だけは気に入っていたそうだ。photography: Mariko Omura

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母のポートレートが飾られている2階の仕事場。パンサー柄の壁がいかにもマドレーヌ・カスタンによる内装である。photography: Mariko Omura

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74歳で亡くなるまで1920年代から様々な分野の仕事をし、多くの芸術家たちと親交があったジャン・コクトー。才能を見出すことにもたけていて、エリック・サティ、レイモン・ラディゲなどを誰よりも早く評価したのが彼だった。ジャン・マレーを名優に育てたのも彼の力だ。photography: Mariko Omura

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天蓋ベッドの寝室。©️Ile-de-France Christian Descends

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コクトーの家の庭にも薬草を植えたコーナーがあるが、ミリー・ラ・フォーレは南の町外れに1136年に建築されたシャペルの周辺での薬草の栽培で知られる街だった。1958年、シャペルの周囲に薬草畑が設けられ、地元の依頼を受けたコクトーはシャペルの内部に薬草(サンプル)のフレスコ画を描いた。それ以来ここはシャペル・サン=ブレーズ・デ・サンプルと呼ばれるようになったのだ。このシャペルの床の大きな舗石の下に、亡くなった翌年からコクトーは眠っている。また、1995年に亡くなった彼の最後のパートナーで養子のエドゥアール・デルミットもここに埋葬された。

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庭にはベラドンナやアルテア、ペッパー・ミントなど薬草やハーブを植えた一角がある。photography Mariko Omura

画家を目指していた22歳の若者エドゥアールにコクトーが出会ったのは、ミリーに家を買った1947年のことだ。1963年にコクトーは亡くなり、ミリー・ラ・フォレの家を遺贈されたエドゥアールはコクトーの家だけでなく、作品も守る努力を続けた。あいにく、彼の子どもたちはコクトーの思い出の地として家を守り続ける意志がなかったため、ピエール・ベルジェが介入し、ここを2010年にミュージアムとしてオープン。2007年にベルジェがなくなり現在の持ち主になったのだ。コクトーの作品についてはエドゥアールの孫が権利所有者となったが相続税を支払う代わりに国に作品286点を贈与した。これによりコクトーの作品が初めて国の芸術所蔵品に加わることになった。

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コクトーの家のブティックに掲げられているシャペル・サン・ブレーズへの案内。photography Mariko Omura

ミリー・ラ・フォレはフォンテーヌブローの森の西に位置する小さな町。パリからはRER(高速地下鉄)DのMalherbes行きに乗り、Maisseで降りる。ミリーの町やコクトーの家へは、そこからバスあるいはタクシーで、と便利な場所ではないのが残念だけれど、それだけに観光客が小さな町にあふれることもなく昔ながらの魅力が守られている。

Maison Jean Cocteau(5月2日~11時3日)
15, rue du Lau 91490 Milly-la-Forêt
営)11:00~18:00
休)月~水
料金)9.5ユーロ(家のガイド、庭/ 30分のツアーガイドは毎回定員20名)
https://maisonjeancocteau.com
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editing: Mariko Omura

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