「エミリー、パリへ行く」は幻想!? 世界中が憧れる「パリジェンヌ」の実態とは?

Paris 2024.08.15

オリンピックの熱狂に続き、「エミリー、パリへ行く」シーズン4の配信が始まり、いま注目を集めるパリ。おしゃれ、洗練されている、チャーミング、ミステリアス、セクシー、時には危険な香りも漂わせ......パリジェンヌにはそんなイメージがある。なぜパリジェンヌはかくも魅力的な存在なのだろう。

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パリジェンヌが持つ"何か"が、その定義を難しくする。逆説に満ちた存在だ。photography : Getty Images

「ニューヨーク・タイムズ」紙は昨秋、フレンチガールのジャンヌ・ダマスが手がけるブランド、「Rouje(ルージュ)」のソーホー店オープニングを報じるとともに、彼女のスタイルを「いわば典型的パリジェンヌスタイル」と評した。具体的にはキャメル色のトレンチコートに無造作な前髪、完璧な口紅だ。パリジェンヌスタイルの代表格としてすぐに思い浮かぶのはシャルロット・ゲンズブールやカロリーヌ・ド・メグレ。彼女たちの先輩にはカトリーヌ・ドヌーヴもいる。彼女たちの自由で不遜な精神は、エレガンスとカジュアルさが絶妙に入り混じるワードローブやライフスタイルに表れている。

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洗練されたおしゃれとミステリアスな魅力

パリジェンヌのイメージが作られたのは昨今ではない。19世紀末にはバルザックやゾラの作品等の文学に早くも登場している。その後、パリジェンヌはファッション、書籍、写真、映画を通じて全世界で憧れの存在となった。米国でもこの50年間でパリジェンヌのイメージが定着した。イザベル・アジャーニやカトリーヌ・ドヌーヴのアカデミー賞ノミネートを契機に、アメリカでパリジェンヌのイメージが増幅しながら形成されていく。「小粋で洗練されていて魅力的、そしてミステリアスな存在。パリジェンヌが持つ"何か"がその定義を難しくします。逆説に満ちた存在です。ある時はエレガンス、魅力、洗練といった言葉と結びつき、ある時は浪費家、セクシー、危険な存在といった言葉と結びつくのです」と解説するのはモナーシュ大学教授で『La Parisienne in cinema - between art and life(原題訳:映画の中のパリジェンヌ)』の著者であるフェリシティ・チャップリンだ。

代表格はシャルロット・ゲンズブール

多彩な顔を持つパリジェンヌの代表格がシャルロット・ゲンズブールだ、とフェリシティ・チャップリンは言う。『Charlotte Gainsbourg, Transnational and Transmedia Stardom(原題訳:シャルロット・ゲンズブール、国もメディアも超越したスターダム)』という著作もあるフェリシティ・チャップリンは、「魅力的な人物です。有名人として生まれ、虚構と現実に対峙し、強さと脆さを併せ持ち、内気なのに挑発的で、控えめなのに過激さも持ち合わせます」とその魅力を語る。ジェーン・バーキンとセルジュ・ゲンズブールの娘として生まれたシャルロット・ゲンズブールはニューヨーク生活も長く、アメリカでの知名度も高い。多感な性格はファッション分野でのコラボレーションに表れている。バレンシアガのニコラ・ジェスキエールからルイ・ヴィトン、そしてザラのような大衆ブランドまで、実に幅広いのだ。音楽分野ではベック、エール、ダフト・パンクらと楽曲を作り、映画では、夫のイヴァン・アタルやアニエス・ヴァルダの作品からラース・フォン・トリアーの異色作まで出演している。ただし、映画女優としてはマリオン・コティヤールの方がアメリカで有名かもしれない。2007年の『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』でアカデミー主演女優賞を獲得し、ハリウッドを席巻した。ファッションアイコンであり、ヒット作に恵まれた女優はアメリカにおけるパリジェンヌ神話をさらに強固なものとした。

カンヌ国際映画祭でのマリオン・コティヤール。(カンヌ、2023年5月21日)photography : Castel Franck / Castel Franck/ABACA

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暮らしを楽しむパリジェンヌ

パリジェンヌのステレオタイプなイメージも評判も、この何十年間あまり変化していない。「ニューヨーカーにとって、パリジェンヌは茶髪のショートヘアに赤い口紅でいつもおしゃれな女性。自信に満ちて堂々と振る舞い、ストレスや疲労困憊とも無縁。暮らしを楽しむ術を知っている存在です」と言うのはニューヨーク出身、パリ在住のキャリー・アン・ジェームズだ。彼女は、オンラインでフランス語が学べる「French is Beautiful(フレンチ・イズ・ビューティフル)」を立ち上げ、エッセイやメディテーションを通じてパリの雰囲気を味わえる「パリ・レッスン」を提供している。

ニューヨーク出身のフランス系アメリカ人インフルエンサー、レアンヌ・アンサーも同意見だ。彼女はロマンティックすぎるほどのパリジェンヌ関連コンテンツを発信している。「インスタグラムで人気を得たいと思うのなら、やはりフランス生活の定番を投稿するのがいちばん。パリのカフェのテラスでくつろぐとか、パン屋でクロワッサンを買うとか。典型的なイメージを大事にしています」と冷静に分析している。インスタグラムで彼女はトレンチコートを着てパリの街を散歩したり、セーヌ川のほとりで友人とワインを楽しんだり、マリンシャツにジーンズ姿でアパルトマンの床に座り、タバコをくわえながら本を読んだりしている動画をソフトミュージックとともに流している。

美しくも古臭いイメージ

ニューヨークとパリを行き来するキャリー・アン・ジェームスに言わせれば、このようなパリジェンヌのイメージは美しくも古臭く、現実と乖離している。「海を隔てていても、女性の暮らしはどこでも似たようなもの。家事に追われ、ストレスを抱え、疲れています。唯一の違いは、パリジェンヌの場合、身だしなみとか、ほかの人からどう見えるかを気にしていることです」とキャリー・アン・ジェームスは違いが服装に表れることを指摘した。パリジェンヌは、ニューヨーカーのようにルルレモンの定番レギンスにスニーカーといったスポーツウエアで出かけない。「表で誰と出会うかわからないから」だ。そしてそのことはパリの街中を歩くだけでも違いがわかるとレアンヌ・アンサーは言う。「パリジェンヌは、意識していなくてもスタイリッシュです。ニューヨークの女性は日々それをお手本にしようとしているのです」

パリジェンヌがヨガウエアを着て外出することが少ないのは、スポーツにあまり依存していないからで、一方、ニューヨークの女性たちは毎朝の「ワークアウト」に固執していることもキャリー・アン・ジェームスは指摘した。「パリジェンヌのほうが時間と穏やかに向き合っています。時間を何に、どう使うかについて、より自覚的なのです」とのこと。それはより自然体と言い変えられるかもしれない。ニューヨークの女性たちはいざとなるとヘアからメイクまで入念な身支度をするために時間を多大に消費する。

時間感覚の違いは仕事において最も顕著だ。「たとえば米国、とりわけニューヨークでは仕事をとても重視します。パリでは、ヴァカンスのほうが重要だし、一般的に休憩時間も大事にします」とキャリー・アン・ジェームズ。「これはアメリカ女性がパリに抱く妄想に繋がります。自分たちもパリに住めば散歩したり、テラスでコーヒーを飲んだりする時間がもっとあるだろうと想像するのです」

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ありそうでないステレオタイプ

しかしながら実際のパリジェンヌはこのようなステレオタイプで捉えられない。「メディアや広告は、神話化されたパリジェンヌの理想像をたれ流しています。それが売れるからです。過剰なメディア化により、ステレオタイプがもっともらしく見えてしまう。この流れを変えるのは難しいですが、自分なりにできることをしようと思います」とフランス人インフルエンサーでクィアのセシリア・ジュルダンは語る。彼女はニューヨークから「Hello French」のアカウント名でパリジェンヌの多様性について発信している。

2006年からパリに住んでいるアメリカ人ジャーナリストのリンジー・トラムタもパリに対する固定観念と戦うひとりだ。「メディアは表面的なイメージを植えつけています。たとえばニューヨーク・タイムズ紙はジャンヌ・ダマスに、「メゾン・デ・ファム」(訳註:性的暴力の犠牲となった女性を受け入れるパリ近郊のシェルター)を支援していることについて一切質問していません。なかなか変わりませんが、人々が実際にパリを訪れたら、この街の多様性を発見するでしょう」と今後に期待を寄せる。リンジー・トラムタは2020年、『The new Parisienne - The women & ideas shaping Paris (原題訳:新しいパリジェンヌ、パリを形作る女性と思想)』という本を出版し、40名のフランス女性、たとえばジャーナリストのロラン・バスティドや活動家のロカヤ・ディアロ、パリ市長のアンヌ・イダルゴらを取り上げた。多様なパリジェンヌ像を紹介することで、インスタグラムでの単純すぎるステレオタイプなイメージを打破することを目指している。「パリジェンヌの神話は、時代遅れのワンパターンなイメージに基づいています。私は、文化の中心であるパリがパリジェンヌのパワーに支えられていることを明らかにしたかったのです」

「エミリー、パリへ行く」

ところが残念なことに彼女の本が出版されたのとほぼ同時期、ドラマシリーズ「エミリー、パリへ行く」の配信が開始した。そして事態はリンジー・トラムタの思惑とは逆の方向に進んだ。「あのドラマはパリでの暮らしをおとぎ話に仕立てています。実際の暮らしはもっと複雑で愉快で豊かなのに」とリンジー・トラムタは嘆く。そして多様なパリジェンヌのリアルな姿を伝える映画や動画が最近の米国で紹介されないことも残念がる。フレンチドラマ「エージェント物語」は米国でも配信されているが、このドラマはパリの中でも「選ばれた人たち」の暮らししか見せていないし、女性の描き方が誇張されており、問題があるというのがリンジー・トラムタの見解だ。幸い、パリジェンヌの虚像を打ち砕こうとしているのは彼女だけではない。たとえばアメリカ女性ローラン・ベイツが設立した「Wild Terrains(ワイルド・テレインズ)」は女性向けの少人数制フランス旅行を企画しており、「本物の」パリジェンヌとの出会いをセッティングしている。「私どものお客様はインスピレーションを求めてパリを訪れます。そしてインスピレーションを与えてくれる元気なパリジェンヌたちと真の交流をするのです」

text : Anne-laure Peytavin (madame.lefigaro.fr)

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