ル・ビスキュイ・アラン・デュカスが日本上陸。おいしさの秘密をパリの工房に探る。
Paris 2024.10.24
ビスケットだけれどカリッでもパリッでもない。さくっ、ホロリというのに近いけれどそれとも微妙に違う。口の中で香ばしさと味わいが広がり、それが優しく舌の上で溶けてゆく......新しい食感と味わいが驚きのアラン・デュカスのビスケット「ル・ビスキュイ・アラン・デュカス」は、パリで2022年9月に生まれた。すでに日本に上陸している「ル・ショコラ・アラン・デュカス」の姉妹ブランドだ。
パリ11区のロケット通りに行くと、40番地にアイスクリームの「ラ・グラス・アラン・デュカス」の店があり、チョコレートの店がそのお隣に。そしてちょっと間を空けてこのビスケットの店が並んでいる。ロケット通りや「ル・カフェ・アラン・デュカス」が焙煎場とカフェを構えるサン・サバン通りなどバスティーユ広場の11区側の界隈は、かつて家具や皮革などさまざまなジャンルの職人たちがアトリエを構えていたという歴史があり、パリの中でも手仕事のDNAが刻まれている土地。アラン・デュカスが独自の専門工房で製造販売を行い、"パリのマニュファクチャー"とうたうブランドの地としてロケット通りを選んだのは、こうした背景があってのことだ。
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パリのシェフ、フローラ・デイヴィス
チョコレートに続き、いよいよ「ル・ビスキュイ・アラン・デュカス」の販売が10月24日から日本橋でスタートする。それに先立って、ブランド創設当初からシェフを務めるフローラ・デイヴィスの明るく元気いっぱいの声が響くパリの工房&ブティックをのぞいてみよう。ここはかつて剃刀を販売していた場所だという。その当時のままの石の床や鉄の柱を残した空間に、アラン・デュカスが収集した家具やオブジェのコレクションの中から選ばれた品が店内のインテリアに生かされている。
「ブランド誕生からちょうど2年経ったところです。誰もが子どもの頃から食べ親しんでいるビスケットを、いかに新しく、そして驚きに満ちたものにするかというのがル・ビスキュイ・アラン・デュカスの挑戦でした。そのために何よりも基本となる材料のリサーチを入念に、そして多くの時間を費やして行ったんです。ノルマンディー産の有塩バター、さまざまなフランス国産のビオの粉......。チョコレート・クーヴェルチュールやプラリネなどは幸運なことに、お隣にあるル・ショコラ・アラン・デュカスの工房自家製のものを使えます。砂糖はル・ショコラ・アラン・デュカスが使うのと同じビオの甘藷糖です。日本で販売されるビスケットは日本のビスキュイ・チームが東京の工房で作ります。だから、パリのビスケットのレシピを日本で実現するために素材を見つけることが最も重要なことでした」
バターはフランスからだが、穀類は時間をかけて探した日本産を使用する。従って、パリのブティックで販売されている全種類のビスケットを日本橋店で見つけられるわけではないそうだ。と言っても、がっかりしないように。穀物の種や大地の恵みをふんだんに使用した「バー・セレアル」という、日本だけで限定販売されるビスキュイもあるのだから。
ブランドのベストセラーのひとつで、ル・ビスキュイ・アラン・デュカスを代表するシグネチャー・ビスケットは「サンポール」だという。六角形をした"エグザ"のシリーズの中の1種で、そのレシピにはそば粉、そして焙煎したトウモロコシの粉が使われている。これは香ばしさがあり、サクッという感触と同時に口の中でホロっと優しく溶けるような不思議な食感が魅力のビスキュイだ。
「このサンポールの完成にいたるまで、デュカス・シェフに30回くらい試食をしてもらいました。甘みはトウモロコシ粉から、味わいとほろほろとした脆さはそば粉からです。この食感は驚きですね。焙煎したトウモロコシ粉を日本で見つけることは、ル・ビスキュイ・アラン・デュカスの日本上陸にはとても重要なことでした。素材探しには、1年をかけています」
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創造のインスピレーション源
ブティックの開店前から、プロジェクトに関わり準備に専心していたデイヴィス。開店後2年の間に、客たちの声に耳を傾けてレシピに手を加えたものもあるそうだ。またビスケットの種類も増えているという。彼女のインスピレーション源は何なのだろうか。
「それはビスケットによっていろいろなんですよ。シンプルに素材からということもあります。たとえば日本でも販売される『ピュール・ブール』は、デュカス・シェフからバターの価値が生かされたビスキュイが欲しいと言われてアイデアを探したビスケットなんです。小麦粉を使わないグルテンフリーを求められて生まれたのが、米粉とトウモロコシの澱粉とジャガイモの澱粉を使ったエグザの1種の『ビスキュイ・リ・ヴァニーユ』ですね。昨年、ピュール・ブールの上にチョコレートのパンデピス・プラリネを四角く乗せたことがあります。お隣りのル・ショコラ・アラン・デュカスのシェフのカンタンが新しく何かを作ると、いつも小さなしぼり袋に入れて私に味わわせてくれるんですね。これはそれがきっかけで、生まれたビスケットのアイデアでした。同じメゾンのほかのシェフたちと行き来をし、意見交換をすることによってほかにはないクリエイションができる。これって素晴らしいことね」
ル・ショコラ・アラン・デュカスの工房で作る自家製のショコラ、ガナッシュ、プラリネなども素材として使用できることをうれしそうに語るデイヴィスは、さらに一歩踏み込んだコラボレーションの例も語ってくれた。それは「カレ・ピュール・ブール」(日本未発売)。ビスキュイのピュール・ブールの上に四角いプラリネ・チョコレートを乗せたものだが、そのプラリネにはおもしろいエピソードが潜んでいる。
「ピュール・ブールを進化させるようにというデュカス・シェフの言葉から、このビスキュイが生まれました。でもプラリネ・チョコレートをそのまま乗せると、プラリネがビスキュイの味に勝ってしまうのです。それが嫌だったので、カンタンとアーモンドのプラリネに40パーセントの焼きたてのピュア・ブールのビスキュイをミックスすることにしたんですよ」
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ビスキュイ・キュイジネ
素材に始まり、おいしさの秘密を次々と明かしてくれるデイヴィス。ル・ビスキュイ・アラン・デュカスの"ビスキュイ・キュイジネ(=料理仕立てのビスケット)"という大切なコンセプトについて、「パレ・プラリネ・ノワゼット」を例にとって説明する。
「見た目ではわからないけれど、薄く焼き上げた2枚のビスケットに挟まれたプラリネにはノワゼットのペーストと焙煎して砕いたノワゼットが混ざっています。我々の持つサヴォワールフェールでひとつの素材を複数の方法でトランスフォームしているのですね。先ほどお話しした小麦不使用の『ビスキュイ・リ・ヴァニーユ』にもそれが言えます」
ナッツなどのメインとなる素材をそのまま使用したり、粉にして練り込んだり、ガナッシュなどに加工したり。ひとつの素材をさまざまな調理法で工夫を凝らしておいしさを追求するという料理人ならではのアプローチによって、複雑で濃厚な味わいをクリエイトしているのだ。これはラ・グラス・アラン・デュカスでも行われ、こちらはグラス・キュイジネである。なお、このパレの丸いフォルムだが、これは床の石と石のタイルの間に模様のように差し込まれた黒い丸型の石に由来しているそうだ。
最後に「ビスキュイ・ミニュット」を紹介しよう。これはパリだけではなく日本橋でも体験できる。オーダーすると目の前でシェフがビスキュイの上にトッピングを組み合わせて仕上げるという、ブティックならではのお楽しみなのだ。箱に入れてくれるので、すぐに食べてもお土産にしても......。
このほか、タブレットやクッキーなども揃えられてオープンするル・ビスキュイ・アラン・デュカス。フローラが語るようにどれもとても特別なビスケットである。1枚ずつ、ひと口ずつ......ゆっくりと作られたビスケットの食感、香ばしさ、風味は時間をかけて味わうほど深いものとなる。贅沢なスイーツタイムを!
Editing: Mariko Omura