ラリックのポップアップブティックとアルザスの工房訪問。

Paris 2024.12.18

ポップアップブティック開店

パリ、ロワイヤル通りに本店を構えるクリスタルメゾンの老舗ラリック。大がかりな改装工事のためにブティックはクローズされ、来年後半に予定されるリニューアルオープンまでの間、ボワシー・ダングラ通り26番地にポップアップブティックが開かれた。店内の壁を飾るのはイタリア人アーティストのロベルト・ルスポリによるウォールアートだ。彼がモチーフに選んだのは創業者ルネ・ラリックの大きなインスピレーション源だった女性、動物、植物で、買い物客は足を一歩踏み入れるやラリックの世界の中に迎え入れられるのだ。

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ボワシー・ダングラ通り26番地にオープンしたラリックのポップアップブティック。そのオープニングの晩、ダスクパープルのコレクション ヴェスパーがウィンドウを幻想的に飾った。photography: Mariko Omura
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ロベルト・ルスポリが描く木炭のフレスコ画。
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女性、鳥、植物。ルネ・ラリックが愛した3つのモチーフが壁に描かれた。

いま、2フロアの店内を彩っているのはクリスマスシーズンに向けた品々である。サヴォワールフェールの擁護者である職人たちの伝統技が息づくラリックの花器やオブジェ。その透明な輝き、半透明の淡い色彩、シルキーな手触り......うっとりさせるメゾン特有のクリスタルの魔力がブティックに漂っている。

来春、このポップアップブティックを飾るのは新しいコレクション「テラ ミネラル」だ。現在メゾンでクリエイティブディレクターを務めているのはマーク・ラミノー。昨年発表された野生動物をテーマにしたコレクションのアンプラント アニマルに見られるように、彼もルネ・ラリックと同様に自然におおいなるインスピレーションを得たクリエイションを行っている。大地がテーマの新作の到着が待ち遠しい。

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"バコントゥ(バッカスの巫女たち)"。1927年にルネ・ラリックが女性美を讃えて発表した花瓶の2024年度エディション。高さ24cm。
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左: アネモネのオブジェ。ひとつあるだけで暮らしに夢がプラスされるよう。 右: ブルーのアネモネの大花瓶は188点の限定生産。
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オンベル。用途いろいろの直径12cmの深皿。
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左: ポワソン オブジェ。高さは4.5cm。複数色あり。 右: 限定品の2024年度クリスマスオーナメント、リエール ダスクパープル。クリスマスオーナメントのもうひとつのモチーフはおなじみのマスク ド ファム。どちらのモチーフもルネ・ラリック時代からのものだ。

さて、世界中のブティックに並ぶラリックの製品は、大型の花器から小さな魚のポワソン オブジェにいたるまで必ず"Lalique France"と手彫りされている。この署名がなされた品だけが、アルザスの工房(マニュファクチャー)から世界中に届けられるのだ。フランス国家により無形文化財企業に指定されているラリックのこの工房では、新作もアイコニックなピースも、そしてアーティストたちとのコラボレーションも含め全てを製作している。5名のMOFも働く工房をアルザスに訪ねてみよう。

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クリエイティブディレクターのマーク・ラミノー。photography: Baptiste Lignel

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フランスの東、ヴィンゲン=シュル=モデールの工房を訪ねる

工房があるのはフランスの東部、ドイツとの国境近くにある小さな町のヴィンゲン・シュル・モデール。ここには砂、木、水などクリスタルの製造に必要な材料があることから、ラリックだけでなくほかのクリスタルのメゾンの工房も所在している。ルネ・ラリックがパリ郊外からこの地に移した工房では、1922年に稼働を始めて以来、100年以上炉の炎は燃え続けているのだ。なお開設当時ここはガラスの工房だった。ラリックがガラスからクリスタルに方向転換をするのは創業者ルネが1945年に亡くなり、メゾンを後継した息子のマルク・ラリックの代になってからである。

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大自然の中に建つラリックの工房。1922年以来、生産が続けられている。©Jeanot Gaeng
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溶解炉の前に立つホット・ガラス部門の職人。ここで働く職人たちの中には親子代々で、という人も少なくない。©François Zvardon

クリスタルには最低25パーセントの鉛が必要だが、砂をはじめとする成分調合のレシピはもちろんメゾンの大きな秘密! クリスタルの製造はそのレシピを炉で溶解することから始まるのだろうと思いきや、実はその前に不可欠な段階がある。それは土の容器作りだ。工房に鎮座する大きな炉の中には、その土釜を穴を前に向けて収める12の口が備えられていて、溶解はその土釜の中で行われる。その釜は恒久的なものではなく、1200度の高温度で焚かれる消耗品であるので2週間ごとに新しいものと入れ替えている。つまりこの土釜なしにはクリスタルの溶解ができないのだ。1つの釜が完成するのに長い乾燥期間を含めて9カ月かかるという。アトリエでは常に3つの土釜を並行して制作。この作業を専門としている職人が2名いるが、この仕事を教える学校はないのでメゾン内で人材を養成をしてサヴォワールフェールを継承しているそうだ。

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溶解炉の中に収める土釜を製造するアトリエがラリック内に設けられている。photography: Mariko Omura

炉の中の土釜内で40時間かけて溶解されたクリスタルを、職人たちは長い吹き竿を回転させて巻きつけるようにして取り出す。蜂蜜をイメージしてみるといいだろう。取り出されたクリスタルはオレンジ色の球状をしている。取り出すクリスタルの量は作るピースによって異なるが、一度では重くて取り出せない量なら、職人は吹き竿に巻きつけて炉からクリスタルを取り出す作業を何度も繰り返す。繰り返すほどに竿は重くなる。大きなピースのためには5名、時には10名の職人が一緒に1本の吹き竿を持ち上げて作業することになる。

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溶解炉から吹き竿に絡み付けて取り出されたクリスタルは燃え立つオレンジ色。熱くなった竿は水のシャワーですぐに冷却される。photography: Mariko Omura
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ホット・ガラス部門。サイズの大きな品には、熟練工たちが呼吸を合わせてひとつの作業に取り組む。©D.Desaleux-musée Lalique

その後、適度に冷却されたクリスタルがメタルの鋳型に納められて、次のステップへと進むのだ。体力を要する作業なので、自然とこのセクションで働くのは男性が多い。といっても体力さえあれば誰もができるという仕事ではない。見習い期間は長いうえ、試したものの不向きだったという結果に終わる人もいるそうだ。クリスタルを扱う作業段階ごとに適切な温度を目測するという目の仕事が要されるのだが、これがとても難しい。手、目、時には耳を澄まし......と感覚を駆使する仕事なのだという。

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温度を目測できる熟練の職人たちが働くホット・ガラス部門。©François Zvardon

鋳型についていえば、1922年からのものが工房に全てストックされているので、ルネ・ラリックの時代のものも含まれている。たとえばガラスのパネルに用いる月桂樹のモチーフなど、いまも活用されているという。その一方、英国王女への贈り物のための品に用いられた鋳型は、その品の性格上たった一度使用しただけで保管されている。現在マーク・ラミノーがクリエイティブディレクターを務めるラリックでは新作も生まれている。工房内には鋳型作りのアトリエがあり、マークが率いるクリエイションスタジオのデッサンから作られた原型をもとに鋳型が制作されるのだ。シンプルなものから、複雑な鋳型まで制作が可能なアトリエは、メゾンの高い創造性を支えているのである。

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ホット・グラス部門 ©François Zvardon

ラリックでは鋳型を使わない製法も実施されている。それはハイジュエリーのアトリエ紹介などでよく語られる"ロストワックス"法だ。現在工房内では、3名がこのアトリエを切り盛りしている。たとえば外のフォルムはとてもシンプルながら、内側でスズランの花が咲いているという香水ボトルのように、鋳型を使う方法では製作不可能な品がこの3名に託されているのだ。10個作って、完璧な1つが得られるというように、温度管理など、ロストワックス法は大変に複雑な作業。ラリックが近来進めているアーティストとのコラボレーションも、このアトリエに製作が託されている。

先に説明したような炉を必要とする作業が行われるのがホット・ガラスと呼ばれる部門。それに対して火が関わらない部門はコールド・ガラスと呼ばれている。鋳型から外されたクリスタルが冷却されると、制作に必要だった余分をフォルムからカットし、ちょっとした欠点を修正して......といった書ききれないほど細かい作業がこちらで行われるのだ。ラリックの品の美しさの特徴として挙げられるのはクレール・オブスキュール、つまり輝きとマット。砂で磨くサブラージュ作業、酸を用いた艶出しと艶消しなどが行われて仕上げへと向かう。アルザスのこの工房にはクリスタルを電気、メタル、鏡などの素材を組み立てて商品を制作するアトリエもある。完成品は検品され、不備のない完璧な品に手彫りでLalique Franceと署名がなされるのだ。

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コールド・ガラスの仕事。©François Zvardon
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工房を出る全ての品にLalique Franceと1点ずつ手彫りされる。

工房の作業のどの段階でも要求されるのは緻密さ、精工さ。機械化された部分があれど基本的に100年前から受け継がれているサヴォワールフェールを生かした制作をラリックでは続けている。スピードを競ういまの世の中に逆らうかのように、贅沢にゆっくりと時間をかけて......。

Lalique
26, rue Boissy d'Anglas 75008 Paris
営)10:30〜19:00
休)日
https://lalique.jp/
@lalique

editing: Mariko Omura

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