画家とモデル、父と娘。近代美術館にマティスが描いたマルグリットが並ぶ。

Paris 2025.04.26

無料の常設展が充実しているパリ市近代美術館(MAM)。まだ未体験という人の必見は、マティスの部屋に展示されているアンリ・マティス(1869~1954年)の『未完成のダンス』(1931年)と『パリのダンス』(1933年)だろう。アメリカ・ペンシルヴァニア州に財団を構えるアルバート・C・バーンズからギャラリーの壁の上方、3つのアーチが連なる場所に壁画の注文を受けたマティス。装飾的すぎると彼がみなした習作が『未完成のダンス』であり、再び制作に取り組んだものの壁の寸法を誤って描いたためにパリに残ることになった『パリのダンス』(1933年)である。壁画のために生まれたこの巨大な2作品を展示するべく、美術館はスペースを用意して"マティスの部屋"と命名したのだ。

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『未完成のダンス』(1931年)photography: Mariko Omura
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『パリのダンス』(1933年)。photography: Mariko Omura

館内の別フロアでは8月24日まで、マティスの"ダンス"をめぐるバーチャルリアリティ体験ができる(料金7ユーロ、10歳以上)。1906年から1954年までの間に、マティスは動きにインスパアされてダンスをテーマにした作品を20点以上制作している。この没入型体験では、彼の1909年の『ダンス(Ⅰ)』に始まり、バーンズ財団での仕事の始まりから誕生に至るまでがまるで実際に目の前で繰り広げられているかのように繰り広げられるのだ。完成した壁画を前にマチスの収集家のバーンズは、「まるでロザスのようだから、ここをカテドラルと呼ぼう」と語る。この体験の後、マティスの部屋に行ってバーンズの気分を少しだけ味わってみよう。

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バーチャルリアリティ体験に登場するマティスのダンスをテーマにした作品のリスト。photography: Mariko Omura

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現在美術館では複数の企画展が開催中だが、見逃せないのは何と言っても『マティスとマルグリット、父の視線』だ。これまで画家マティスの作品をまとめて見る機会があった人も多いだろうが、彼が娘マルグリットをモデルに描いた作品がこうして一堂に集められたのはこの展覧会が初めてのことだ。展示作品は絵画、デッサン、版画など110点近く。会場で"あ、これは彼の娘がモデルだったのか"という見慣れた作品もいくつか含まれ、またこれまで未公開だったデッサンやフランスで初公開の絵画などが多数展示されている。マルグリットが彼のモデルを務めたのは、幼い頃から第二次世界大戦が終わるまで。互いの間に信頼と尊敬があり、強い絆で結ばれていた二人であることが、展示作品によって明らかにされる。

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左:展覧会の入り口。ニースで1921年に撮影されたアンリ・マティスと娘マルグリットの写真に迎えられる。 右:マティスが描いた12歳ごろのマルグリットのトートバッグを始め、売店ではグッズの販売も行っている。photography: Mariko Omura
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パブロ・ピカソが所有していたアンリ・マティス『Margueritte』。1906〜07年冬、あるいは1907年春にコリウールにて描かれたマルグリット。現在はパリのピカソ美術館が所蔵。photography: Mariko Omura

来場者が会場で様々な表情に触れることになるマルグリットという女性について、その人生を簡単に紹介しよう。彼女の名前はマルグリット・デュトゥイ=マティス(1894~1982年)。マティスが25歳の時、モデルの一人で当時恋愛関係にあったキャロリーヌ・ジョブローとの間に生まれた娘だ。マルグリットを1897年に認知するもののキャロリーヌの仲はうまく行かなくなっていたマティスは、その翌年に帽子店で働いていたアメリーと結婚する。マルグリットは実母と暮らしていたが、妻アメリーの提案で5歳の時にマティス家に引き取られる。生活が楽ではないマティスはアメリーとの間に生まれた2人の息子が幼い時は祖母や叔母にそれぞれ預け、マルグリットと妻との3人で暮らしを営む。もっともその後、夫妻の息子2人を交えて5人で仲良く過ごした時期もあった。

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父マティスと義母アメリーと5歳の時から生活を共にしたマルグリット。コリウールにて1907年に撮影された写真だ。photography: Mariko Omura
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アンリ・マティス『Intérieur à la fillette(La Lecture)』(1905〜1906年)。10歳ごろのマルグリットをモデルに、サン・ミッシェル河岸のアトリエで描いた作品で、『読書』と副題が付けられている。ニューヨーク近代美術館所蔵。photography: Mariko Omura
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父が製作する陶器や彫刻などのモデルも務めたマルグリット。photography: Mariko Omura
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アンリ・マティス『Marguerite au chat noir』(1910年)。パリ郊外のイシー・レ・ムリノーの自宅にて。photography: Mariko Omura
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アンリ・マティス『Tête blanche et rose』(1914年11月半ば〜1915年初頭)。第一次世界大戦中もマティスはマルグリットをモデルに作品を制作した。この作品のようにマルグリットは父のスタイルの実験にも協力。photography: Mariko Omura

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彼女は6歳の時に気管支の病のため、手術を受ける。父と暮らし始めて彼女はモデルを務めるようになるのだが、展示されているマティスの作品の中で、彼女が首までの襟の服を着ていたり、首にリボンを巻いてる疑問がこれで解けるだろう。18歳の時、病が再発して彼女は学業を断念。20歳頃に画家の道を目指す彼女のために、マティスはパリ隣接の街イシィ・レ・ムリノーの自宅の2階に彼女のためにアトリエを設けた。26歳の時、彼女は再び手術を受ける。ニースに滞在することが多いマティスだが、パリにいるときは彼女をモデルに作品を制作していた。また父がニースにいる間長男ジャンと後に画商となる次男ピエールはマルグリットとサン・ミッシェル河岸で3人で暮らし、その間、彼らはマルグリットのポートレートを描いている。

1918〜19年はマルグリットがニースに父を訪問すれば、ここでもまた彼はマルグリットをモデルに絵画を制作した。作品によってはプロのモデルのアンリエットと二人で。

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ニースとパリを行き来するマティスとその一家。photography: Mariko Omura
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右はアンリ・マティス『Mademoiselle Matisse en manteau écossais』(1918年)。ニースでマティスが描いた24歳のマルグリット。photography Mariko Omura

29歳の時、父のもとによくやってきていた作家&芸術批評家のジョルジュ・デュトゥイと彼女は結婚し、彼との間に2児をもうける。30歳を過ぎた頃、彼女はモードに興味を抱き始め、その道を志すもののクチュリエとしての良い結果はあいにく得られなかった。こうした活動と並行し、彼女は父の海外での展覧会の準備や監督、絵画の販売などを担当して父の仕事を手伝い続けるのだ。第二次大戦中、病で弱っている父に告げずることなくレジスタンス運動に義母とともに参加したマルグリットは密告され、ゲシュタポに逮捕されて投獄されることになる。解放されるのは1944年のことだ。

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アンリ・マティス『Le Thé』(1919年夏)。photography: Mariko Omura
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1921年、ニースにて撮影されたマルグリット。photography: Mariko Omura
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1921〜22年、ニースで父によってプロのモデルのアンリエット・ダリカレールと共に描かれたマルグリット。このテーマで1部屋設けられている。photography: Mariko Omura

1945年、父のリトグラフのシリーズのモデルをつとめ始める。彼女が60歳の時にマティスが亡くなり、80歳の時に未亡人に。1982年、88歳で亡くなるまで長男の助けを借りて亡き父の展覧会やカタログなどの仕事に従事するのだ。

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展覧会は時代順に9つのテーマで構成されている。マティスが描いた作品を鑑賞し、来場者は一人の女性の成長してゆく姿をたどり、共に人生を歩むことになる。会場には彼女が描いた絵画、義理の弟たちが彼女をモデルに描いた作品、そして彼女がモデルとして纏った服なども展示。

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右は、マルグリットによるオーガンジードレス(1935年)。中はポール・ポワレの妹のクチュールメゾンJoveによるシルクのブラウスとスカート。マルグリットがニースでこれを着た姿をマティスは何点か描いている。左はマルグリットも着て父のためにポーズした着物。マティスは1904年にこれを着せたモデルを描いて、また妻アメリーがこれを着た作品も残されている。photography: Mariko Omura
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マルグリット・デュトゥイ=マティスによるクリエーション4点の職業写真。彼女がクチュリエを真剣に志していたことを示している。photography: Mariko Omura
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弟ジャン・マティスが1922年ごろに描いたマルグリット。photography: Mariko Omura
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マルグリット・マティスによる自画像も展示。右と左は1915〜16年の制作。photography: Mariko Omura

『Matisse et Marguerite』展
開催中~8月24日
Musée d'art moderne de Paris (MAM)
11, avenue du Président Wilson
75116 Paris
開)10:00~18:00(火、水、金~日)、10:00~21:30(木)
休)月
料)一般17ユーロ ※企画展料金
https://www.mam.paris.fr/
@museedartmodernedeparis

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