お葬式の前にエステに来るフランス人。
先日フランス人のお客さまが、明日どうしても午後に2時に予約を取りたいと仰る。でもその時間は既に予約が入っているので夕方ならと伝えると「少し遅れるかもしれないけれど必ず行きます」との返事が返ってきた。いつもは午前中にお越しになる方なのに珍しいと思って待っていたら、雨の中を傘もささずに息せき切って入って来られた。
「一昨日98歳の義母が亡くなって、明日ノルマンディーの別荘がある村で葬儀があるの。夫は仕事が忙しいし、全部私が手配しなくちゃいけないからパニック状態よ。でも、明日こんな疲れた顔で人前に出たくないわ!」
フランスは日本のような葬儀を行うセレモニーホールがないため、区役所の届け出から教会と埋葬の手配、参列者の食事の用意などを個人でしなくてはならない。教会でのお葬式や埋葬の後、参列者は亡くなられた方の家や田舎ならサルドフェットと呼ばれる公民館で軽い食事を摂る。食事は大抵はケータリングやお惣菜屋さんで購入したパテやハムなどですが、数日の間に全てひとりで取り仕切るのは結構な仕事量だ。それでも、その合間をぬってお顔をきれいにしてから葬儀を行うノルマンディーへ出発しようなんていかにもフランス人らしい発想で、「お葬式なんだからどんなお顔でも大丈夫ですよ」とはとても言えない・・・。
お葬式前にエステに来たのはこの方だけではなく、実は他にも沢山いる。お葬式がある度にエステをして、その後美容室でヘアセットをしてから教会へ行くお客さまは、久しぶりに会った知人から年老いて汚くなったと思われたら嫌だし、まして次に亡くなるのは彼女だなと推測されるのはもっと嫌だそう。最近パリの老人ホームに入居した従姉妹と毎週ランチを摂る彼女。必ずその日の朝にエステをお受けになる。とにかく人に会うときは顔色よく元気に見せたいという意欲が高い。
91歳でかくしゃくとしているマダムは、ネットで区の訃報情報をチェックするのを日課にしているという。彼女が住んでいる高級住宅街はお年寄りが多く、おかげでご近所さんが亡くなった場合にすぐにお悔やみの手紙をしたためたりお葬式に参列できる。12年前にエステの仕事を再開したとき、初日のお客さまは彼女の義理姉妹に当たる91歳と93歳の姉妹でした。残念ながらその姉妹はお亡くなりになり彼女だけが通い続けてくださっているのですが、いつ会ってもきれいで、きちんとした身なりをされていて頭の回転が非常に早い方だ。
非常識だと感じる人もいるかもしれないけれど、歳を取ってくると配偶者や知り合いも亡くなり人と会う機会が減ってくる。お葬式は彼女達にとっては社交の場でもあり、ついつい張り切ってしまうのかもしれない。
ノルマンディーの葬儀のお客さまはトリートメントの最中もあちこちへ打ち合わせの電話を掛けて、ひと息ついて今度は私へ一言。
「JO(オリンピック)の期間、あなたのご家族とか信用できる知り合いで160平米のアパルトマンを借りたい人いない?」
「ひょっとして亡くなったお義母さんのアパルトマン・・?」
「そうよ。この近所だし窓からはエッフェル塔が見えるわよ。できればJOにあやかってJO価格なら尚嬉しいんだけど!」
「えー、いくらなんでも気が早過ぎやしない?!」
彼女は決して冷たい人ではなく、介護は専門家に任せるのが普通のフランスでは珍しいほどお義母さんの面倒をよく見ておられた。フランス人は心の切り替えが早いしお義母さんも天寿を全うされたので、どうやら葬儀後の家の対処まで突っ走ってしまったようだ。
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