花で紡ぐパリの日常。

Secular Retreat ―パリから遠く離れて、目覚める朝。

昨年迎えた365の朝のうち、最も美しい朝のひとつは、11月にイギリスのチベルストーンという小さな村で目覚めた朝でした。

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パリ北駅からロンドンのセント・パンクラス駅までは、ユーロスターでたったの2時間15分。空港と同様に入国審査があるものの、列車が動き出せば、あっという間に国境を超えてしまいます。

2歳になる息子とダブル・デッカーバスに乗るためだけにロンドンで一泊してから(ロンドンで泊まったホテルThe Pilgrmも、小さいながらもセンスの良い、過ごしやすいホテルでした)、翌朝パディントン駅で友人たちと待ち合わせ。そこから高速列車に揺られ、3時間弱、車窓から海が見え、歓声を上げてからまもなく、トートン駅に到着しました。
駅からは、レンタカーで目的地のチベルストーンまで向かいます。フランスで取ったばかりの免許で、イギリスでの初運転。緊張しましたが、イギリスの人たちは皆マナーがよく、道を譲ってくれる車ばかりでした。

チベルストーンの丘を上っていくと、見落としそうになるほど小さな看板が。
-Secular Retreat-
これが私たちの滞在する場所。スイスの著名な建築家Peter Zumthorによって建てられた施設の名前です。

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デヴォン南部の風景を一望する丘の上に、畑や木々に隠されるようにしてひっそりと佇んでいます。一棟貸しで、個室は5つあり、全ての個室にバスルームとトイレがついています。皆が集まるリビングには暖炉があって、椅子などのインテリアは全て建物に合わせて作られたものなのだとか。

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到着したのは陽が落ちた後。ゆっくり眠って旅の疲れを癒した翌朝、7時ごろに目が覚めました。夜が去り、朝が訪れるあわいの時間、まだ光は弱く、色は曖昧で、ベッドから見えた景色は夢の続きのようでした。

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眼下の渓谷には遠く羊の群れが見え、風が吹きおろしていきます。二度寝してしまうのが勿体なくて、風景が完全に午前に移り変わっていく様子を眺めている途中で、息子が目を覚ましました。
ベッドルームのドアをあけ、皆を起こさないようにそっと、リビングエリアに。
コーヒーマシンの動く音がシンとした空間に響いて、マグカップに熱いコーヒーが注がれると同時に香りも広がります。

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息子はコップ一杯のオートミルク、私はコーヒーを手に、アームチェアに並んで掛けてまた外を眺めているうち、不意に、心を満たす平穏と、その奥で涙が出そうに揺さぶられている、相反する自分の感情に気がつきました。
親密な日常生活を愛しているけれど、ひとときパリから遠く離れて、見知らぬ美しい場所で朝を迎え、横に目をやれば息子がいて、熱いコーヒーと無言があって。そんな凪の時間が、今の自分にはどれほど必要だったのか、全身の細胞が語っているようでした。

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日中は、リトリートの周りを散歩して、拾った苔木や松ぼっくりでテーブルを彩ったり、息子と遊んだり、リビングで読書したりして各々の時間を過ごします。
近くのファーマーズマーケットまで車を走らせ食料品の買い出しをして、夜は皆でご飯を作ってテーブルを囲みました。友人たちは出身国や住んでいる国がそれぞれ違うので、料理をしながら、それぞれの食にまつわる文化について話が弾みました。

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皆起きてくる時間がバラバラなので、朝食は大抵、フルーツを食べたりパンを食べたり、各自、キッチンにあるもので好きなように済ませます。ある朝は、前夜に友人が焼いてくれた台湾風シフォンケーキを食べました。ちなみに彼女はこのケーキを二度焼いてくれたのですが、二度目は滞在の最終夜で、皆でケーキを食べながら他愛のない話ばかりして夜更かしをしました。

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また別の朝には、思わぬ来客がありました。迷い犬がリトリートにやってきたのです。寒さに震えていたので迎え入れ、首輪を見ると「デイジー」という名前でした。そこに記されていた番号に連絡し、飼い主が迎えにくるまでの間、ずっと皆の心を虜にしていました。飼い主の女性曰く、元気なデイジーは、目を離すとよくここに迷い込んできてしまうのだとか。もう少し長く、遊んでいたかったです。

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海辺へ行った午後には、海にかかる虹を見ました。
数日間の滞在だったのに、私たちはここで三度も虹を見ました。虹の多い地域なのか、それとも普段空を見上げる機会が少なくて、気が付かないでいるのか。虹の橋の麓を初めて見ました。それから、虹がゆっくり空に消えていくところも。

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浜に流れ着いた石たちの自然美を拾い上げるたび、ここに辿り着くまでにどれだけの長い時間とストーリーが紡がれてきたのか想像してみては、人間の儚さを思い知ります。

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チベルストーンの丘はずっと曇り空、強い風。
ここで過ごした数日は、忘れられない衝撃になり、私の心に深く残りました。
今年は美しい場所に身を置き、多くの旅をしたい。そう思っています。

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守屋百合香

フラワースタイリスト
パリのフローリストでの研修、インテリアショップ勤務を経て、独立。東京とパリを行き来しながら活動する。パリコレ装花をはじめとした空間装飾、撮影やショーピースのスタイリング、オンラインショップ、レッスン、コラム執筆などを行う。
Instagram:@maisonlouparis
www.maisonlouparis.com

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