Casa Modesta−あたたかな食卓、ハンモックと、レモンの木。
先月、ポルトガルの最南端、アルガルヴェ地方にあるCasa Modestaで数日間のバカンスを過ごしました。
Casa Modestaは、Ria Formosa(リーア・フォルモーザ)という湿地帯が広がる自然公園のすぐ近くに佇む、モダンな建築です。この地域で漁師をしていたという祖父の代から受け継がれた思い出の地を守るため、新たに9つの客室を備えたホテルとして生まれ変わらせたのが、オーナーのカルロス氏。カルロスは、家族を大切にするように、ゲストである私たちのことも温かく迎えてくれました。
建築だけでなく、この場所には、古くからあるものとモダンなものがミックスされていて、自然とともに暮らし、家族や隣人を愛する心と寛容に満ちていて、本当に居心地が良かったです。敷地内には、庭で摘んだと思われる草花が、いたるところに生けてありました。
毎朝9時にダイニングへ行くと、フルーツやハム、チーズなどが並べられた食卓の美しさに感動します。自家製のバナナケーキやオレンジケーキは数切れ持ち帰らせてもらって、午後のおやつに。
日に一度は外に出て、自然公園をすこしサイクリング。潮の干満で見える景色が時間ごとに異なり、毎日訪れても飽きることがありませんでした。
それ以外の時間はほとんど、Casa Modestaの中で過ごしました。カルロスの愛犬モデスタはとても利口で、息子もすぐに友達になりました。
ブランコに乗ったり、砂の上を転げて遊んだり、プールに足をつけてみたり。庭の真ん中にある、シンボルツリーのようなレモンの木には熟れた果実がたくさん実っていて、敷地中にその爽やかな芳香を振り撒いていました。
陽が落ちてきたら、各部屋についている階段を上ります。2階のテラスから、夕陽が広い空の下に沈んですっかり消えてしまうまで、じっと見守りました。陽が暮れるのは意外と早く、あっけなくて、その後は風が冷たくて少し冷えました。20時になると、またダイニングへ行き、土地でとれる新鮮な魚介や野菜の料理を毎晩お腹がはち切れそうになるほどいただきました。食べ終えると、空に輝く無数の星を眺めながら、できるだけゆっくり歩いて部屋に戻り、眠りにつく。とてもシンプルなルーティーンで、一日、一日が穏やかに過ぎてゆきます。ちなみに、カルロスがヨガマットを貸してくれたので、夫は毎朝テラスでストレッチをしていました。私はその間もぐっすり、気持ちよく夢の中でしたが・・・。
ある午後、自然公園内の遊歩道で、一人の老年男性に出会いました。彼と一緒に歩きながら話をきいたところ、普段は夫婦でスコットランドに住んでいて、毎年10月になるとここに来て、春になるとまた帰ってゆくのだそうです。冬を越すにはここが世界で一番良い場所なのだと笑顔で話す彼の、これまでの人生はどんなだったのだろうなどと思いながら、彼が自身の長い人生にとても満足していることが伝わってきて、それは私たちの心をうれしくさせました。しばらく歩いてから、彼は遠くに妻の姿を認めると、「妻は待ち合わせの時間にうるさくて、待たせると怒られるのだ」とおどけた顔をして、「それじゃお先に、良い滞在を」と片手をあげ去っていきました。
また別の日にも、その老夫婦を同じ遊歩道で見かけました。彼らは、おそらく彼らが所有しているのであろうボートに寄りかかって、同じ方向、遙かな地平線を黙って見つめていました。静かで、深い時間がそこに流れていました。
バカンス終盤に急な仕事が入り、夫と息子が隣町のオリョンまで自転車で行っている間、私はホテルに残ってテラスでパソコン仕事をしていました。
広い空から惜しみなく注がれる陽射しと鳥の声が気持ちよくて、眠りたくなります。
いよいよ明日にはパリに戻らなければならない。初めて来た日には夢のようだと感じたこの場所だけれど、翌週からの目まぐるしいスケジュールのファッションウィークが始まることを思うと、もはやどちらが現実なのかわからないほど遠くに感じました。
それでもやっぱり、パリの小さなアパルトマンに帰ってくると、ほっとするし、家が一番だねなどと言い合うのです。
パリの日常に連れて帰ってきた思い出たち。
それは、人の優しさに包まれる安心感、真白な壁に跳ね返る太陽の光、それが眩しくて目を瞑ってしまって、そのままうたた寝してしまったこと。
レモンの花の匂い、スタッフのおじさんの柄シャツがいつも可愛かったこと、ハンモックから見える青だけの景色、息子が"オラ!(こんにちは)"と"オブリガード(ありがとう)"を覚えたこと。
朝のテーブルの鮮やかな色彩、モデスタの毛並みのなめらかさ。
湿地帯のフラミンゴの群れ、低く鋭い野鳥たちの滑空、スコットランドから冬の間だけ滞在する老夫婦、彼らが浜でボートにもたれて寄り添い海を眺めていた後ろ姿。
道端のたわわなミモザ、アーモンドの花、陽気なタクシー運転手の訛りのきついフランス語(と、しばしば両手を離すヒヤヒヤ運転)。
きっと数年先に振り返ったときも、こんな小さな欠片たちばかりが心に残っているのだと思います。
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