消えた天才ヴァイオリニストを追う、儚く壮絶な音楽ミステリー。

2021.12.07

1950年代のロンドン、将来を嘱望されたポーランド出身の天才ヴァイオリニスト、ドヴィドルがデビューコンサートを前に忽然と姿を消した。宗教の壁を越え、ドヴィドルと兄弟のように育ってきたマーティン。35年の時を経て、ドヴィドルの行方を追う手掛かりを得たマーティンは、失踪の真実を探す旅に出るが――。実話にインスパイアされた音楽ミステリー『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』のフランソワ・ジラール監督にインタビュー。

★メイン_R.jpg
ユダヤ系ポーランド人の天才ヴァイオリニスト、ドヴィドルはなぜ失踪してしまったのか。少年、青年、中年期の彼らを描きながら物語は進行する。

――クラシック音楽の研究者にして作家であるノーマン・レブレヒトの小説が原作ですが、このストーリーを映画化しようと思った理由はなんですか?

この作品がこれまでの私の映画と違うところは、すでに書かれた脚本があり、私に監督依頼が来たところです。ノーマン・レブレヒトは、第二次大戦の時のポーランドとイギリスの間に起こった実話、つまり彼や彼の家族が苦しんだ経験を元に小説を書きました。その映画化は長い間検討され、脚色化も試みられていたんですが、やっとジェフリー・ケインの手によって脚本が完成しました。その段階で、私に監督の依頼が来たのです。原作もフィクションでしたが、ストーリーの背景にある第二次世界大戦だったり、ホロコースト、そしてそれらによって人々が翻弄されたことは事実で、それは“作られたもの”ではありません。ちなみに、原作から映画化にあたっては内容は忠実ですが、構成は少し変えました。

――では、その脚本のどこに惹かれたのでしょうか?

いままで第二次世界大戦についてはいろいろなかたちで映画化されてきましたが、これまでにない新しいアングルでこの史実を描いているところに惹かれました。ホロコーストやショア、戦争を直接的に見せているわけではありませんが、観客に確実にそれらを“感じさせる”内容になっています。視覚的には、収容所も戦争も描いていませんが、キャラクターたちの経験、記憶、感情、苦しみを通して、そこで起こった事やその傷を感じされることに惹かれたのです。私は脚本を読んだ時、まるで火山を散歩しているように感じました。風景は美しいけれど、足元を見ると恐ろしい光景が広がっている、そんな感じでした。その感覚を映画で伝えたいと思ったのです。

---fadeinpager---

SON_04491.jpg
主人公の少年期を演じる俳優たちと語らうジラール監督。ドヴィドル役に選ばれたのは、。ウェールズ国立青年オーケストラに最年少メンバーとして所属する天才ヴァイオリニストのルーク・ドイル。今作が映画デビューとなる。

――あなたは『レッド・バイオリン』(1998年)や音楽ライブの作品も監督しており、クラシック音楽に造詣が深いので、この作品のオファーが来たのは自然なことだったとも言えますね。この作品ではハワード・ショアが音楽を担当していますが、彼とはどのようにコラボレーションしたのでしょうか?

まず、タイトル(映画の原題)にもなっている「ソング・オブ・ネイムズ」の曲をしっかりと作ることが大事でした。映画の核となる曲です。ハワードと最初に打ち合わせした時にも、とにかくこの曲を作ることが最優先だとふたりともわかっていました。映画で使われた音楽は50分ほどあるのですが、その中で「ソング・オブ・ネイムズ」の曲は3分ほどです。でも、ハワードとこの映画について交わした会話の1/3は、この曲についてだったんです。

一緒に仕事を初めて最初の1年はこの曲だけにフォーカスしていましたね。そして1年半くらいでこの曲が出来上がりました。他のすべてのオリジナル曲のDNAとなった曲ともいえます。

――通常の映画音楽とは、曲作りの仕方が違ったのですか?

この映画において、音楽がどのような効果を果たすべきかは最初からはっきりしていました。ユダヤ教の音楽に詳しい方々とミーティングをするときになどには私も参加していましたが、具体的にどのように曲を作っていくかに関してはハワードに委ねました。たとえるなら、ハワードが運転する車の助手席に私が座っている感じでしたね。ハワードは、50年代初頭に少年時代を送った、つまり主人公たちと同じような年齢なのです。シナゴークで過ごしたこともあるので、自身の経験を深く掘り下げて曲作りをしたともいえます。彼はいま敬虔なユダヤ教徒ではないですが、当時は宗教活動をしていたそうです。過去の自分の経験を、この映画の中に取り入れる。ある意味、彼の過去を取り戻すような作業だったのだと思います。それを間近で目撃することができたことは、私にとってとても興味深い経験でした。

---fadeinpager---

――クラシック音楽はどのように選曲したのですか?

ハワードと一緒に選びました。とても楽しい作業でしたよ。ヴァイオリンの楽曲は、レパートリーがそれほど多くなく、ある程度決まってきてしまうです。その中から今回の作品のカラーやテイストに合ったものを探していきました。決闘のシーンでのパガニーニの「24の奇想曲」は、派手でアグレッシブなところがぴったりだったので、使っています。ドヴィドルが初めて演奏する楽曲がヴィエニャフスキの「創造主題による華麗なる変奏曲」なのは、ポーランド出身のユダヤ系である彼のルーツを表現する楽曲だからです。また、同時にギルバートを感服させる天才ぶりを感じさせる納得させる楽曲でもあります。難しかったのは、協奏曲の選曲でしたね。ドヴィドルが「ソング・オブ・ネイムズ」をソロで演奏する前にオーケストラと一緒に演奏する曲のことです。原作の小説ではメンデルスゾーンなのですが、聞いてみたら私的にはちょっと合わない気がしたので、私は大好きなシベリウスはどうかとハワードに提案したんです。でも、彼は「ソング・オブ・ネイムズ」よりも目立ってしまうんじゃないかという意見でした。みんなで頭を悩ませて、7つくらいの協奏曲を検討した後、やっとブルッフの「ヴァイオリン協奏曲 第1番」に決まりました。目立ち過ぎず、ソロのイントロデュースとしてはぴったりでした。

――あなたはヴァイオリンを巡る映画『レッド・バイオリン』も撮っていますが、さまざまな楽器の中で、ヴァイオリンはあなたにとってどういう意味を持ちますか?

実は、『レッド・バイオリン』をすでに撮っていたので、最初にこの作品のオファーが来たときは、断ったんです。でも、しばらくしてそれは馬鹿げているかもと思いました。見てくださる方は、そんなことは気にしないことに気がついたし、この物語自体が音楽だけに留まらない物語でそれを伝えることが大事だと感じました。ヴァイオリンが意味することは、音楽界では普通に言われていることですが、人間の魂にいちばん近い楽器だと思います。人間の声にいちばん近い楽器なんです。まるで喉から弦が飛び出してくるような、そんな音を奏でる。シンプルでピュアな音を表現する楽器です。ヴァイオリンは、15世紀頃からずっと存在していますし、その年代に作られた楽器でいまだに残っているものもあるくらですからね。

FrancoisGirard25.jpeg
フランソワ・ジラール François Girard/カナダ・ケベック州出身。1984年にゾーン・プロダクションを設立し、数々の短編映画やダンスを主題としたミュージックビデオを手掛ける。『Cargo(90‘)』で長編映画デビュー。98年の『レッド・バイオリン』ではジェニー賞8部門を制し、東京国際映画祭最優秀芸術貢献賞を受賞。2007年には、日本・カナダ・イタリアの合作映画『シルク/SILK』を監督。また、日本では東京ディズニーリゾートに誕生したシルク・ドゥ・ソレイユの常設劇場の演出も担当。作家・井上靖の小説「猟銃」を女優・中谷美紀を迎えて舞台化。その他映画作品では『ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声』等がある。
『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』
●監督/フランソワ・ジラール
●出演/出演:ティム・ロス、クライヴ・オーウェン、ルーク・ドイル、ミシャ・ハンドリー、キャサリン・マコーマックほか
●2019年、イギリス・カナダ・ハンガリー・ドイツ映画 
●113分
●配給/キノフィルムズ
●新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国で公開中
© 2019 SPF (Songs) Productions Inc., LF (Songs) Productions Inc., and Proton Cinema Kft
www.songofnames.jp

text: Atsuko Tatsuta

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

フィガロワインクラブ
Business with Attitude
キーワード別、2024年春夏ストリートスナップまとめ。
連載-パリジェンヌファイル

BRAND SPECIAL

Ranking

Find More Stories