「韓国の旅で印象に残った料理は?」と聞かれたら、迷わず『えごまのすいとん』と答えます。あの味や食感、香り、全てが、旅から半年近く経とうとしているのに、忘れることができません。

190604-1_DSF0671.jpg韓国の友人の台所を借りて作った、えごまのすいとん。

えごまには小さい頃はほとんど馴染みがありませんでした。最初に口にしたのは、小学生の頃でしょうか。焼肉にサンチュとともに添えられていたえごまの葉でした。そして、だいぶ経ってから、長野県の郷土料理の本で「えごま餅」というものを知り、興味を持ちました。粒状のえごまを手に入れ、レシピに書いてある通りにすり鉢ですり、砂糖と塩を混ぜたものをおもちに絡めて食べてみました。ごまに似て濃厚な味かなあと思っていたら、意外にも爽やかで、すーっとしたことを覚えています。ただ、その時は、魅力に取りつかれるというところまではいかず、しばらくえごまのことは忘れていました。

それが数年前のある日、ソウルに暮らす日本人の友人から、突然えごまの粉が入った小包が届いたのです。そのエピソードは本誌にも書きましたが、ハングルで書かれた袋からは、それがえごまの粉だということすらわかりませんでした。どうして彼女が突然、謎の粉を送ってくれたのか見当もつきません。そして、そのまま、またしばらくその存在を忘れていましたが、ある日、ふと思い出して包みを開けてみたら、びっくりするほど爽やかな香りがします。

ああ、えごまだったんだ。おもちに絡めたあの時の香りが蘇ります。えごまの葉は夏になると熊本の市場にも出回りますし、家の庭にも苗を植えるので、韓国料理を作る時などによく使っていましたが、えごまの粉には馴染みがありませんでした。

はて、どうやって使ったらいいんだろう?見た目はほんのり緑色がかった白すりごまのような感じです。ならば、おにぎりにまぶしてみよう。ということで、バットにえごまの粉を出して、塩を少し混ぜ、その中でおにぎりを転がしてこれ以上つかないというくらいまぶしてみました。

するとどうでしょう。まぶしているだけで、夏の畑のような青い匂いが立ち上ります。えごま独特の、あの、爽やかな匂い。いてもたってもいられず、にぎったそばから、ひとつ食べてみると、天にも昇るようなおいしさでした。「おいしいねえ!」「えごまのおにぎり、最高ねえ!」と一緒ににぎっていた友人とうっとりとしながら、「じゃあ、白いごはんにかけるだけでもいいね。」と夢がふくらみます。

ところが、です。後日、熱々のごはんにたっぷりとふりかけ、塩をぱらりとふってみましたが、何かが違う。おにぎりにまぶした時ほどの感動がありません。その理由が何なのかはわかりませんでしたが、「えごまの粉はおにぎりに限るね。」と、一件落着したのでした。

そして、その思いが大きく覆されたのが、韓国の旅で出会った「えごまのすいとん」でした。ソウルを離れてテジョンという街に向かった冬の日のこと。私を迎えてくれたテジョン在住の料理教室の生徒さんが、「亜衣先生にぜひ食べていただきたいんです」と連れて行ってくださったのが、えごまのスジェビ(すいとん)やあさりのカルグクス(うどんのような手打ち麺)などの小麦粉料理が名物の食堂でした。卓上には大根と白菜のキムチがいずれも大きく切られて、あとははさみでどうぞ、という韓国スタイルです。早速食べてみると、どちらも私好みの発酵が進んだ味で、期待がふくらみます。

190604-2_DSF0665.jpgえごま粉をすいとんの生地に練り込む。

「スジェビとカルグクス、両方頼んでみましょう。」そして、ほどなくして運ばれてきたのは、顔が入ってしまいそうなくらいに大きな、鉢に盛られたスジェビでした。スジェビは2人前からということらしく、器も大きければ、中に盛られた量もたっぷりとしています。「大きい!食べられるかしら?」少食な友人と一緒だったこともあり、不安が募ります。カルグクスはそこまでの量ではありませんでしたが、スジェビのボリュームに圧倒されたまま、スッカラでまずスープを飲んでみます。とろりと白い中に、えごまのうっすらとした緑色が感じられる優しい色、口当たりは見た目通りにとろりとしていて、ほんのりではありますが、韓国料理らしい、青唐辛子とにんにくの香りが感じられます。「おいしい!!」次にすいとんを食べてみます。熊本のだご汁のだごにそっくりな形のすいとんは、熊本のものよりも、心なしか大きくて、むっちりとして、どこか透き通った感じがします。「これもまたおいしい!!」夢中でスッカラですくっては食べ、時々カルグクスやキムチを挟みながら、気がついたら巨大などんぶりいっぱいのすいとんを完食していました。「まさか食べられると思わなかったね!」友人と目を見合わせながら驚きつつ、お腹はほかほか、頭は幸せな気持ちでのぼせて最高の気分です。

190604-3_DSF0678.jpgすいとんをぐらぐら茹でて、熱々を頂くのが美味しい。

「えごま、恐るべし。」おにぎりは日本式えごま粉の楽しみ方だとしたら、すいとんは韓国式。これ以上いい使い方があるんだろうか、というくらい、すいとんとえごまはぴったりの相性でした。

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すいとん、カルグクス、鍋、お粥……、広がるえごまの世界。

190604-4_DSF0140.jpg安国駅すぐそばにあるえごまのスジェビと、えごまのカルグクスの専門店。

その後、再び韓国を訪れた際にも、ソウルの友人にリクエストをして、真っ先に食べに行ったのは、えごまのスジェビと、えごまのカルグクスのお店で、ほとんどの人がどちらかを食べています。専門店らしく、ほとんどの人がどちらかを食べています。こちらのお店のものは、小麦粉の生地にもえごまの粉が混ざっているらしく、生地自体がほんのり緑色をしています。「へえ、汁だけでも相当たっぷり入っていそうなのに、生地にも混ぜるんだ。」韓国人のえごま愛がうかがわれて、感心してしまいました。

190604-5_DSF0123.jpg手打ちの生地を店内で作っている。生地には、えごま粉をたっぷりと練り込んでいた。

「えごまが好きなら、えごま鍋を出す店に行きましょう!」「えごま鍋?」いったいどんな料理なのか、期待がふくらみます。キムチやナムルをつまみながら待っていると、ステンレスの鍋にこんもりと盛られた千切りの野菜と昆布。汁はほんの少しで、上にはたっぷりとえごまの粉がかかっています。卓上に備えられたカセットコンロでぐつぐつと煮ながら待つことしばらく……。段々と沸騰して、汁が煮詰まり、こんもりとしていた野菜はあれよあれよと小さくなっています。「さあ、食べていいですよ。」ゴーサインが出たので、わくわくとしてめいめいの器に取り分けます。にんじん、えのき、玉ねぎ、大根、しいたけ、ねぎ、などが入っていたでしょうか。珍しい野菜は一つもありません。しかも、肉も魚もなく、味が出そうなものといえば、昆布の千切りだけです。一口食べて、「おいしい!!!」とまた叫びます。野菜と昆布、水と塩だけ。これだけでこんなに深い味が出るだなんて驚きです。韓国で私はすっかりえごまの洗礼を受けてしまいました。すいとん、カルグクス、鍋。そして、最後の日にはえごまのお粥まで食べさせていただいたのです。

190604-6_DSF0425.jpg色々な野菜の上にこんもりと盛られたえごま粉。味付けは塩のみ。

あんなに小さな粒から、こんなに深い味が出て、しかも、独特の爽やかさで、熱々を食べているというのに清涼感を感じる不思議な存在、えごま。鍋を出す店では貴重な韓国産のえごま粉を分けてもらい、市場ではえごま油、えごまの粒、えごまの生葉、さらにはえごまの葉の塩漬け。えごまが使われているものなら、全て欲しくなり、色々と買って帰りました。そして、私の料理にいまやえごまは欠かせないものとなっています。

190604-7_DSF0863.jpg2月に訪れた韓国。雪の降る寒い朝に朝食として頂いた、えごまのお粥。

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さて、今日は、我が家に14人の韓国のお客様をお迎えして、料理をお出ししました。料理は私が得意なイタリアの料理に発想を得ることにしました。そして、メニュー作りの際に自分で決めたテーマが「韓国の食材をアクセントに使う」ということでした。メセンイ(青のり)やカムテ(のり)を使ったパンフリット(パン生地を揚げたもの)に始まり、韓国唐辛子を使ったトマトソースのパスタ、そして、かつおのたたきと焼きなすには、えごまの粉と粒々をふり、韓国の塩をふってお出ししました。付け合わせの緑の野菜のサラダはえごま油で和えてみます。

190604-8_DSCF4715.jpgソウル市内から車で1時間のところにある龍仁という町に住む、友人の台所。

イタリアと韓国が結び合わさった料理、お口にあったかしら……、と心配していましたが、日本語で恥ずかしそうに「お料理とても美味しかったです。」と言ってくださった方がありました。よかった、と胸を撫で下ろします。えごまの新しい可能性にも気づくことができました。

さあ、また8月には、韓国を訪れることになりました。次はどんなえごま料理に出会えるのか……?今からそれが楽しみで楽しみで、仕方ありません。

2019年6月20日   細川亜衣

本サイト上とフィガロジャポン本誌にて連載中の「細川亜衣の旅と料理。」2019年8月号(6月20日発売)では、細川さんが台湾の旅で着想を得た「えごまのすいとん」のレシピとエッセイを掲載。

photos:YAYOI ARIMOTO

大学卒業後にイタリアに渡り、レストランの厨房や家庭の台所など、さまざまな場所で料理を学ぶ。熊本に移住し、菩提寺の泰勝寺にて、マーケットや料理会、教室などさまざまな食関連の企画をしている。

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