オルセー美術館『オペラ座のドガ』展とオペラ座バレエ団【前編】

1. オルセー美術館で1月19日まで『オペラ座のドガ』展。

オルセー美術館で『オペラ座のドガ』展が開催されている。1860年代からのキャリアにおいて、エドガー・ドガ(1834〜1917年)はまるで自宅のようにオペラ座内を観客席、舞台、楽屋、ホワイエ、リハーサル室と歩き回り、オペラ座を題材にした多数の作品を残した。手がけた作品の45〜50%がオペラ座にまつわるものながら、オペラ座と画家の関係にフォーカスした展覧会というのは意外にもこれが初めてである。

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ペルティエのオペラ座での舞台稽古を描いた油彩。「Répétition d'un ballet sur la scène」 1874 © RMN-Grand Palais (Musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski

目が不自由になる58歳頃まで、なぜドガはオペラ座にそれほど熱心に足を運んだのだろうか。気晴らしや娯楽を求めたわけではない。「道具箱」、彼はオペラ座をこう表現した。ダンサーは口実にすぎず、オペラ座には彼が芸術家として必要とするすべてが揃っていたからだ。彼が実験的なことをするためのラボラトリーだったオペラ座と彼の関係が、展覧会では時代順に紹介されている。

裕福な銀行家で芸術愛好家だった父親に連れられて、彼は子ども時代からオペラ座に出入りしていた。これはオペラ・ガルニエ以前、ペルティエ通りにあったパリ・オペラ座のことである。この細い通りにある劇場から出た際にナポレオン三世が暗殺未遂にあったことから、現在見られるように広場に面した劇場への移転計画が生まれたのだが、新オペラ座の工事はなかなか捗らず。ペルティエ通りのオペラ座が1873年に火災で炎上したことにより、工事に拍車がかけられ、そして1875年にシャルル・ガルニエ建築による現在のパリ・オペラ座が完成したのである。

ペルティエの劇場全焼からオペラ・ガルニエの完成までの間、ドガはそれまで描いたクロッキーを頼りにアトリエで記憶を再構築して絵画を制作した。

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ペルティエ・オペラ座での『クラス・レッスン』(左)は、1873年に制作を始め、1875〜76年に完成させた。右の『ジュール・ペロ』は左のための習作。

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オルセー美術館に常設されているオペラ・ガルニエの断面模型が、展覧会場に移動して展示されている。

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画家としてなかなか自分のスタイルを見つけられずにいたドガが、オペラ座を題材にした作品を描き始めたのは1860年代。ペルティエ通り時代のオペラ座で最初に描いたのは、バレエ『La Source(ラ・スルス)』で喝采を浴びた社交界の花形であるエトワール、ウジェニー・フィオークルだ。この作品の評価は特に芳しいものではなかった。その2年後に、音楽家を描くことで彼は自分のスタイルを見つけることになる。当時の芸術作品の価値を左右するサロンに出品した『オペラ座のオーケストラ』(1870年)が、大胆に切り取ったモダンな構図ゆえに過去の出品作の失敗を払拭するに値する評価を得たのだ。その後、ペルティエのオペラ座のリハーサル風景の絵画でも、主題が中央ではない、モデルが背中向きといった珍しい構図が見られる。

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『ラ・スルス(泉)における、E.フィオークル嬢の肖像』(1867〜68年)。Brooklyn Museum, Don de James H. Post, A. Augustus Healy et John T. Underwood, 21.111 © Photo Brooklyn Museum

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展示光景。

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左『オペラ座のオーケストラ』(1870年頃)、右『オーケストラのミュージシャン』(1872〜76年)。左はバスーン奏者のデジレ・ディオーからの依頼作品ゆえ、バスーン奏者が手前に描かれている。ドガが音楽家を描いていた時代、バレエはまだ背景にすぎなかった。

オペラ座の中に彼がさまざまな題材を見つけ始めるのは、1870年代に入ってからである。友人でオペラの台本を書いていたアレヴィーが彼をオペラ座の裏側へと招き入れてくれたのだ。ドガの興味をひいたのはダンサーだけではない。黒服の男たち、つまりオペラ座の定期会員(アボネ)たちの存在だ。ダンサーたちの脇に黒服の男を描きこんだ作品を彼は多く残している。裕福な会員たちの目にとまり、面倒をみてもらう機会を得るべく貧しい女性たちがオペラ座のダンサーの職についていた時代である。舞台の裏のホワイエ・ドゥ・ラ・ダンスは彼らと彼女たちの出会いの場でもあった。こうした現実から、ダンサーを娼婦に、ダンサーの母親を女衒に、そして会員を娼館の客に見立てたモノタイプ作品もドガは残している。

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『Le Rideau』(1881年頃)。ステージ上、あちこちに黒服の男が描かれている。Washington, DC, The National Gallery of Art Photo © Washington, DC, The National Gallery of Art – NGA IMAGES

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舞台裏を描くと、自然と会員を描くことになるのだろう。黒服の姿が認められる作品は少なくない。

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モノタイプでも、ダンサーと会員の関係を描き続けたドガ。

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素材、フォーマット、視点、光など、ドガにとってオペラ座は複数のテクニックを試すためのラボラトリーだった。ダンスを題材にした彫刻も多く残されている。中でも有名なのは、オペラ座のダンサーだったマリー・ヴァン・ゴーテムをモデルにした『14歳の小さな踊り子』像。髪に結んだリボン、チュチュ、トゥシューズなどが布帛である上、まるで人間の肌そのものの素材感……あまりにもリアルゆえに凄まじい反響を呼ぶことに。批判はモデルの美醜に及び、さらにモデルのオペラ座外での不道徳な振る舞いへと至ったそうだ。

フォーマットについては、横長のサイズにとりわけポイントをおいて作品が展示されている。素材については、1886年以降に彼が集中して描いた大判の木炭画を一部屋に集めての展示。

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『14歳の小さな踊り子』像(1865年と1881年の間)と裸体ポーズの習作をあわせて展示。

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1879年からドガは特殊なフォーマットを試し、1880年の印象派展で横に長い作品を初めて発表した。

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腕を伸ばしたモデルの習作(1895〜96年)。ガラスのネガ。Bibliothèque nationale de France, Paris © photo Bnf

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アラベスクのポーズを描いた木炭画。

最後、展覧会を締めくくるのは“色の大饗宴”だ。この表現は、1899年、製作途中のアトリエを見せることのないドガに招かれた画家ベルト・モリゾの娘ジュリーが、彼がその時とりかかっていた仕事を見て“色の大饗宴”と日記に書き残したことによる。世紀の代わり目、ドガのお気に入りは木炭画、そしてパステル画だった。パステルの素材とテクニックは、バレエの素晴らしい面を表現するのにパーフェクトだったのだ。人間の身体がバレエという魅惑の祭典をつくりあげる道具となることを表現できるのが、パステルだったのである。

ルノワールがこう言ったそうだ。「ドガが50歳で死んでいたら卓越した画家ということで終わっただろう。50歳を過ぎ、彼は巨匠となった」と。

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展覧会の最後は、パステルが重ね塗りされ色が飛び出してくるような作品の連続である。

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同じ構図をパステルの色を替えて何度も描いたそうだ。

『Degas à l’Opéra』展
開催中〜2020年1月19日
Musée d’Orsay
1, rue de la Légion d’Honneur
75007 Paris
開)9時30分〜18時(木〜21時45分)
休)月、12月25日
料:14ユーロ
www.musee-orsay.fr
大村真理子 Mariko Omura
madameFIGARO.jpコントリビューティング・エディター
東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏。フリーエディターとして活動した後、「フィガロジャポン」パリ支局長を務める。主な著書は『とっておきパリ左岸ガイド』(玉村豊男氏と共著/中央公論社刊)、『パリ・オペラ座バレエ物語』(CCCメディアハウス刊)。
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