マリオン・バルボー、コレオグラファーとの出会いを求めて。

パリ・オペラ座で人気の演目というと、かつてはルドルフ・ヌレエフ作品を筆頭にクラシックバレエだった。ところが最近、“チケットが取れない!!”と主に20~40代が悲鳴をあげるのは今シーズンで例を上げればアレクサンダー・エクマンの『Play』、クリスタル・パイトの『Body and Soul』といったコンテンポラリー作品である。どちらも50名近いダンサーたちが舞台上で一斉に踊り、前者は会場を笑わせる遊び心あふれる演出に加え、最後は舞台のダンサーたちと大きなボールのやりとり。後者はティエリー・ミュグレーの1997年のショーを思い出させる昆虫のような”生物”の大群とテディ・ガイガーの「body and soul」の音楽。観客の喜び、驚き、狂気がSNSを騒がせ、これまでパリ・オペラ座に足を運んだことのない人々も……とロックコンサートに行く感じに、グループでにわかバレエファンがパリ・オペラ座にバレエを見にやってくるようになった感がある。

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マリオン・バルボー。昨年12月にオペラ・ガルニエで踊られたシャロン・エイアルの『Faunes』のリハーサルより。 photo:Yonathan Kellerman/Opéra national de Paris

シーズン2021~22の開幕以来、すべてのコンテンポラリー作品に配役されているダンサーがいる。プルミエール・ダンスーズのマリオン・バルボーだ。フランスで3月30日の公開が待たれるセドリック・クラピッシュ監督の新作『En corps』の主演を務めたのも彼女である。コンテンポラリー作品を踊ることでいささか太ももに筋肉がついたと語るものの、ヘアがショートカットなことを除けば、スラリとした肢体に愛らしい小さな顔の“いかにもバレリーナ”という風貌は入団以来変わっていない。2018年2月にオペラ・ガルニエで『オネーギン』が踊られた際は、ポール・マルクをパートナーに溌剌とフレッシュなオルガ役を踊るなど、クラシック作品でも素晴らしい魅力を発揮していたのだが……。

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左: バランシンの『コンチェルト・バロッコ』。隣りはエロイーズ・ブルドン。 右: フォーサイスの『Blake Works I』 photos:(左)Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris、(右)Ann Ray/ Opéra national de Paris

今シーズンのオープニング・ガラで彼女はダミアン・ジャレの『Brise-Lames』を踊った。これはオーレリー・デュポン芸術監督が振付け家4名に創作を依頼した中のひとつで、2020年11月に4作の発表公演『Créer aujourd'hui』が予定されていたが劇場封鎖により中止の憂き目にあい、オペラ座はFacebookで公演中3作品を有料配信した。この時マリオンが創作に参加したのは、シディ・ラルビ・シェルカウイの『Exposure』で、『Brise-Lames 』ではない。

「そうなんです。この創作時に私はまだ仕事を一緒にしたことのないダミアン・ジャレの作品に参加したかったのですけど……。彼の身体言語が好きなんです。今回、あいにくと彼との時間はあまり多くはなかったけれど、ガラでの再演で彼の作品を踊るという念願が叶いました」と彼女は語る。マリオンにとってコレオグラファーたちとの出会いが、仕事の中でも大きな喜び。彼らとスタジオで過ごす時間はとても興味深い。より多くのコレオグラファーと出会いたいという希望は、芸術監督に以前から伝えてあったという。

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といってもコンテンポラリー作品の場合、まずは振付け家のオーディションがある。これにパスしない限り本人の希望通りに作品に参加できたり、理想の役につけるわけではないのだ。マリオンの場合、今シーズンは『Brise-Lames』があり、次いで創作にも参加している『Play』の再演、トリプルビル「シェルカウイ/エイアル/ニジンスキー」中のシャロン・エイアルの創作『Faunes』、再演の『Body and Soul』とコンテンポラリー作品が続いた。そして3月の「ホフェッシュ・シェクター」で『In your rooms』を踊ることが発表されている。

「ひとりのコレオグラファーと仕事をすることによって、次の別のコレオグラファーのオーディションに緊張せずにのびのびと参加できるんですね。こうして、その次も……と。それゆえか、コンテンポラリー作品に配役されることが続いているようです」

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クリスタル・パイトの『Body and Soul』のリハーサルとステージ。パートナーはアレクサンダー・エクマンの『Play』でも絶妙なやり取りを見せたシモン・ル・ボルニュだ。photos:Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

求められるスタイルが変われど、彼女はそれに柔軟に対応できる身体能力、表現力を備えているということだろう。それに加えて、彼女の意欲もオーディションでコレオグラファーの気持ちを捉えるのではないだろうか。最近参加した創作は12月にオペラ・ガルニエで踊られたシャロン・エイアルの『Faunes(牧神たち)』。バレエ・リュスの名作のひとつであるニジンスキーの『牧神の午後』の再解釈版で、音楽も同じドビュッシーの曲を使用した10分前後の作品だ。この創作に参加した女性ダンサーはマリオン・バルボー、キャロリーヌ・オスモン、ニンヌ・セロピアン、マリオン・ゴティエ=ドゥ=シャルナッセ、エロイーズ・ジョクヴィエルの5名で、男性はシモン・ル・ボルニュ、イヴォン・ドゥモル、アントナン・モニエの3名だった。舞台を見たのは一度だけだけれど、ソーシャルメディアなのでシャロン・エイアルの仕事を追いかけ、そのダンスの哲学に惹きつけられていたというマリオン。彼女と『Faunes』の仕事をしたことでフェミニニティについて表現の仕方についての新発見があったと目を輝かせる。

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創作に際し、シャロンはダンサーたちにこう告げたそうだ。「コンテンポラリーダンスはしません。でもクラシックでもありません」と。

「彼女のスタイルを踊る、ということですね。ダンサーたちがずっとドゥミ・ポワントで踊るという作品でした。クラシックのコードを活用したハイブリッドな作品なんです。彼女はクラシックバレエへのリスペクトがあり、人間に興味があるので私たちが受けた教育、私たちが持つ身体言語を創作のベースにしています。身体の変容を要求する作品で、それによって私はそれまで至れなかった極限を発見することができました」

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ドゥミ・ポワントで踊り続けたシャロン・エイアル創作『Faunes』より。写真左右とも中央がマリオン。男女とも同じコスチュームをデザインしたのはシャロンとも親しいマリア=グラツィア・キウリだ。セカンドスキンといえるほど、とても踊りやすい衣装だったとマリオンは語る。photos:Yonathan-Kellerman/ Opéra national de Paris

ドゥミ・ポワントで踊るダンサーたちの身体は常に上へと引き上げられるようで、重心を床に落として踊られることの多い従来のコンテンポラリー作品とは異なる、まさにシャロン・エイアルならではの創作はオペラ・ガルニエを埋めた観客から大きな拍手で迎えられた。オペラ座のダンサーたちが有する素晴らしい身体能力のおかげで、ほかでは創れない作品をコレオグラファーは実現することが可能なのだ。芸術監督の創作依頼に大勢のコレオグラファーが応じるものもっともだろう。

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コンテンポラリー作品へのマリオンの興味をひくきっかけとなった作品がある。バンジャマン・ミルピエ芸術監督時代のことだ。オペラとバレエを連動させた『イヨランタ/くるみ割り人形』で彼女はバレエ・パートの主役マリーを踊ったのだが、これは3人のコレオグラファーが振り付けるという新しい試みの作品でもあった。それまでコンテンポラリー作品の創作に主役として参加したことがなかった彼女は、とりわけ3名の中のひとり、シディ・ラルビ・シェルカウイがクリエイトしたステファン・ビュリオンとのデュオで、パートナーと身体の重心のかけ方やバランスの取り方など多くを学んだという。

「この作品がきっかけです。そのあと、2019年に踊ったホフェッシュ・シェクターの『The Art of Not Looking Back』があり、オハッド・ナハリンの『Décadanse』があって……。コンテンポラリーへとよりかき立てられたんです。自分の身体が持つ柔軟性についても、オハッドのスタイルを知ってから発見したんですよ」

2020年3月からしばらく続いたフランスの外出制限期間中は、 自分をこうした身体言語へとプッシュしたいとオハッド・ナハリンの身体メソッド「Gaga」に自宅で取り組んでいたそうだ。

2018年11月に行われたコンクールの結果、プルミエール・ダンスーズに上がった彼女。次の段階はエトワールである。過去にエトワールたちが任命されたのは、クラシック作品を踊ってのことがほとんど。あえてコンテンポラリー作品を踊ることを希望しているマリオンはこの点について、どのように思っているのだろうか。

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『イヨランタ/くるみ割り人形』より。振付け家シェルカウイとの仕事が彼女のコンテンポラリー欲をかきたてることに。photos:Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

「プルミエール・ダンスーズなので、確かに私はエトワールという階級へのアクセスがある位置にいるわけですが、いま私がしたいこととこの階級は両立できないことだと思うのです。エトワールというのはカンパニーのショーウィンドウ的役割も果たします。エトワールはクラシック作品をメインに踊り、ときに『Body and Soul』も踊って、というのはいまの私の興味とは一致しません。クラシックバレエは私が受けた教育で、放棄するつもりはありません。クラシックのテクニックへの愛は変わらないし、『ロミオとジュリエット』や『ジゼル』といった作品への興味も持ち続けています。でもオペラ座ではクラシック作品と同時にシャロン・エイアルやマルコ・ゲッケといったコレオグファーの作品もあります。私、好奇心が強いので新しい振付け家が来るたびに、クラシック作品を踊る機会を逃すことになっても、彼らと仕事をしたい! 彼らに会いたい!と。思うので……」

コンテンポラリー作品での任命ということもありえるのではないか、と傍目には思わないでもないが、彼女は肩書きにこだわらない姿勢を明快に示しながらこう答えた。

「それは不可能です。ほどんどのコンテンポラリー作品はグループで踊られます。たとえ『Faunes 』のように8名だけでも、たとえその中で私が30秒ソロを踊るにしてもグループの仕事なんです。こうした作品にヒエラルキーはないのです。それで任命というのは矛盾することだと思います」

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グループの仕事。『Body and Soul』の第1幕では群衆のひとりとして周囲を大勢に囲まれて踊ることに活気を覚え、楽しめたそうだ。もっとも創作の過程を思うと、ダンサーの数が少ないほうを断然好むという。それはダンサーの舞台上のエゴではなく、コレオグラファーと密な時間が過ごせ、それによって、より遠くへと進むことができるからだ。3月14日から公演が始まる公演「ホフェッシュ・シェクター」では『Uprising』が男性ダンサー7名により、『In your rooms』は女性12名、男性10名により踊られる。彼女が始めてシェクター作品を踊ったのは2018年5月。女性9名による『The Art of Not Looking Back』だった。この時の発見も彼女をコンテンポラリーへとより向かわせることになったのだ。ダンサーの顔もろくに見分けがつかないような暗い照明の中、エネルギーを弾けさせて力強く踊ったマリオンの姿は印象的だった。

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『Body and Soul』の第1幕より。配役されている50名近いダンサー全員が同じ振り付けで踊るシーンは壮観だった。photo:Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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ホフェッシュ・シェクターの『The Art of Not Looking Back』より。photos:Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

「コンテンポラリーの振付け家はスタジオで鏡を使いません。というのもフォルムより感覚の仕事だからです。フォルムがあるにしても、自分の身体に耳を澄ます必要があります。動きにおいて自分が感じることを研ぎ澄ませる必要があります。ウォーミングアップもひとりでするし、クラシックバレエとは違って自主性を求められるのが、初めてホフェッシュと仕事をした時におもしろいと発見しました」

彼と再び仕事できる機会があるのは、マリオンには喜ばしいこと。彼もまたクラピッシュ監督の『En corps』でホフェッシュ・シェクター自身として重要な役割を演じている。

editing: Mariko Omura

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