古典大作『白鳥の湖』かピナ・バウシュの『コンタクトホーフ』か。

パリ・オペラ座バレエ団、12月はオペラ・バスティーユで古典大作バレエでオペラ・ガルニエでコンテンポラリー作品というのが恒例となっている。これは1989年にオペラ・バスティーユの劇場が完成して以来のことかと思いきや、2005年にバスティーユでルドルフ・ヌレエフの『くるみ割り人形』、ガルニエ宮でパトリス・バール創作の『ドガの小さな踊り子』というプログラムが組まれた以降に定着したスタイルのようだ。2022年12月は、オペラ・バスティーユでヌレエフの古典大作『白鳥の湖』、オペラ・ガルニエではピナ・バウシュの『Kontakthof(コンタクトホーフ)』が踊られている。

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左:『白鳥の湖』photo:Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris  右:『コンタクトホーフ』photo:Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

オペラ・バスティーユの『白鳥の湖』、エトワール任命劇が見られるか?

2022年の『白鳥の湖』は当初の配役から大きな変更が生じ、ジークフリード王子を踊るエトワールはポール・マルクだけという珍しい状況である。先シーズン末にステファン・ビュリオンが引退し、また4月に任命された最新エトワールのフランソワ・アリュの退団があり、現在の男性エトワールの総数はたったの5名(女性エトワールは9名)。降板したエトワールたちに代わってジークフリード王子を踊るのはマルク・モロー、パブロ・ルガザ、ジェレミー=ルー・ケールというプルミエ・ダンスール3名、そしてコリフェ(来年1月1日からスジェ)のギヨーム・ディオップだ。パブロとジェレミー=ルーはロットバルト役にも配役されている。ちなみにオデット/ オディール役を踊るのはエトワール3名とプルミエール・ダンスーズのエロイーズ・ブルドンだ。

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左: 今回のシリーズで王子役を踊る唯一のエトワールであるポール・マルク(左)と、ロットバルト役のジェレミー=ルー・ケール。この配役のオデット/ オディールはヴァランティーヌ・コラサントだ。長身でクールビューティのジェレミー=ルーは、12月29日と1月1日にアマンディーヌ・アルビッソンをパートナーにジークフリード役を踊る予定。 右: ドロテ・ジルベール×ギヨーム・ディオップの第2配役でロットバルト役を踊るパブロ・ルガザ。彼は12月26日にジークフリード役をエロイーズ・ブルドンをパートナーに踊る予定だ。 photos:Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

12月5日、オーレリー・デュポンを後継した芸術監督のジョゼ・マルティネーズが職務に就いたことから、オペラ座のバレエファンたちは彼がこの『白鳥の湖』で男性エトワールを任命するのではないかと予測するのだが、では誰が?となると答えが出ない様子だ。バレエ団のヒエラルキーに従えば、プルミエ・ダンスールの3名のうちのひとりとなるのだが……。2021年6月、カドリーユ時代に怪我で降板したジェルマン・ルーヴェに代わって『ロミオとジュリエット』で主役に抜擢され、コンクールでコリフェ に上がったものの公演時はまだカドリーユだった『ドン・キホーテ』では、最初から主役に配役されたギヨーム・ディオップ。今回はユーゴ・マルシャンに代わり、ドロテ・ジルベールのパートナーとして見事な舞台を見せている。テクニックに優れるだけでなく、芸術性も持ち合わせる彼は将来を嘱望される若手ダンサーに授けられるカルポー賞およびAROP賞も受賞。話題性とステージ上で放つオーラや華やぎという点で3名のプルミエ・ダンスールをしのぎ、ジークフリード役も好評である。しかし、だからといってエトワールには時期尚早!!という声もある。大柄の女性エトワールをポルテできる長身でもあり、またセネガル出身の父を持つ彼はオペラ座におけるダイバーシティという点から、今年はさておき、いずれはエトワールに!という存在。『白鳥の湖』の公演は1月1日まで続く。新芸術監督マルティネーズは自身のオペザ座のビジョンにふさわしい男性エトワールを任命するかしないのか。もし、するなら誰を……? 進展を見守ろう。

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ドロテ・ジルベールをパートナーに、ユーゴ・マルシャンに代わって王子役を踊るギヨーム・ディオップ。 photos:Yonathan Kellerman/ Opéra national de Paris

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コール・ド・バレエのダンサーが個性を輝かせる『コンタクトホーフ』

『白鳥の湖』に限らずクラシック作品でコール・ド・バレエの仕事が評価される時、“一糸乱れず”という表現がよく使われる。たとえば『ジゼル』の第2幕の夜の森で、ロマンティック・チュチュを纏った26名のウィリたちがアラベスク・ホップで踊るシーンは、全員が同じタイミング、同じ足の角度で揃ってこそ群舞の美しさが際立つ。群舞を踊る際にダンサーに求められるのは、一体化である。没個性が大切な群舞で、はみ出しがちの個性を持つダンサーたちは一丸となるべく大きな努力をしている。それとは逆に、現在オペラ・ガルニエで踊られているピナ・バウシュの『コンタクトホーフ』は自分自身を舞台で見せられるダンサーたちが選ばれているようだ。配役された28名中、エトワールはジェルマン・ルーヴェひとり、プルミエはエヴ・グリンシュタインひとりで、あとのダンサーは全員がコール・ド・バレエという構成。この作品のプログラムでは、珍しいことに全員が顔写真つきで紹介されている。クラシック作品のプログラムの場合はソリストだけというのとは大きな違いである。

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配役されているダンサー中、唯一のエトワール、ジェルマン・ルーヴェ。ピナ・バウシュの作品を踊りたいという夢を彼は『コンタクトホーフ』で叶えた。左はリハーサル、中・右は本公演でレティティア・ガロニと。日頃我々が見慣れたプリンス役では知ることのできなかった、新しい面を見せている。 photo:Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

1978年にピナ・バウシュによって創作されたこの作品は、『春の祭典』『オルフェとユリディーチェ』に次いで、今シーズン、オペラ座バレエ団のレパートリーに入った。20分の幕間を含むと2時間50分と長い作品で、男女間の誘惑、欲求不満、失望、難しさ、悲しみ、居心地の悪さ、不安、願望、バイオレンスなどいまも変わらぬ男女の関係が2幕で展開される。1930年代の雰囲気の中、男性はダークスーツ、女性はサテンのタイトなドレスという衣装だ。演劇性が高く、ダンサーたちには表現力が求められ、自分をさらけ出す必要がある作品である。ダンサーたちはクラシック作品での群舞とは正反対の仕事に挑み、与えられた役の中でパーソナリティを発揮してステージを満喫している様子だ。男性陣は日頃コンテンポラリー作品に配役されることが多いダンサーたちなので、すでに自分の持ち味を観客に知らしめているけれど、女性ダンサーについていえばこの作品において大きな発見がある。作品を見ごたえのあるものとする、ダンサー各人の個性が引き立つ見事な配役である。

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シンプルな舞台装飾の中、女性たちのドレスの色が印象に残る。作品中、1〜2幕ともダンサーはほぼ全員が常にステージ上に。 photos:Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

たとえば、この舞台がオペラ座の最後の作品となるエヴ・グリンシュタインはノイマイヤーの『椿姫』のマノン役で見せた妖艶さが忘れがたいダンサーだが、『コンタクトホーフ』でも妖しさを匂わせている。彼女のようなタイプのダンサーはほかにいないので引退が惜しまれる。キャロリーヌ・オスモンは現在スジェだが、2011年に入団しコリフェに上がるまで7年を要した。彼女がそのキャラクターを生かして“ブレイク”したのは、アレクサンドル・エクマンの『Play』だった。エキセントリックでユーモラスにひとり舞台でしゃべり続けるという役に、エクマンは最初はほかのダンサーを配役していたが、創作途中で彼女の個性に着目して抜擢したのだ。この役によってオペラ座も彼女を“発見”し、彼女も自分の場を見いだしたようで、『コンタクトホーフ』でも笑いをとる役に配されて観客を楽しませている。ダンサーにとってひとつの転換となるような役を今回得たのは、スジェのイダ・ヴィイキンコスキーだろう。『ジゼル』でウィリのひとりの時と違い、見事な“性格女優”ぶりを発揮している。

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1998年に入団し、2008年からプルミエール・ダンスーズのエヴ・グリンシュタイン。これがオペラ座で踊る最後の作品だ。スタジオでのリハーサル写真の左は、ジュリアン・ギユマール。 photos:Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

カドリーユたちの活躍も注目に値する。2009年に入団したカミーユ・ドゥ・ベルフォン。アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルの『Bartók's Quartet』を除いて、あまり活躍の場に恵まれていなかったようだが、今回のステージではその優美さを際立たせている。2014年入団のアワ・ジョワネは美しいプロポーションのボディをサテンのドレスに包み、観客に木馬に乗るためのコインをステージ上からねだる姿から、イノセンスと官能が混じり合う不思議な魅力を放っている。イダとコンビを組んで、高い演劇性と豊かな表情で舞台を盛り上げているのは、契約団員として5年を過ごした後2021年に入団したアデル・ベレムだ。作品そのもの、そしてダンサーたちの個性を楽しめる『コンタクトホーフ』の公演は12月31日まで。

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左: スタジオでのリハーサル。ダンサーは左から、カミーユ・ドゥ・ベルフォン、アデル・ベレム、イヴォン・ドゥモル、クレモンス・グロ、アントナン・モニエ、アワ・ジョアネ、ルーシー・ドゥ・ヴィーニュ、マチュー・ボト、イダ・ヴィイキンコスキー、マキシム・トマ、エヴ・グリンシュタイン。 右: イダ・ヴィイイキンコスキー。 photos:Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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左: 素晴らしいチームワークでステージを作りあげるイダ・ヴィイキンコスキー(左)とアデル・ベレム。第1配役はエロイーズ・ジョクヴィエルとシャルロット・ランソンだ。30年代調の衣装で。 右: アデル・ベレム。 photos:Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

editing: Mariko Omura

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