モダニズムと伝統の融合する宿に北陸の老舗高級旅館らしいおもてなしあらや滔々庵
~山代温泉/石川県~
ホテルへBon Voyage 2014.04.21
開湯725年、すでに1300年近い気の遠くなるような歴史を刻む北陸の名湯、山代温泉。北陸三県でも最大級の規模を誇るこの温泉地には、北大路魯山人や与謝野晶子らが愛したという名湯が、今尚、滔々と湧き出ています。地下数十メートルから湧き出る湯量は1日10万リットルとか、自然の恵みには驚かされるばかりです。
泉質の良さも含め世界的評価も高い山代温泉には、源泉64度の含石泉・食塩・芒硝泉の3つの泉質があるといいます。そして2010年10月3日、町の中心には"古総湯"が完成しました。これは明治時代の総湯を復元し造られたもの。老舗旅館「あらや滔々庵」はその総湯に向かい、初代荒屋源右衛門の時代から変わらぬおもてなしと、屋号の通り"滔々"と湧き出ずる良質の温泉で訪れる人を癒してきました。「あらや滔々庵」の源泉は山代温泉発祥の湯元でもあるのです。

宿の入り口近くに飾られた慎ましい看板。
懐かしい趣の宿の玄関を入ると、館内に北大路魯山人が残したという貴重な作品が飾られていることに目が止まります。その玄関には閑静な空気が流れる中で、女将や若女将、スタッフが正座し深々と頭を下げ丁寧なお出迎えをしてくれました。伝統的なおもてなしと、館内のスタイリッシュな雰囲気が融合する宿に一瞬驚かされるのも確かです。

玄関を入った上がり口、ホテルで言えばエントランスロビー。烏の絵は、「当館の源泉は烏湯伝説の泉、山代温泉発祥の湯元(あらや滔々庵・記載)」という逸話から。
かつて、前田家歴代藩主入湯の宿として湯番頭の命を受けて以来、脈々と継承されてきた宿は2002年に代替わりを果たし、次世代を担う若旦那と若女将が18代目の後継者に就任しました。悠久の歴史の中を歩んできた温泉地と宿には日本を代表する芸術家、美食家として今に伝わる北大路魯山人など多くの著名人、歴史的人物が名を連ねる中、後継者である18代目は、将来を見据えて宿に新風を吹かせています。

落ちつきのある露天風呂付和室のひとつ。

坪庭に面した軒先に置かれたモダンなチェア。

温泉の引かれた半露天の檜風呂。

前田藩ゆかりの「御陣の間」、加賀藩ならではのベンガラ色の壁が特長的。

一軒家"有栖川山荘"へと続く通路。樹齢数百年の木々に包まれた静謐な木造家屋は、夜はラウンジとして。

"有栖川山荘"の内部。明治初期、天皇来館のために釘を一本も使わずに建てられたという。
また食に悦びを見出した著名人たちが好んで逗留した旅館だけに、旬を彩る豊かな食のもてなしは変わっていないようです。海老、ズワイガニ、加賀レンコンなど地産地消の素材が美しく絶品の料理に変身し滞在者の五感を刺激。伝承九谷焼や現代食器など、その都度、料理を盛りつける器にも見入ってしまうほどです。


豊富な食材を活かすため手を加えすぎない洗練された料理を提供。
「あらや 滔々庵」の創業は1639年、宿の軒先には樹齢800年超という杉の木が立っています。また館内には「酒遊茶論 有栖川山荘」が併設され、夕暮れ時からはしっとりと空間を楽しむゲストで賑わっています。ここは幕末に名を刻んだ四親王家の一つ、有栖川家や小松宮家の皇族方に愛された離れだったといいます。内部はモダンに改装され、ラウンジとして機能。入り口には気鋭の画家マヤ・マックス氏の作品が飾られ、酒席は独特のムードを醸し出していました。(K.S)
あらや滔々庵
石川県加賀市山代温泉湯の曲輪
Tel : (0761)77-0010(代) Fax: (0761)77-0008
http://www.araya-totoan.com/jp/index.html
部屋数:18室(内、厳選露天風呂付9室)
施設:露天風呂付大浴場 2、特別浴室 1温泉、バーラウンジ「有栖川山荘」、セレクトショップ、宴会場
料金:プラン4月1日~10月31日迄(1室2名利用1名料金)/旬の懐石コース(一般客室)32.040円~、(露天風呂付)43.200円~
アクセス:列車(JR)/東京~加賀温泉駅:3時間50分、駅からタクシーで10分
飛行機/東京~小松空港:1時間、タクシーで25分。

Kyoko Sekine
ホテルジャーナリスト
スイス山岳地での観光局勤務、その後の仏語通訳を経て94年から現職。世界のホテルや旅館の「環境問題、癒し、もてなし」を主題に現場取材を貫く。スクープも多々、雑誌、新聞、ウェブを中心に連載多数。ホテルのコンサルタント、アドバイザーも。著書多数。
http://www.kyokosekine.com