ガラス作家 山野アンダーソン陽子さんにインタビュー。
デザイン・ジャーナル 2020.12.22
スウェーデン、ストックホルム在住のガラス作家、山野アンダーソン陽子さんと、益子の郡司製陶所の郡司庸久さん、郡司慶子さんの三人展が、ババグーリ本店で開幕しました。2020年12月27日(日)まで行われています。
photo : Courtesy of Babaghuri
2年に一度開催されているこの三人展は、今回で3回目。そのつど帰国されている山野さんに今年はお会いできないのが残念ですが、ストックホルムにいる本人に、電話で話をうかがえました。
「展示のテーマはいつも三人で話しあって決めています。今回の『冬の晩餐』も、誰かを家に招いて食事でもてなすときに私たちは何をつくるだろう、と話をするなかで挙がりました。晩餐のシーンをイメージして、それぞれの作品を制作しています」
「陶器とガラスと、表現される世界はもちろん異なり、この三人だからこそできる展示だと思っています。ババグーリさんも私たちをよく知ってくれているので、意向を汲んでくれたうえでの提案など大きな力になってくださっていて、私自身が毎回楽しみにしている展示なんです」
「冬の晩餐」展の作品から。皿は郡司製陶所の作品。 photo : Courtesy of Babaghuri
「庸久さん、慶子さんはもともと互いの作品も知っている友人でしたが、ババグーリで展示を行うようになって、工芸のあり方や社会についてなど、いろんな話をするようになりました。植物園に行ったり、お蕎麦を食べたり、一緒に時間を過ごしていくなかで、考えていることやそれぞれに向きあっていることについて話したりもしています」
「マテリアルや制作そのものに対する庸久さんの向き合い方には共感する点が多く、それが私自身の力になっていますし、また安心も得られます。慶子さんには思想の面で共感できるところがあって。私にはないものも慶子さんはたくさん持っていて、うらやましく思うこともあります」
「こうしたふたりのバランスがまた見ごとなんです。おふたりと展示できることを、とても嬉しく思います」
「冬の晩餐」展で目にできる山野さんの作品から(続く写真も同じ)。photo : Courtesy of Babaghuri
山野さんに改めて、ガラス作家の道に進んだ背景についてもうかがいました。
ガラスの魅了に最初に出会ったのは、10代のときだったそう。
「小学校5年生か6年生のとき、母と行ったスカンジナビアのアート、デザインの展覧会です」
「いま思い返すとコスタボダやオレフォスのガラス作品だったり、アラビアの陶の作品、カイ・フランクの作品もあったのですが、なかでも関心を持ったのがガラス作品。また、量産される日常品としてのクラフトに興味を持ちました」
「でも、ガラスという素材がどうつくられているのかも知らなくて、ガラスそのものについてや、制作手法をどこで学べるのかなど、高校を卒業する頃まで調べ続けていました。インターネットもなかった時代ですから、いろんな人に会いに行っては、話を聞いていたりもしました」
photo : Courtesy of Babaghuri
「制作を学べる場所がスウェーデンにあると知り、スウェーデン大使館から資料を入手したりもしていました。中学時代後半のことです。すべてスウェーデン語だったので、神田の書店街にスウェーデン語の辞書を買いに行って調べたり……」
大学卒業後、2001年にスウェーデンへ。スウェーデン国立美術工芸大学でガラスを学んでいます。
「スウェーデンでは古くからガラス文化が根づいていて、ごく普通の家庭でも、水の種類やお酒の種類にあわせたグラスを用意していたりします。こうした文化はその地でしか体感できないもの。その空気のなかで制作できることで自分も知識を深められ、思考を作品に反映することができるのだと思っています」
工房で制作中の山野さん。2021年は春に日本での展覧会を予定。他にも温めていたプロジェクトを始めるそう。Photos: Yayoi Arimoto / 在本彌生
スウェーデンを拠点とする活動を続けるなか、ガラスのデザインを手がけているデザイン界の重鎮、インゲヤード・ローマンさんに「私の弟子」とも言われている山野さん。
「嬉しいですが、弟子と言っていただけるのが不思議で……。というのも、一緒に旅行したり、ご飯を食べたりお茶をしたり、その時々の彼女の素直な感情だったり愚痴を聞いたりすることもありますが(笑)、弟子らしいことを私は何もしていないんです。彼女は陶芸家で、ガラス器のデザインを手がけている。私はガラスを自分で吹き、陶器にデザインで関わっていて、その点も違います」
「でも、あるインタビューで、インゲヤードが私のことを、『忍耐強く、しつこく探求するところが似ている』と語ってくれたことがあって。また、『赤、と言ったときに、陽子はきっと私とほぼ同じ赤を頭に描いているはず。そういう共通点を持った人に出会えることはとても大切なこと』と。継続して制作に取り組むにあたっての励みともなることばも、インゲヤードからいただいています」
photo : Courtesy of Babaghuri
山野さんにとってのガラスの魅力も、改めて尋ねてみました。
「透明であること。それがやはり第一の魅力です。水とも空気とも異なる透明さ。素材の厚みによって、光を内包し、光を反射させる。透明でありながら、なかに入れるものによって、ガラスそのものの形が浮かびあがります」
「『ガラスは液体』と私はとらえています。その流動的なその姿を表現したいと思っていて、制作する際に型(かた)を使わないのもその考えから。また、型を使わないことで、つるんとした表情とは異なり、ほどよい触感で手にフィットするグラスとなります」
工房で。 photos : Yayoi Arimoto / 在本彌生
今回の三人展では、足つきのグラスが多く制作されています。
「ワイングラスでは、赤ワイン用と白ワイン用で、グラスのつくり方そのものを変えています。カクテルグラスもあります。型を使わない制作方法で形が少しづつ異なっていることも、手にとってご覧いただけると思います」
photo : Courtesy of Babaghuri
「サヤから出したグリーンピースの豆の大きさや形が微妙に違っているように、同じようでいながらちょっと違う、というのが好きなんです」
「万華鏡を回しているとある瞬間、自分の好きな模様が現われるように、クラフトの世界でも微妙に違いのあるものが複数つくられ、そこに、ささやかながら自分自身を見つけていける。そういうものづくりができるといいなと考えています」
アトリエで。 photo : Yayoi Arimoto / 在本彌生
スウェーデンの工房で、1200度の高熱で溶けたガラスからグラスやピッチャーなどをかたちづくる山野さんの姿を思い浮かべながら、今回も楽しい会話となりました。
「ビール用としてつくったグラスを、花を生けるのにちょうどいい、と購入してくださった方がいました。使ってくださる方が主役となり、その方のものとなっていくことが心地よいんです。今回のグラスやピッチャーも、皆さんの生活の一部となるような使い方をしていただけると、嬉しいです」
一年のしめくくりの時期となりました。新年の食卓の風景を想像しながら目にするのも楽しい、「冬の晩餐」展です。
Noriko Kawakami
ジャーナリスト
デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立。デザイン、アートを中心に取材、執筆を行うほか、デザイン展覧会の企画、キュレーションも手がける。21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターとして同館の展覧会企画も。
http://norikokawakami.jp
instagram: @noriko_kawakami