日本の手技が特別展に。ヴェネツィア「ホモ・ファベール・イベント 2022」

イタリア、ヴェネツィアのサン・ジョルジョ・マッジョーレ島にて、2022年4月10日、『HOMO FABER EVENT (ホモ・ファベール・イベント)2022』が開幕します。

ホモ・ファベールとは「造るひと」の意味。ホモ・サピエンス(知恵あるひと)、ホモ・ルーデンス(遊ぶひと)と並んで挙げられる現生人類の定義、そう、私たち「ひと」の特色です。深い意味を備えることばをタイトルに掲げた、それも魅力ある地で行われる注目したい催しを今回は紹介します。

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サン・ジョルジョ・マッジョーレ島。photo: Courtesy of the Fondazione Giorgio Cini  

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スイスに拠点をおくミケランジェロ財団 クリエイティビティ&クラフツマンシップ部門の主催で『ホモ・ファベール・イベント』の第1回が開催されたのは2018年秋のこと。今回はその後コロナ禍で開催が延期となっていた待望の第2回です。工芸、インテリア、ファッションなど、分野の枠を超えながら、手技による表現の可能性を感じられるさまざまな展示が予定されています。

会場となるのはヴェネツィアのジョルジョ・チーニ財団。今回は『Homo Faber: Crafting a more human future Living Treasures of Europe and Japan (ホモ・ファベール:工芸が描く、より人間らしい未来 欧州と日本の “生きる宝” )』という全体テーマのもと、15の展示が企画されています。

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アトリエ・メツダフによるステンドグラスの制作風景。WIT photography & videography ©Atelier Mestdagh

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タべア・ヴィッケによる藁細工の制作風景。Tabea Vietzke Artisan ©All rights reserved

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「Pattern of Crafts(工芸の多様性)」はドイツのデザイナー、セバスチャン・ヘルクナーのキュレーション。サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂前広場に描かれたタイル模様をモティーフとして欧州各国から集まった名工たちの表現が披露されます。大理石、ガラス、モザイク、木彫、寄木細工、金工など、土地の素材と技術を通し、多様な文化の豊かさが伝えられます。

サン・マルコ寺院のモザイク装飾の歴史を振り返り、多種多様な金属を用いたモザイク作品でのインスタレーションを行うのは、「Tracing Venice」。また「Details: Genealogies of Ornament (ディテール:装飾の系譜)」では、世界屈指のメゾンによる卓越した手の表現が披露されます。ブチェラッティ、カルティエ、エルメス、ピアジェ、ヴァン クリーフ & アーペル、ヴァシュロン・コンスタンタンなど15社が参加します。

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「Tracing Venice」。デ・カステッリによるパネル作品のディテール。©Mauro Tittoto

さらなるハイライトが、未来へと受け継がれていく工芸の力を伝えるべく、日本の伝統の価値に目を向け、日本の人間国宝12名を紹介する特別展「12 Stone Garden (12の石庭)」です。キュレーションを手がけるのは、MOA美術館、箱根美術館の館長を務める内田篤呉さんと、デザイナーとして活躍すると同時に日本民藝館館長でもある深澤直人さん。

12名の選出を担当した内田さんは、「そもそも『工芸とは何か』という根本的な思想を、本展を通して伝えたいと考えました」と語っています。
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展示される川内倫子さんの写真から、蒔絵、室瀬和美氏の作品。 photo: Rinko Kawauchi © Michelangelo Foundation

「日本の自然のなかに崇高な精神性の美を見出してきたのが工芸です。近年、工芸が示す不動の姿勢に注目が集まるようになり、工芸の本質的な価値が再認識されているような気がします」(内田さん)

「工芸は、自然から生まれた素材と向き合い、その声を聞きながらものづくりを行います。『モノ』を『いのち』としてとらえ、生命あるものと対話を続けていく。それは目には見えず、形として現れないものだからこそ、心して対峙し、大切に扱わなければならないと思うのです」

日本の人間国宝に関しては、写真家の川内倫子さんがこの12名の工房を訪ねて撮影した写真作品を展示する『The Ateliers of Wonders(魅惑の工房)』展も予定されています。

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自身の作品を展示する回廊に立つ川内倫子さん。 photo: Laila Pozzo © Michelangelo Foundation

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「12の石庭」展で紹介される人間国宝は、伊勢崎 淳、十四代今泉今右衛門、大角幸枝、大西 勲、北村武資、佐々木苑子、須田賢司、林 駒夫、福島善三、藤沼 昇、室瀬和美、森口邦彦の各氏(名前の五十音順)

会場は、サン・ジョルジョ・マッジョーレと同じアンドレーア・パッラーディオによる設計で、16世紀の終わりに建てられたジョルジョッ・チーニ財団の⼤⾷堂(Cenacolo Palladiano)。深澤さんは各作品の展示台を「石」のかたちとする空間デザインを提案、荘厳な空間に点在する石のうえで卓越した手の技に焦点があてられます。

川内さんの写真作品からの数点とあわせて、今回の展示デザインの背景ともなった深澤さんの考えを紹介しましょう。

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展示会場となるジョルジョッ・チーニ財団の⼤⾷堂での深澤直人さん。photo: Laila Pozzo © Michelangelo Foundation

「人間国宝はデザインと創作の両方を自ら行います。長い時間をかけて培った技術を、デザインに命を吹き込む過程で最大限に発揮する。そして彼らのクリエイションは愛好家を喜ばせ、その作品が表現しているスタイルに興味を持たせるようなものでなければなりません」(深澤さん)

「格別なスキルを持ち、バリエーション豊富な技術と素材を用いて制作をされている方々で、日本だけでなく世界の美を表現する、世界の人間国宝。紹介する作品は世界の宝とも認識されうる、コンテンポラリーアートとして解釈されるかもしれません」

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友禅、森口邦彦氏。photo: Rinko Kawauchi © Michelangelo Foundation

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「純度の高い美しい人間国宝の作品と対峙した時、手技がつくり出す繊細かつ正確な技巧に圧倒されるでしょう。それぞれに技術力の高さは確かに素晴らしく、思わず目を奪われてしまいますが、技の背後にはひとの魂が如実に表れており、そのことが私たちの心を揺さぶり、魅了していることも忘れてはいけません」

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鍛金、大角幸枝氏。photo: Rinko Kawauchi © Michelangelo Foundation

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紬織、佐々木苑子氏。photo: Rinko Kawauchi © Michelangelo Foundation

「工芸に携わるものは、そのために伝統の技を受け継ぎ、そこに責任を負い、高い技術を身につけていく。こうした態度が時代を超え工芸が連綿と続き、未来へと繋がっていく理由なのです。本展をご覧いただき、時空を超え、人々を魅了し続ける、形としては見えない魅力に改めて気づいていただけたら幸いです」

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陶芸、十四代今泉今右衛門氏、photo: Rinko Kawauchi © Michelangelo Foundation

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竹工芸、藤沼 昇氏。photo: Rinko Kawauchi © Michelangelo Foundation

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「暮らしに大きな価値を与え、優れた工芸の力を今日に示す彼らは、まさに 『生きる宝』と呼ぶべきでしょう」。そう述べるのは、ミケランジェロ財団共同設立者のヨハン ・ ルパート氏。同じく同財団共同設立者のフランコ ・ コローニ氏は、「手によるものづくりが魂や心理を表すことで、いったい何が生まれるのか。今回の企画でその真理を追究します」と語っています。

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木工芸、須田賢司氏の作品。photo: Rinko Kawauchi © Michelangelo Foundation

歴史と未来とを繋ぎ、『ホモ・ファベール・イベント 2022』が大切にする精神が凝縮された日本の人間国宝展。ルネッサンス様式の回廊で展示が行われる川内さんの写真もあわせ、12名の創造が鮮やかに浮かび上がることと思います。何世紀にも渡り愛されてきたヴェネツィアの建物で人間国宝の姿や制作風景をとらえた写真を目にできるのも、貴重な機会です。

「ホモ・ファベール・イベント 2022」にはヴェネツィア市内の工房などを巡るプログラム「IN CITTA」も含まれるなど、ヴェネツィア再発見ともなる機会です。ひとは何を創造し、伝えてきたのか。つくる心とともにある手の力は次の時代にどう受け継がれていくのか。時を超えて輝きを放ち続ける創造の可能性を、美しい街を歩きながら強く感じる機会となることでしょう。

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市内各地での企画も。Pietro Dri Artisan ©All rights reserved

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『HOMO FABER EVENT 2022』
ホモ・ファベール・イベント 2022:工芸が描く、より人間らしい未来 欧州と日本の “生きる宝

会期: 2022年4/10(日)~5/1(日)
会場: イタリア、ヴェネチア ジョルジョ・チーニ財団ほか
https://homofaberevent.com

 

text: Noriko Kawakami

Noriko Kawakami
ジャーナリスト

デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立。デザイン、アートを中心に取材、執筆を行うほか、デザイン展覧会の企画、キュレーションも手がける。21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターとして同館の展覧会企画も。

http://norikokawakami.jp
instagram: @noriko_kawakami

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