心躍らせるデザイン約300点。資生堂ギャラリー『オドル ココロ』展、開催中。
デザイン・ジャーナル 2024.07.30
資生堂ギャラリー(銀座)で開催されている「『オドル ココロ』資生堂のクリエイティブワーク」展。会期は8月4日(日)まで。デザインに関心のある皆さんにご覧いただきたい展覧会です。
2022年に創業150周年を迎えた資生堂の長い歩みの中から、私たちの「心躍らせる」クリエイションを紹介する展覧会。展示されているのはコスメやフレグランスのパッケージデザイン、200点以上。さらにポスターなどの広告デザインが70点ほど、長谷川大祐さん制作の映像によって紹介されています。
どれもが貴重なデザイン。デザインアーカイブの重要性を感じると同時に、キュレーションの醍醐味にも満ちたデザイン展を私もたっぷり楽しみました。
©Shiseido Company, Limited
会場では8つの時代に分けて革新的なデザインの数々を紹介。展示デザインを手がけたのは気鋭の建築家コレクティブ、GROUP。photography: Ken Kato, Courtesy of Shiseido Company, Limited
明治初期から現在まで、8つの時代に分けられたクロニクルな展示構成の始まりは、資生堂が化粧品として最初に発売した化粧水「オイデルミン」。誕生は1897年。当時の日本において欧文で記されたラベルがどれほど先進的だったか、思わず想像を巡らせてしまいました。
ルビー色の化粧水で満たされた優美なボトルを当時目にした人々は、きっと瞳を輝かせたことでしょう。また、アールヌーボーやアールデコの文化が花咲いた時代、世界的な装飾文化の源流を受けとめながらも独自のデザイン(資生堂アールヌーボー、資生堂アールデコ)としてまとめられた同社製品の姿のなんとも優美なこと......!
photography: Ken Kato, Courtesy of Shiseido Company, Limited
モダンカラー粉白粉、1932年。photography © Shiseido Company, Limited
資生堂といえば標章である「花椿」の描写を思い浮かべる読者も多いと思います。それだけでなく、唐草文様も歴代商品においてさまざまに表現されてきました。
古来人々の生活に根付いた文様となってきた唐草は生命力の象徴ともいえる素材ですが、その唐草を企業の精神的な存在として、西洋や東洋の歴史に目にできる描写そのままを模すのではなく、資生堂のデザイナーの感性を介しながら表現されてきたことを知ります。未来に向けたデザインとしての唐草です。
そうしたエネルギーの表れともいえる唐草の表現は、1916年の意匠部(現 資生堂クリエイティブ株式会社)創設と同時に試験室(現 グローバルイノベーションセンター)を設けるなど、アートとサイエンスの融合によって美や心の豊かさを一貫して探究し続けてきた企業の先進的な歩みとも切り離せません。
資生堂という会社名にも触れておくと、儒教の経典「五経」のひとつである「易経」の一節、「至哉坤元(いたれるかなこんげん)万物資生(ばんぶつとりてしょうず)」に由来しています。この言葉は生命が生まれ育つ大地の徳の素晴らしさを述べたもの。
生み出されてきたデザインのひとつひとつに生命を讃える企業の精神が流れ続けていることもまた、展覧会会場のデザインを通して感じました。
粉白粉、1952年。当時の資生堂化学研究所が絹(絹繊維)に着目。絹のデリケートな柔らかさや肌触りの良さが生かされ、日本女性の肌に合う粉白粉が誕生した。画期的な商品のとても美しいパッケージデザイン。photography: ©Shiseido Company, Limited
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展覧会キュレーターである豊田佳子さん(資生堂ギャラリー)のイントロとともに、代表的な商品のデザインを担当してきた方々の話をSpotify「『なにがココロをオドらせるのか?』時代の証言者たち」で聞くことができるのも本展の楽しみのひとつです。
ほかでは決して目にできないデザインはどのように生まれてきたのか。デザイナーの斬新な提案はもちろんのこと、印刷技術をはじめ、関わる人々が結集して新しいことにチャレンジしていった経緯などのエピソードが満載です。
「サンオイル」1965年。ファッションを始めユースカルチャーが花開いた1960年代の化粧品は、ほかにも斬新なものが多数。このサンオイルは広告も注目を集めた。photography: © Shiseido Company, Limited
「シュラルー」1970年、1971年。若いユーザーに向けたポップなデザイン。広告コピーは「私の宇宙はピンクとオレンジ」だった。透明の蓋部分にアクセサリー等を入れて飾っていた人も多かったそう。印刷技術を駆使することで実現された蛍光ピンクとオレンジは、50年が経過したいまもこれほど鮮やか。photography: © Shiseido Company, Limited
「シャワーコロン ポケットきのこ」1985年。首をかしげたようなキノコの姿が愛らしい。「自分がわくわくしたかった。そうすることで関わるすべての人がわくわくしてくれる。お客様も見たときにおもしろいと思って手に取ってくれるはず」とデザインを担当した松本泉さん(Spotifyより)。photography: © Shiseido Company, Limited
デザイナーたちが語る言葉の中に、「人々の心を躍らせようとしてデザインを考えたのではない」ともあり、はっとさせられました。自分自身が心から楽しめているかどうかが大切だったと。また「やったことのない技術ばかり。周囲が驚き、できないと言われても、コミュニケーションを重ねながら実現していった」(杉浦俊作さん、Spotifyより)など、常に前向きに実現が目指されてきた様子が語られています。提案されたデザインをきっかけとして、製作の現場の技術が大きく前進を遂げてきたことも知りました。
1980年代。手前左は「サウンドストリート」、1984年。ウォークマンやラジカセなどが流行った時代。「楽しみながらデザインした」とデザインを担当した杉浦俊作さん。photography: Ken Kato, Courtesy of Shiseido Company, Limited
展示は現代まで。こちらは2000年代。photography: Ken Kato, Courtesy of Shiseido Company, Limited
本展は私たちが目にしてきた数々のグラフィックデザインに再会できる場ともなっています。デザインとは私たちの身近なところに、それも大切な思い出とともにある存在なのだと、そのことも楽しく考えながら目にしました。
映像で紹介されている広告デザインより「pink pop」1968年。AD:中村 誠、D:久保襄介/高田修地、C:犬山達四郎、Ph:橫須賀功光、モデル:ティナ・ラッツ、 © Shiseido Company, Limited
展覧会の関連イベントとして、先日、資生堂宣伝部で数々のデザインを生み出されてきたデザイナー、澁谷克彦さんとのトークにご一緒する機会をいただきました。その際に澁谷さんが語ってくれた次の言葉から、「オドル ココロ」を生んできた背景がすっと浮かび上がりました。「新しいものを目ざす姿勢と情熱。美しさを探究していく土壌が資生堂にはあります」
「デザインが機能を満たすだけのものとなってしまうと、芸術と乖離してしまいます。機能性としては一般的に無駄と思われてしまう芸術性も、デザインにはやはりあってほしい。そのことに私たちの心が躍るから。心がわくわくさせられるのです」
澁谷さんはまた、資生堂独自の文字デザインが大切に継承されてきた歴史にも触れ、「新しいものにチャレンジしていく精神と同時に、オーセンティックな側面を忘れないのも資生堂らしさ」と。芸術性とともにある商品を形にする際に忘れてならない企業の精神を挙げてくれました。
パーキージーン、1982年。AD: 仲條正義、D: 安原和夫、C: 佐藤芳文、Ph: 富永民生、モデル: 中澤真里 © Shiseido Company, Limited
アートとサイエンスを融合する姿勢のもと、既成の枠を飛び超えるようにしてビビッドで大胆、上質なユーモアを讃え、挑戦的ともいえる提案が形にされていく......。そうした躍動感そのものがさまざまなデザインを支える大切なエネルギーであり、クリエイティブワークの生き生きとした心であることを改めて気付かされる展覧会。
美しさの探究とともに実現されてきた心に深く作用するデザインを通して、デザインの醍醐味にまさに触れることのできる機会です。
「オドル ココロ」資生堂のクリエイティブワーク
会場:資生堂ギャラリー
東京都中央区銀座 8-8-3 東京銀座資生堂ビル地下1階
03-3572-3901
会期:開催中〜2024年8月4日(水)
営)11:00~19:00(火〜土) 11:00-18:00(日)
休)月
入場料無料
https://gallery.shiseido.com/jp/
text: Noriko Kawakami
Noriko Kawakami
ジャーナリスト
デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立。デザイン、アートを中心に取材、執筆を行うほか、デザイン展覧会の企画、キュレーションも手がける。21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターとして同館の展覧会企画も。
http://norikokawakami.jp
instagram: @noriko_kawakami