バリ島に「Eugene Museum in Bali」も進行中。寒川裕人/ユージーン・スタジオに聞く。
デザイン・ジャーナル 2024.12.04
美術館内の広間に「海をもってくる」との発想で制作された作品や、金箔の粒子が天から降り注ぎ続けて同じ状況は一瞬たりとも存在しない作品。あるいは、真っ暗ななかで作者が制作し、作者自身も見たこともないという彫刻作品......。
アーティスト 寒川裕人/ユージーン・スタジオの世界が注目を集めた展覧会「ユージーン・スタジオ 新しい海 EUGENE STUDIO After the rainbow」が東京都現代美術館で開催されたのは2021年のこと。コロナ禍のただなかにありながらも、連日長い列ができていたことでも話題となっていました。
同展での影響が様々な地域に広がり、同展で発表された作品を中心とする常設美術館の計画が、現在、インドネシアのバリ島で進んでいます。同館計画もあわせて、寒川さんの話をお聞きしました。
訪ねたのは東京都心から車で1時間ほどにある「EUGEENE STUDIO Studio/Atelier iii」。ユージーンスタジオの国内拠点で、700m²を超える広々とした空間にペインティングやインスタレーションをはじめとする代表作やテストピースが展示されていました。
「2020年から拠点としているこのアトリエで作品制作を行っています」と寒川さん。空間の基本設計から寒川さん自身が手がけており、扉や壁といったすべてをスタッフと制作、作品制作に用いた素材をインテリアに転用するといった工夫も凝らされていることも知りました。美術館やギャラリー空間とは異なる心地よさ。これ自体が寒川さんの作品ともいえるクリエイティブなアトリエです。
窓や天井から自然光がさし込む空間を進みながら、ユージーン・スタジオの作品では常に空間との関係が密であることも改めて強く感じました。前述した美術館での個展の際も、空間との関わりが活かされた作品が来場者の心をとらえていたことを思い起こします。
代表作品のひとつ、『Light and shadow inside me』。染料を均一に塗布した一枚の紙を折って四角柱や五角柱に。数週間から数ヶ月ほど太陽に当てた後に用紙を広げると、光を受けた部分の退色が進んで色のグラデーションが生まれでます。
光と影さながらに、私たちが生きるこの世界には両面がある。しかもそれはシームレスに連なっているのだということに気づかされる作品です。ほかに、真鍮に特殊な加工を施し、ある風景やモチーフを反射させて写し重ねるように描いた作品なども。
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バリ島に「Eugene Museum in Bali」計画が進行中
こうした寒川裕人/ユージーン・スタジオの魅力をさらに感じることができる場として期待されているのが、2026年の一般公開を目ざして建設が進められている「Eugene Museum in Bali」。昨年秋にはジャカルタ市内に同館準備室が開設されています。
バリ島の飛行場から北西にあたる海岸部。ユネスコ世界遺産一帯の麓にあるタナロット寺院からほど近い森林に包まれた場に設けられる教育、ライフスタイル等の機能を備えた開発地区のなか、1ヘクタールの敷地で計画が進められている常設美術館です。
豊かな自然と独自の文化が調和を奏でるバリ島は、ユージーン・スタジオの制作哲学とまさに響きあう場。美術館には10を超える展示空間が予定されており、滞在制作時のアトリエを始め、レストランやライブラリーなど複数の建物が敷地内に点在する、アートの「ヴィレッジ」といった環境が考えられています。
建築設計を手がけるのは、インドネシア生まれのアンドラ・マティン。2018年のヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展では特別賞を受賞、2022年にはイスラム文化圏の建築に関する重要な賞であるアガ・カーン建築賞に輝くなど、同国を代表する建築家です。
マティン氏は1962年インドネシア生まれ。寒川さんとは文化背景や年齢も異なるものの、互いの発想が共鳴するように地域、建築と自然など、多様な要素の共生の地としての常設美術館のプランが進んでいる様子が伝わってきます。
「美術館の敷地からは夜、インド洋上方にある南極星を目にできます。カメラを通して、この星を中心に天体が移動する軌跡をとらえることもできる環境です。この南極星を取りいれた巨大なランドスケープの作品、建築空間として、周囲の広がりそのものを作品にできないかと考えました」と寒川さん。
「アンドラが美術館の建築を行うと決定した後は、インドネシアの建築に関するリサーチを私自身はあえて行わないよう心がけました。やはりその場の哲学は、インドネシアの人々の言葉や感覚を直接知るべきだと思いましたし、専門的な情報を得たとしてもすでに整理された体系的なコンテクストから思考が始まるのは避けたいと考えたのです」
「そのうえで、自生していた樹木を活かして美術館敷内に道を設けることや、敷地中央にスペースをつくることを大事にしたいという考えをアンドラに伝えたところ、その発想はインドネシアの伝統的な考えにつながっていることを教えてくれました。それは13世紀ごろまで遡るバリ島の伝統的な住居システムであり、憩いの共同空間とともにコミュニティを生む『ナタ・システム』というものでした」
一方のマティン氏は、「この美術館では、建築がユージーンのアート作品と有機的にまざりあうこと、またバリ島の伝統や文化、魂を込めることが重要」と語っています。「私の建築は自然への敬愛や賞賛がベースとなっており、ユージーン・スタジオの作品との親和性を感じている」とも。建築を含む大きなひとつの作品がどのように実現されるのか、やはりとても気になるところ......!
常設美術館計画の土壌となっている考えとしては、寒川さんが大事にしている「シンボイシス」(共生)も。さらに「メタネイチャー」「ダイバーシング」など、さまざまな二項対立の先にあるものを探りながら制作を続けるアーティストの想いも込められています。
「一般的に『自然』と認識されているから自然なのではなく、『人工』と規定されているから人工ということでもなく、自然について考えていきたい」と本人。
周囲の環境との関係で制作される作品は、事前のシミューレーションをどれほど行ったとしてもその時々の光や空気のなかで変化し、我々の想像を超えた世界が生じることでしょう。このように様々な現象を取り込むようにした作品に、バリ島のミュージアムで出会うことができるのです。
そして、寒川作品の特色でもある、ダイバーシング。「香港のキュレーターが私の作品について言い表してくれた言葉で、『ダイバーシティ』と『シング』のことばの組み合わせなのですが、耳にした瞬間、私自身の内にあった世界とつながる感触を得たことばでした」
「一例ですが、光によって生じた色の退色で表現した作品があります。一般的にネガティブと思われているものも切り捨てることなく、表と裏が同時にあることを意識するということ。共生ということばでも表現できる世界で、すべてのものに目を向けることの重要性を意識しています」
「哲学と体験、双方が必要」と語る寒川さん。制作に関する話のなかで印象的だったことばがもうひとつありました。「昆虫を見つけるようなもの」という表現です。
「子どもの頃は昆虫が好きで、見つけたカマキリを何匹も持ち帰っていたりもしていました。生物学者の福岡伸一さんと以前に対談をした際、昆虫の話題を私が挙げる前に『虫好きですね』と言われたのです。森のなかや草むらで虫を探す際の目の動きを私の作品から感じとられたのだそうです」
「作品制作時に何かを直感する違和感であったり、発見する感覚というのは、昆虫を見つけるときとどこか似ているのかもしれません。虫がいると、たとえ擬態していたとしても感じとることができます。ポジティブな意味での違和感といってよいかもしれません」
「東京郊外のアトリエにも多種多様な素材があり、刻々と変化する自然光もそのひとつに含まれます。先入観にとらわれることなくそうしたものたちに接し、発見するように何かを感じとることから、新たな着想が生まれていく。ダイバーシングやメタネイチャーの考え方にもつながるところであると思っています」
自然に対する意識や敬意を背景とする作品と、それらの作品と一体に考えられた空間で示される寒川裕人/ユージーン・スタジオの世界観。次なる機会にはどのような作品を私たちに示してくれるのでしょうか。バリ島でのプロジェクトに関しても、完成予定の2026年までの間に有機的な展開がもたらされるのではないだろうかと、期待が高まります。
「日々感じとっている空気が自分の内部と響き合い、作品となる」と語る寒川さんのプロジェクトは今後さらに興味深く、その一つひとつからやはり目が離せません。
寒川裕人/ユージーン・スタジオ
https://the-eugene-studio.com
Instagram
「EUGEENE STUDIO Studio/Atelier iii」
https://the-eugene-studio.com/
アトリエ公開情報
Noriko Kawakami
ジャーナリスト
デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立。デザイン、アートを中心に取材、執筆を行うほか、デザイン展覧会の企画、キュレーションも手がける。21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターとして同館の展覧会企画も。
http://norikokawakami.jp
instagram: @noriko_kawakami