その人の生涯が伝わってくる。
「ルーシー・リー展」

ココ・シャネルについて調べる用事があり、先週、彼女に関する本を読んでいました。結局、本9冊を読み、DVD化された近作映画も3本ほど......。

先進的な試みをとめることなく、自身の活動に挑んだ人物の評伝は、彼女に限らず、エキサイティングです。読書に没頭しているうちに、ケタはずれのエネルギーを少し分けてもらっているようにも感じます。

20世紀を変えた女性たちとしてよく挙げられるのはシャネルやキュリー夫人ですが、もちろん他にも、自分らしい生き方を果敢に探り続けた人々がいます。まちがいなくそのひとり、ルーシー・リー(1902〜1995年)の作品を再び見たくなり、国立新美術館で開催中の「ルーシー・リー展」にもう一度出かけてみました。

100526L1.jpg掲載写真はいずれも今回の展示作品から。「鉢」1926年頃、ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館。ウィーン時代(1921年〜1938年)の作品。
© V&A Images/as advised by the Estate of Lucie Rie

100526L2.jpg「スパイラル文花器」1972年頃、個人蔵。
Estate of the artist

ルーシー・リー。私が初めてその名を知り、彼女の世界に触れたのは1989年の草月会館でした。会場構成は安藤忠雄さん。企画構成は三宅一生さん。水がはられた凛とした会場で、わあ、なんだろうこの空気! と驚き、感動しました。

高い評価を得たすばらしい展覧会、陶芸の専門家はもちろん、アートやデザインの分野の人々も大興奮、作品とその魅力を余すところなく伝えた会場の話題が、周囲でしばらくもちきりだったことを覚えています。

今でも彼女の作品に触れるとき、あの展覧会の話題が必ずでるほど。20年もの間、私たちの記憶に残り、話題になり続けている展覧会......冷静に考えてもこれはすごいことです。彼女の作品、さらには彼女の世界が、私たちを様々に刺激し続けていることも。

そして今回、新たに国立新美術館で展示されている「ルーシー・リー展」。約250点もの展示はやはり圧巻。釉薬ノートなどの貴重な資料も展示に含まれています。

100526L3.jpg「ピンク線文鉢」1970年代後半、東京都近代美術館。白地にピンクの象嵌線、ピンクとターコイズ、金属質のブロンズ色がハーモニーを奏でている。
Estate of the artist

100526L4.jpg「青釉鉢」1978年頃、東京国立近代美術館。朝顔型や高台など、ルーシー・リーのうつわの特色がうかがえる。
Estate of the artist

作品、そしてそれを現実のものとする、そのひとの人生。戦争をはさんだルーシーの人生は、ドラマチックでもありました。まずはウィーン時代、ウィーン工房の品々で育った彼女。ヨーゼフ・ホフマンとの接点も忘れてならない点です。彼女の作品はホフマンの目に留まり、1937年のパリ万国博覧会にルーシー作品が出品されてもいました。

あるいは物理学者エルンスト・リーや、ノーベル物理学賞を受賞したエルヴィン・シュレーディンガーとの出会い。機能主義的な建築家、エルンスト・プリシュケが手がけた新居。夫との別れ。そして、ロンドン時代、バーナード・リーチとの交流。ハンス・コッパーとの友情と共同制作。彼女を慕ってアトリエを訪れた個性溢れる友人たち......。

昨年、その作品と生涯について、改めて調べる機会がありました。トニー・バークスが記した書籍をはじめ、集めた大量の資料に目を通しながら、以前にも増して興味を持つことになったのは言うまでもありません。

100526L5.jpgルーシー・リー。ロンドン、アルビオン・ミューズの自宅兼工房で。
Yvonne Mayer/Crafts Study Centre/2010

100527_6.jpg「ボタン 12個セット(サンプル)」1945-48年、個人蔵。
Estate of the artist

戦争中、光学機械工場の夜警の作業にあたっていたことや、爆撃されたロンドンの街で、制作を続けていたこと。また、戦後、工房に巨大な電気窯を納めたときの記述も、なぜか強く私の頭に残っています。「窯の実験や成果に工房のスタッフの興奮が高まるなか、ルーシーはひとりスイスにスキー休暇に向かった」といった内容でした。

颯爽として現代的な人物像が伝わってくるエピソードだったからです。そして、白い服がよく似あっていたということ。キャンバーウェル美術学校でルーシーに学んだ生徒が述べていた、ルーシーの装いと気品についての一文も、ここに添えておきましょう。

「小柄で品のよい女性だった」「たいていはツイード地のAラインスカートのスーツに白いレースのブラウスという、およそ現役の陶芸家らしからぬ服装をしていたものだ。」

「あとになって知ったのだが、先生はそのころ60代の後半にさしかかっていたものだ。しかし、その姿は旺盛な生命力と陶芸に対する情熱に満ち溢れ、変に頑ななところもなければ、年齢的な衰えも感じられなかった。」

「先生は洞察力と直観力に優れ、自分をしっかりと持ったまっすぐな女性で、生徒たちは、先生に干渉されたり、自分の考えを押しつけられていると感じたことは1度もなかった。」
(『ルーシー・リーの陶磁器たち』エマニュエル・クーパー編、刈茅由美訳、ブルース・インターアクションズ発行)

100526L6.jpg「白釉青線模様」1979年、東京国立近代美術館。シンプルで強く美しい。
Estate of the artists

電気窯による制作、編み針を使った掻き落としの手法や、釉薬の様々な試み。
開催中の展覧会では、注文台帳や出納帳とともに、ドイツ語と化学式で調合レシピが記された「釉薬ノート」も目にできます。専門知識のうえでの化学実験の繰り返し。それでもなお、窯をあける瞬間まで作品のでき上がりはわからない。そのことを恐れない。「窯を開ける時はいつも驚きの連続なのよ」、と......。

デヴィッド・アッテンボローはルーシーについて、「高潔」、と表わしました。
大きく動く時代のなかで、まっすぐに、自分らしい表現を探り続ける。その積み重ねから生まれた作品が、時を超えて私たちに「美」の力を教えてくれ、幸せにしてくれる。そしてなにより勇気をくれるのです。

「ルーシー・リー展」
http://www.lucie-rie.jp/
国立新美術館(東京)では6月21日まで。火曜日休館。
後、国内5カ所で巡回展あり。詳細は上記ウェブサイトで。

Noriko Kawakami
ジャーナリスト

デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立。デザイン、アートを中心に取材、執筆を行うほか、デザイン展覧会の企画、キュレーションも手がける。21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターとして同館の展覧会企画も。

http://norikokawakami.jp
instagram: @noriko_kawakami

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