"もうひとつのデザイン"の可能性。
「世界を変えるデザイン展」

「FIGARO.jp」読者の皆さんにも、ぜひ見ていただきたいデザイン展があります。次の週末(6月13日)まで開催中の「世界を変えるデザイン展」。会場は六本木の2カ所、「デザインハブ」と「アクシスギャラリー」。あわせて見ることをおすすめします。

世界には現在139の国があり、68億以上の人々が暮らしています。私たちが生きているのはそのほんの一部に過ぎないこの日本であり、私たちの暮らしも、世界のほんの一部となる日本の環境におけるもの。では世界の多くを占める発展途上国、また貧困に悩む国々が抱える課題にデザインはどう向きあっていくのか。そのことを考えさせられる意欲的な企画で、私自身、最新プロジェクトなど、多くのことを学ぶことができました。

se1.jpgデザインハブ(東京ミッドタウン内)での展覧会風景。
Photo: Noriko Kawakami (all)

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se3.jpgアクシスギャラリーでの展覧会風景。


本村拓人さん(Granma代表、1984年生まれ)を中心とする実行委員会で企画された展覧会。実行委員会ではまず、発展途上国の課題を大きく8つに分類しています。

1) 安全な水が手に入らず、水が媒介する病気にかかる。2) 食料不足と栄養不足による飢餓。3) 安定したエネルギー源を持っていない。4) 基本的な医療サービスがうけられない。5) 住まいがなくホームレス状態で生活する。6) 移動や輸送が困難で時間がかかる。7) 識字率や初等教育修了率が低い。8) 情報へアクセスできず情報格差が生まれる。

それらを解決するべく考えられた品々。デザインハブでの展示から一例を挙げると、汚水を浄化できる個人用携浄水器となる濾過ストロー「ライフストロー」や、水源から大量の水を運べるようにしたドーナツ型のタンク「Qドラム」。大陽光を活用した調理器具「ソーラークッカー」、マラリア予防のために、殺虫剤をあらかじめ注入したポリエステル生地の蚊帳(かや)、医療の行き届かない地域のための出産キットなども......。

se4.jpg「Qドラム」。南アフリカの非都市部では乾期の水不足が大きな問題で、女性や子どもがタンクを抱えて、数キロも離れている水源と家との間を何度も往復しなくてはならない。この問題を解決したのが、紐を引くことによって大量の水を運べるタンク。一度に約50リットルの水を運べ、子どもでも無理なく運ぶことができる。苦痛だった作業を楽な行為に変えるだけでなく、水くみと運搬で拘束されていた時間を新たな仕事に費やせるようになるのも重要な点。デザインハブで展示中(以下2点も)。

se5.jpg「ライフストロー」。長さ約25cmの個人携帯用浄水器。清潔な水を入手できない国々では、幼い子どもを中心に多くの人々が命を落としている。このストローを使うことで泥水からも直接水を飲める。1本22.5ドル。1本で約700リットル分の浄化に使用可。

se6,jpg.jpg大陽光で調理ができるアルミと鉄の「ソーラークッカー」。雪をとかして水を確保するために使用する地域もある。他に、木材消費量を半分ですませられる調理器具も展示。

デザインハブより徒歩約10分。AXISビル4階にあるアクシスギャラリーの会場では、各国で進行中のプロジェトや開発ストーリー、プロジェクトに関わる組織について、あるいは今後の課題などを知ることができます。

どれも現地の人々の声に耳を傾け、時間を費やしながら進められているプロジェクト。
たとえば、子どもたちが自主的に学習できるように設計されたインドの屋外設置型ラーニングステーション「ホール・イン・ザ・ウォール」。1999年、NIITのサイエンティスト、スガタ・ミカタ博士によるニューデリーでの設置が始まりです。現在は世界の500カ所に設置され、50万人以上が活用しているという、成果を挙げているプロジェクトです。

学校に通えない子どもたち、教師不足、デジタルデバイドなど、教育をとりまく課題は多数横たわっています。貧しい子どもたちにも教育環境を、それも「学び方を学ぶ」ようにと「ワン・ラップ・パー・チャイルド」(子どもひとりにラップトップ1台)」を創設したのはニコラス・ネグロポンティ。そのデザインを担当するのは、ミラノサローネでも注目を集めるイヴ・ベアール。昨年12月には次世代「XO-3」の構想が発表され、1台の価格を100ドル以下に抑える目標に向け、引き続き研究が重ねられています。

学生を含み、若いデザイナーやエンジニアが世界の課題に関心を持ち、活動を始めていることにも注目を。南アフリカの廃タイヤを用いてサンダルをつくる「プラッキーズ」は、子どもの権利を守る組織とオランダ、デルフト工科大学の学生のイニシアチブで進められています。空き缶に装着して使用済みの注射針を分離収集、針をとりだせないように工夫されたプラスチックの蓋の考案は、デンマークの学生の卒業制作でした。

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足を失った患者の多くが貧困層に。ニューデリーにあるクリニックのマネージャー、Sanjeev KumarがMITに共同研究を依頼、学生のJared SarteeとD-labインストラクターの遠藤 謙が関わり、シンプルな機構と発展途上国でも現地製造できることを重視した義足を開発した。特許申請中で、今後はオープンソースとして普及が促進される予定。世界規模のネットワークやオープンソース的な動き、というのが有志のデザイナーが現在取り組むこうした活動の特色でもある。アクシスギャラリーで展示中(次も)。

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「アンチウィルス」。デンマーク、コールディングデザイン大学の学生ハン・ファムの卒業制作。ベトナムからの難民キャンプで育ったファムは幼少時、予防注射が理由で破傷風に。そうした経験もふまえて熟考されたのが注射針転売を防ぐプロダクト。医療廃棄物は価値が高く、ゴミ収集の人々が集めた使用済み注射針を殺菌せず再包装し、医療機関に販売している深刻な現状がある。現在、販売・流通のパートナーが探られている。

デザイナーが選ぶ素材、考えぬかれた設計によって、生産のしかたそのものを変えることができる。そして世界の現状を動かしていくことができる......。展覧会を見た人に、あわせておすすめしたい本があります。シンシア・スミス著の『DESIN FOR THE OTHER 90%』(日本語版は『世界を変えるデザイン』英治出版)。

スミスは、2007年にニューヨーク、クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館で開催された「残りの90%のためのデザイン」展のキュレーションを務めました。先進工業国に暮らす全世界の約10%である最富裕層消費者向け"デザイン"ではなく、それ以外、世界の大多数、約9割のためにデザイナーがするべきことについて問いかけたのです。

前述した本から、少しだけ抜粋します。「特別に魅力的というわけではなく、機能も限られていることが多く、価格は非常に安い。だが、そんなデザインが人間の生活を変え、時には命を救う力さえ秘めているのだ。それは一般にデザインと考えられているものとは程遠い。デザイン誌やデザイン学会で取り上げられたり、美術展に展示されたりすることは、ほとんどないだろう」。彼女の願いは、人々が「もうひとつ」のデザインに気づき、また、参加する気運が高まっていくこと。

「一般的にデザインという言葉の定義は、ひとつの物やコンセプトがいかに3つの属性のバランスをとるかということを意味している。それは美的感覚、機能、コストの3つ」。そう述べた後、「でも」とスミスは続けます。「デザインという言葉には、『意識的な問題解決』という別の定義がある」。

マラリア感染予防はアフリカ諸国の深刻な課題。殺虫剤を注入したポリエステル生地でつくられた蚊帳「パーマネット」。なんと20回洗っても効果が落ちず、4年間は効果が持続するという。デザインハブで展示中。

「私たちの社会は互いにリンクすることで成り立っている。デザイナーがものを供給するだけでは問題解決にならず、プロ、アマといった様々な境界を超えて意識を共有すること」との記述もありました。同感です。

今回の展示の会場となっている2カ所、デザインハブとアクシスギャラリーは、以前からそうした意識を大切に活動しているデザインのスペースです。私たちの意識を広く周囲の状況へと拡げるシンポジウムや展覧会などを積極的に行っているデザインハブ。「デザインにできること」展を開催しているアクシスギャラリー。「デザインにできること」展では、災害や食など、それまでデザインとのつながりで取り上げられなかった分野に目を向け、デザインが解決しうる現代社会の状況について問い続けています。

そして本展の実行委員長、本村拓人さん。パワフルに世界の状況に向かっています。アメリカの大学に留学していたとき、バングラディシュのダッカからアフリカまでを陸路で歩いた彼、その体験とその時に考えたことなどをきっかけに、年間所得が3000ドル未満の層とされる「BOP(ベース・オブ・ザ・ピラミッド)」が必要とするものを、と、事業を起こしました。本村さんについては改めて登場いただく機会をつくりましょう。

デザイナーもそうでない人も、ともに解決への道筋を探っていくこと。それによって、今回の展覧会で紹介されているような品々を必要する人々にとって、人間の尊厳にもかかわる、根源的な課題に対するアプローチがなされていくのです。人が、生きていくために必要とされる環境をどう整えていけるのか。そのためにデザインにできることとは何なのか。私たちにできること、いま考えるべきこととは何でしょう。まずは世界の現状に目を向けることが、問いと思考のスタート地点になるはずです。

「世界を変えるデザイン展」
6月13日まで。入場料無料
http://exhibition.bop-design.com/
東京ミッドタウン・デザインハブ、11:00〜19:00
アクシスギャラリー、11:00〜20:00(最終日17:00まで)
(好評につき、アクシスギャラリーは1時間延長しての開催に)

Noriko Kawakami
ジャーナリスト

デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立。デザイン、アートを中心に取材、執筆を行うほか、デザイン展覧会の企画、キュレーションも手がける。21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターとして同館の展覧会企画も。

http://norikokawakami.jp
instagram: @noriko_kawakami

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