"もうひとつのデザイン"の可能性。
「世界を変えるデザイン展」
デザイン・ジャーナル 2010.06.07
「FIGARO.jp」読者の皆さんにも、ぜひ見ていただきたいデザイン展があります。次の週末(6月13日)まで開催中の「世界を変えるデザイン展」。会場は六本木の2カ所、「デザインハブ」と「アクシスギャラリー」。あわせて見ることをおすすめします。
世界には現在139の国があり、68億以上の人々が暮らしています。私たちが生きているのはそのほんの一部に過ぎないこの日本であり、私たちの暮らしも、世界のほんの一部となる日本の環境におけるもの。では世界の多くを占める発展途上国、また貧困に悩む国々が抱える課題にデザインはどう向きあっていくのか。そのことを考えさせられる意欲的な企画で、私自身、最新プロジェクトなど、多くのことを学ぶことができました。
本村拓人さん(Granma代表、1984年生まれ)を中心とする実行委員会で企画された展覧会。実行委員会ではまず、発展途上国の課題を大きく8つに分類しています。
1) 安全な水が手に入らず、水が媒介する病気にかかる。2) 食料不足と栄養不足による飢餓。3) 安定したエネルギー源を持っていない。4) 基本的な医療サービスがうけられない。5) 住まいがなくホームレス状態で生活する。6) 移動や輸送が困難で時間がかかる。7) 識字率や初等教育修了率が低い。8) 情報へアクセスできず情報格差が生まれる。
それらを解決するべく考えられた品々。デザインハブでの展示から一例を挙げると、汚水を浄化できる個人用携浄水器となる濾過ストロー「ライフストロー」や、水源から大量の水を運べるようにしたドーナツ型のタンク「Qドラム」。大陽光を活用した調理器具「ソーラークッカー」、マラリア予防のために、殺虫剤をあらかじめ注入したポリエステル生地の蚊帳(かや)、医療の行き届かない地域のための出産キットなども......。
デザインハブより徒歩約10分。AXISビル4階にあるアクシスギャラリーの会場では、各国で進行中のプロジェトや開発ストーリー、プロジェクトに関わる組織について、あるいは今後の課題などを知ることができます。
どれも現地の人々の声に耳を傾け、時間を費やしながら進められているプロジェクト。
たとえば、子どもたちが自主的に学習できるように設計されたインドの屋外設置型ラーニングステーション「ホール・イン・ザ・ウォール」。1999年、NIITのサイエンティスト、スガタ・ミカタ博士によるニューデリーでの設置が始まりです。現在は世界の500カ所に設置され、50万人以上が活用しているという、成果を挙げているプロジェクトです。
学校に通えない子どもたち、教師不足、デジタルデバイドなど、教育をとりまく課題は多数横たわっています。貧しい子どもたちにも教育環境を、それも「学び方を学ぶ」ようにと「ワン・ラップ・パー・チャイルド」(子どもひとりにラップトップ1台)」を創設したのはニコラス・ネグロポンティ。そのデザインを担当するのは、ミラノサローネでも注目を集めるイヴ・ベアール。昨年12月には次世代「XO-3」の構想が発表され、1台の価格を100ドル以下に抑える目標に向け、引き続き研究が重ねられています。
学生を含み、若いデザイナーやエンジニアが世界の課題に関心を持ち、活動を始めていることにも注目を。南アフリカの廃タイヤを用いてサンダルをつくる「プラッキーズ」は、子どもの権利を守る組織とオランダ、デルフト工科大学の学生のイニシアチブで進められています。空き缶に装着して使用済みの注射針を分離収集、針をとりだせないように工夫されたプラスチックの蓋の考案は、デンマークの学生の卒業制作でした。
デザイナーが選ぶ素材、考えぬかれた設計によって、生産のしかたそのものを変えることができる。そして世界の現状を動かしていくことができる......。展覧会を見た人に、あわせておすすめしたい本があります。シンシア・スミス著の『DESIN FOR THE OTHER 90%』(日本語版は『世界を変えるデザイン』英治出版)。
スミスは、2007年にニューヨーク、クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館で開催された「残りの90%のためのデザイン」展のキュレーションを務めました。先進工業国に暮らす全世界の約10%である最富裕層消費者向け"デザイン"ではなく、それ以外、世界の大多数、約9割のためにデザイナーがするべきことについて問いかけたのです。
前述した本から、少しだけ抜粋します。「特別に魅力的というわけではなく、機能も限られていることが多く、価格は非常に安い。だが、そんなデザインが人間の生活を変え、時には命を救う力さえ秘めているのだ。それは一般にデザインと考えられているものとは程遠い。デザイン誌やデザイン学会で取り上げられたり、美術展に展示されたりすることは、ほとんどないだろう」。彼女の願いは、人々が「もうひとつ」のデザインに気づき、また、参加する気運が高まっていくこと。
「一般的にデザインという言葉の定義は、ひとつの物やコンセプトがいかに3つの属性のバランスをとるかということを意味している。それは美的感覚、機能、コストの3つ」。そう述べた後、「でも」とスミスは続けます。「デザインという言葉には、『意識的な問題解決』という別の定義がある」。
「私たちの社会は互いにリンクすることで成り立っている。デザイナーがものを供給するだけでは問題解決にならず、プロ、アマといった様々な境界を超えて意識を共有すること」との記述もありました。同感です。
今回の展示の会場となっている2カ所、デザインハブとアクシスギャラリーは、以前からそうした意識を大切に活動しているデザインのスペースです。私たちの意識を広く周囲の状況へと拡げるシンポジウムや展覧会などを積極的に行っているデザインハブ。「デザインにできること」展を開催しているアクシスギャラリー。「デザインにできること」展では、災害や食など、それまでデザインとのつながりで取り上げられなかった分野に目を向け、デザインが解決しうる現代社会の状況について問い続けています。
そして本展の実行委員長、本村拓人さん。パワフルに世界の状況に向かっています。アメリカの大学に留学していたとき、バングラディシュのダッカからアフリカまでを陸路で歩いた彼、その体験とその時に考えたことなどをきっかけに、年間所得が3000ドル未満の層とされる「BOP(ベース・オブ・ザ・ピラミッド)」が必要とするものを、と、事業を起こしました。本村さんについては改めて登場いただく機会をつくりましょう。
デザイナーもそうでない人も、ともに解決への道筋を探っていくこと。それによって、今回の展覧会で紹介されているような品々を必要する人々にとって、人間の尊厳にもかかわる、根源的な課題に対するアプローチがなされていくのです。人が、生きていくために必要とされる環境をどう整えていけるのか。そのためにデザインにできることとは何なのか。私たちにできること、いま考えるべきこととは何でしょう。まずは世界の現状に目を向けることが、問いと思考のスタート地点になるはずです。
「世界を変えるデザイン展」
6月13日まで。入場料無料
http://exhibition.bop-design.com/
東京ミッドタウン・デザインハブ、11:00〜19:00
アクシスギャラリー、11:00〜20:00(最終日17:00まで)
(好評につき、アクシスギャラリーは1時間延長しての開催に)
Noriko Kawakami
ジャーナリスト
デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立。デザイン、アートを中心に取材、執筆を行うほか、デザイン展覧会の企画、キュレーションも手がける。21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターとして同館の展覧会企画も。
http://norikokawakami.jp
instagram: @noriko_kawakami